第10話撮影される男
「えっと……ここが今回の現場なのか?」
俺はスマホの地図アプリを確認すると目的の公園へと足を踏み入れる。
先日の話。俺はアイドル女子高生の湯皆に呼び出されてあるホテルへと赴いた。
そこで、待ち受け…………いや、待ち伏せていたのは湯皆が所属する事務所のマネージャーの日高さんだった。
日高さんは興味深く俺を見回すと契約を迫ってきた。
もともと年上の女性の押しに弱い俺は、困り顔の日高さんを見て「一度だけなら」とモデルの仕事を引き受けてしまったのだ。
よって本日はその撮影という事になる。それにしても日高さんにしろ湯皆にしろ、俺がモデルを引き受けた時の喜びようといえば無かった。
もしかすると助けたお礼の一環なのかもしれない。何せモデルのバイト代は高額と聞くからな。
恐らく湯皆は俺があまりにも貧乏だったのでコネを使ってくれたのだろう。
いずれにせよ、引き受けてしまったものは仕方ない。自分に出来る事をきっちりこなさなければならない。そうしないと仕事をねじ込んだ二人に恥をかかせることになる。
公園を進んでいくと人だかりがみえた。
人だかりの中央には撮影用のスペースが確保されており、そこには多数のスタッフがいる。
俺はそのスタッフの中に日高さんを発見したので人だかりをすりぬけて合流する。
「おっ。来たわね。青少年。道に迷わなかった?」
「ええ。うちの大学から近くなんで。余裕をもって出てきたんですけど、遅かったですか?」
指定された時間の10分前に到着したのにすでに撮影の準備は万端に見える。もっと前倒しして現場入りしておいた方が良かっただろうか?
「大丈夫よ。他のモデルの撮影もまだ終わってないし。この業界は時間通りに始まったためしが無いからさ」
「それはどうなんですかね…………」
随分とルーズな業界なんだなと呆れていると。
「日高ちゃん。その子が例の期待の新人君? 噂に聞いていた通り、凄いオーラじゃない。何処で見つけたの? 原宿? それとも渋谷かしら?」
話をしていると褐色の肌にパーマ頭をした人物が日高さんへと近寄ってきた。
「ふふふ。内緒ですよ。ただまあ、埋もれていたのは間違いありませんね。彼はオーディション組では無くて一般の学生さんでしたから」
自分で見つけてきたかのような言い方だけど、湯皆にちくっておこうかな?
「唐山君。紹介するわね。この人はメイクアップアーティストの金森さんよ。主に男性を担当しているわ」
「よ、宜しくお願いします」
若干恐怖を覚えつつ挨拶をする。
「金森茂雄よ。これでも業界は長いの。安心してその身を委ねて頂戴ね」
何故なら金森さんは男だったからだ。話には聞いていたが本当に存在するんだな。『お姉系』の男って。
☆
「…………一度休憩いれようか」
何度目かの溜息が現場から漏れる。
「すっ、すみません」
俺は謝罪を口にすると顔を下げて設営テントに戻る。
戻った俺に、ペットボトルが差し出される。
「初めてだから無理もないわよ。いきなり表情を作れと言われて出来る人間の方が稀なんだからさ」
日高さんが慰めの言葉をかけてくれるのだが……。
「どうしたら笑えるようになるんでしょうか? 俺ってそんなに笑えてないですか?」
先程から撮影が進まないのは俺が表情を作れないせいだ。
ファッション雑誌のモデルは表情が命らしく、俺は笑顔を作る事が出来ないでいた。
それと言うのも。
「まあ。初めてでこの現場はつらいかも。今日は唐山君がいるからか立ち止まる人も多いしね」
見渡す限りにいる野次馬達だ。そのほとんどが女で、撮影になるたびにスマホを構える始末。
俺はと言うと、多数のカメラに構えられていると思うと、緊張で一杯一杯になってしまい、表情を作るどころでは無くなるのだ。
更にはこの野次馬達。本当に暇なのか、何度休憩をしても一向に立ち去る気配が無い。それどころか失敗するたびに「キャーキャー」言いながらスマホを弄っている。
恐らくはSNSで拡散しているのか? それらを見た人間が集まってきているようだ。
余程、他人の不幸が見たいらしい。お陰で緊張が連鎖する悪循環。俺は長引く撮影に申し訳なさや苛立ちが募り始める。
そして遠巻きに存在する女子高生たちを恨みがましい目で見ていると――。
「あっれ? まだ撮影してるんだぁ?」
目の前に制服を着た憎き女子高生が現れた。
「うるせえな。俺が下手だからだよ。放っておいてくれ」
女子高生はむっとした表情を作ると。
