第8話年下に服を奢ってもらう男
「うーん。ちょっと違うかな。こっちを着てみてください」
「おーい。湯皆さん?」
「なんですか? あっ。それも似合うかも…………――すいませーん。こっちの色をベージュにしたのってありますかね?」
俺の呼びかけを無視して彼女は店員と話をしている。
俺は着せ替え人形宜しく、次から次に押し付けられる服を着替えてはカーテンを開けるのを繰り返していた。
何故かと言うと……。
「なあ。やっぱりここまでする必要は無いと思うんだが」
「何を言ってるんですかっ! 私の命を救ってくれたんですよ? もしあのまま私が死んでいたら、ファンの人が後追い自殺していた可能性もあります。だから唐山さんが救ったのは私だけではなく、私のファンの命を救ったんです」
「流石に大袈裟だろう」
なんでも、先日。トラックに引かれそうになった所を俺が救ったらしく、そのお礼に服を一式贈りたいと言われたのだ。
俺としては先日は酒を飲んでいたせいなのか、記憶が曖昧で。その事が真実なのか判断が出来ないのだが、湯皆から俺のバイト先の証明書を渡されると信じるしかなかった。
どうやら現場に落ちていたのを拾ってくれたらしく、事務所に問い合せた所、俺の大学を漏らしてしまったらしい。
事務員さん。個人情報の漏洩って知ってるのかな?
そんな訳で、直接お礼を言いたくて俺を探しに大学を訪れた湯皆だったが、俺に気付いてもらえなかったのが不満だったらしく、とっさに後輩を演じてからかおうとしたらしい。
もし俺が、男女共学であったなら、あんな熱い視線で演技をされたらうっかり年上派から年下派に寝返ってしまっている所だ。
「唐山さんは見た目は結構良いんだからもっとちゃんとしたらモテると思うんですよ。だからせめてこのぐらいはさせて貰わないと」
まあ、諸々の事情もあり、その辺は金を惜しんでいたからな。孤児院への仕送りやらアパートの修理代など、生きていくだけでお金というのは抜けていくから。
年下の奢られるというのは情けなくも若干抵抗があるのだが。何せ目の前の人物の自己紹介をそのまま信じるのなら日本中のお茶の間を騒がせているトップアイドルらしい。
当然稼ぎも日本でトップクラスらしく、俺への服のプレゼントなんぞ、財布へのダメージにすらならない程度らしい。
「あっ。着替えましたね……………………へぇ。これは…………中々…………っていうか…………」
彼女はスマホを取り出すとパシャリとシャッターを切った。
「なんで撮った?」
「いえ。後でマネージャーに見せて驚かせてみようかと思って。うん。それも似合いそうなので買いましょう。次はこっちです」
ご機嫌な様子で次の服を押し付けてくる。
「まだ買うのか? 流石にそろそろ悪いだろ」
既に上下セットで三つ買うことが決まっている。命のお礼にしても当人に記憶が無い以上は罪悪感が生まれてしまう。
「だって。何着ても似合うんですもん。唐山さんは放っておいたら着潰すまで同じの着続けそうだし、衣装は多く持っていても困るもんじゃありませんよ? デートの時とか」
「デートなんてする相手が居ないけどな」
まあデート云々については見る目が無いと思うのだが、流石はアイドル。中々の慧眼である。
俺の持っている服はバーゲンセールで買った3着1500円の色違いのシャツが全部で6枚。それをローテーションで着分けるので毎日同じ服を着ている印象が友人の間で根付いている。
友人には「誕生日には服だな」と言われており、事実毎年贈られる服のお陰でかろうじてバリエーションが広がっており、それを当て込んで自分で服を買うのを止めている状態だったのだ。
湯皆が服を買ってくれたら擦り切れるまで着るつもりだったのは間違いない。
結局。その後5セットまで服を選んだ湯皆はまだ物足りなさそうな顔をしていたが、俺が疲れた顔をしているのを察したのか引き上げてくれた。
その際に呟いた「今日はこのぐらいでいっか」という台詞は聞き流したい。
……「今日は」って事は次があるのかよ。
☆
「本当にありがとうな」
あれから店を出た俺達はカフェテリアで休憩を取っていた。
会計の際に、湯皆がカードで支払いをしていたのだが、店員が信じられないような目で俺を見ていた。
あれはそう…………、今まで見た事が無いような常識外の生き物に遭遇した? いや、恐らく年下に金を出させた俺を信じられないような目で見ていたのだろう。
「どういたしまして。こちらこそ色々堪能させてもらいましたからね。写真も撮ったし」
何が嬉しいのか? 大層な笑顔でスマホを撫でまわしている。
俺は何気なしに頭を触ると、普段と違いワックスのせいでパリッとした髪が指をつついた。
「その髪型もばっちりですし、新しい服も十分着こなしてますよ」
そういえば、服を買う前に湯皆に美容院に連れていかれたのだった。
彼女曰く「プレゼントするにしても髪型のイメージって重要じゃないですか? だから先にその野暮ったい髪をどうにかしないと」らしい。
美容師との打合せは当人の及ばないところで進んでいた。湯皆は「もっとさわやかイケメンに見えるように」とか美容師は「この素材なら年上受けするようなインテリタイプでは?」などと言っていたが、中身が俺の時点で弄り様が無いと思った。
とにかくそんな二人の打合せの末に出来たのがこの髪型なので、それを似合っているといわれるのは悪い気分でもない。
俺は一息つくと頼んでいた紅茶を口に含む。アールグレイというのを頼んだのだが、味の違いがよくわからない。若干柔らかい口当たりでついてきたミルクを注ぐとその口当たりがさらに柔らかくなる。
お金に余裕が出来たらこういう嗜好品に手を出してみてもいいのかもしれない。
そんな事を考えていると――。
「どうした? 湯皆さん」
探るような視線を湯皆は俺に向けていた。
「あっ、いえ。別に…………」
そういって手を振る。
「なんだよ。聞きたい事があるんじゃないのか?」
「良いんですかっ?」
「ああ。別に構わないぞ」
何せここまでしてくれたのだ、いくら俺が年上派だとしても無下に扱うことはできない。
「てっきり、秘密にしててはぐらかされると思ったんですけど、本当に良いんですか?」
「しつこい奴だな。男に二言は無い。俺はシスターからそう教わってる」
俺は生まれてこの方約束を破らないようにしている。それは過去にした大事な約束を今でも信じているからだ。
だから、再度促した。真剣な表情をする湯皆の事だ、興味本位の質問では無いだろう。ならば俺もそれに答える義務がある。そんな気がしたから。
彼女は「じゃ、じゃあ……」と前置きすると言った。
「唐山さんって超能力者なんですか?」
その問いに俺は素直に答えるしかなかった。
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