「何ですかそれ。私に八つ当たりするの止めて貰えません? 唐山さんが引き受けた仕事じゃないですか」
女子高生は湯皆だった。テレビでは見せないような表情を俺に向ける。その声に俺は反省をする。
「その……悪かった。湯皆の言うとおりだ。俺が勝手に引き受けて上手くいかないからって食って掛かるのは筋が違うよな。本当にすまない」
「素直じゃないですか。そういう人は嫌いじゃないです。それでどうして上手く行かないか理解してるんですか?」
どうやら許してくれたようで表情が緩くなる。俺は大きく息を吐くと。
「周囲に野次馬が居るだろ? カメラを向けられると頭が沸騰して何も考えられなくなるんだ」
「あー。SNSで噂されて集まってますからね。『信じられないイケメンがいる』とか『憂いのある表情がたまらない』とか」
湯皆はSNSを見たらしく納得する。
「な、なあ。野次馬を意識しないコツとかってないのか?」
俺の笑顔がどうこうはこの際置いておく。せめて、この最悪の状態を脱出できれば良いなと思って縋るような視線をおくるのだが。
「そんなもの無いですね。私だって最初は緊張しましたし。そんな中でも必死に努力をして人前に立ち続けてきたんですから」
「……そうか。そうだよな」
考えてみれば湯皆の言う通りだ。碌に努力もせずに成果だけをかすめ取るなんぞ、頑張っている人に対して失礼になる。
どうすればよくなるか、考えこみ始めた俺に――。
「唐山さん。ちょっとあっちで話をしませんか?」
湯皆は俺の手を引くと歩き出した。
☆
「わざわざこんな所でなんだよ」
俺達が立つのは本来の撮影場所の横にある芝の上。周囲には相変わらず野次馬達が滞在しており、俺と湯皆を観察している。
「私と話すときは素の表情だせてるじゃないですか。それをなんで撮影の時に出せないんですかね?」
皮肉だろうか。俺は少し考えて答える。
「…………俺の中じゃお前は気負いが無く話せる相手だからな」
何せ。転移魔法が使えるという俺の一番の秘密を共有しているのだ。今更緊張する訳もない。
「……一応私ってアイドルなんですけど。一般人に緊張してアイドルが平気とかちょっと傷つくんだけどなぁ」
何やらぶつぶつ言う湯皆。
「まあ、でも。唐山さんが私に特別気を許してると思えば納得かな」
そう言って俺の服を摘まもうとしてくるので。
「いや。特別とか無いぞ。お前は俺の中で後輩ポジションだし」
借り物の衣装に皺がついては困る。俺はその手を躱して一歩後ろに下がると。
「なんでですかっ! 私は唐山さんの後輩じゃないですよねっ!」
「最初の自己紹介の時に後輩を名乗られたからな。あれで何となく俺の中で落ち着いちゃったんだよ」
本当に第一印象と言うのは大事だよな。本来なら触れる事も話すことも叶わないような相手と気軽に会話が出来るんだから。
俺は湯皆の怒りっぷりに自然と顔が緩むのだが。
「こんな陰険で根暗な先輩なんて私要りませんっ。そこの池にポチャですっ! 鯉の餌として捨てるべきですっ!」
「酷くないかっ!? そこまで嫌がらなくてもいいだろっ!」
あまりに酷い言葉に俺は涙を流して食って掛かるのだが――。
「はい。撮影終了。お疲れさまでした――」
遠くからカメラマンの指示が飛んできた。
「えっ? だって俺まだ…………」
もしかして打ち切られたのだろうか? 俺が仕事も忘れて湯皆と楽しく話をしていたせいで見限られた?
「何してるんですか唐山さん。終わったんで撤収ですよ? さっさと着替えてきてくださいよ」
俺が頭に疑問符を浮かべていると。
「もしかしてまだ解って無かったんですか? 今のが撮影だったんですよ」
そういって悪戯が成功したかのような笑顔を俺に向けてくる。
俺は遅れながらに湯皆の意図に気付いた。
どうやらこいつは普通にやったら俺が緊張を和らげられないと知って、強硬策にでたのだ。場所を移動させて普通に会話を繋げる事で俺の緊張を無くしてくれた。
ふと前を見ると、振り返ったまま俺を待つ湯皆が居る。俺が走って追い付くと――。
「今回は手伝って上げましたけど次はギャラを貰いますからね。私は高いですよぉ?」
改めてお礼を言おうと思ったのだが、この言葉に何となく言いそびれる。
ここで真面目な態度はそぐわないからだ。その代わりに出た言葉は――。
「もうモデルの仕事はこりごりだ」
俺は二度と人前に立たないでおこうと強く決意をするのだった。
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