第6話歓迎会を開いてもらえる男
「今日は最高だったな」
俺はほろ酔い気分で道を歩いて帰宅をしていた。バイト先の人達が歓迎会と言って飲み会に誘ってくれたのだ。
ちょっと前に成人したのだが、俺はこれまでの人生で酒を飲んだことが無かったのだ。
『酒はあとから酔いがくるから控えめにしろ』と言われたので抑えて飲んだ。確かにこれは平衡感覚がおかしくなっているな。頭に靄がかかったかのようだ。
ふと足元に何かが落ちた。
「っと。証明書を落としちまった」
よろけた際にポケットから落ちたのはバイト先の出入り証明書だ。これはポスティングをする際に、自分がどの事務所に所属しているかを示すもの。
中には変な客だったり、警察に職務質問される場合もあるので必須アイテムなのだ。
「それにしても飲み会なんて初めて参加したけど楽しかったな」
これまでひたすら節約とバイトに明け暮れていた人生だった。必死に勉強をして良い大学に進学し、卒業後は高収入の仕事に就くことを夢見て頑張ってきた。
だから娯楽というものを味わう余裕もなかったのだが…………。
「人生何があるか判らないものだ」
今やこの特殊な能力のお陰で転機が訪れている。
「最近はますます転移回数も増えてきたし」
使えば使うほどに一日の転移回数は増えているので、今では仕事以外のちょっとしたことでも転移を使う事もあるぐらいに余裕をもって能力を使いこなしている。
そんな風に機嫌よく歩いていると――。
「おっ。こんな時間に女子高生発見」
深夜だというのにサングラスで目元を隠して帽子をかぶっている女の子が歩いてくるのを発見した。
遠くからパッと見た感じだとスタイルが良く美人さんなのは間違いない。
「こんな時間にコンビニか?」
この辺りは人通りがそれ程多く無く、現在は俺と女子高生が居るだけ。そして歩いている直ぐそこにはコンビニがある。一瞬、自分が不審者に思われやしないかと思ったが。
すれ違いざまに「酒臭っ」と呟かれたので特に警戒はされていないだろう。
そんなに臭いか?
疑問が浮かぶが取り合えず家に帰ろうとしたところ――。
「えっ?」
目の前が眩しく光った。
遠くから何かが凄い速度で走ってくる。それを俺は慌てて横に避けるとその何かは物凄いスピードで横を走り抜けていった。
「嘘だろっ!」
俺の横を通り過ぎたのはトラックだった。それも運転手が居眠りをしている姿がはっきりと見えた。
「あぶっ…………」
トラックが向かう先には先程の女子高生。彼女は俺の声が聞こえた訳では無いのだろうが、音に気付いて振り向いた。
「えっ?」
彼女の声がする。だが、トラックはすでに目前に迫っており今から回避では間に合わない。
次の瞬間に彼女が跳ね飛ばされる。そう思ったのだが――。
☆
◆???視点◆
私がコンビニに買い物に行こうと歩いていると大学生ぐらいの茶髪の男とすれ違った。一瞬だけ目が合ったので警戒をしたけど、どうやら酔っぱらいらしく、すれ違いざまに臭いが凄かったので眉を潜めた。
目的のコンビニの明かりが私を照らし、ほっと一息つくのも束の間。背後に良くない気配を感じ取った私は振り返ると――。
眩しいばかりのヘッドライトが私を照らしていた。ソレは凄い速度で私との距離を詰めてきていた。
私は恐怖を感じたが声を出すことなく硬直してしまった。ソレの正体は居眠り運転で突っ込んでくるトラックだった。
私は迫りくる衝撃に目をぎゅっと瞑ると――。
次の瞬間。何かに落ちるような感覚の後、暖かい何かに抱きとめられていた。
「えっ? えぇっ!?」
私は混乱している中、周囲に目を向ける。
そうするとまず目に入ったのは男の胸板だった。どうやら私をお姫様抱っこしているらしく、目線が丁度鎖骨に行く。
「……ふぅ。間に合った」
彼はそうつぶやくと遠くを見ていた。
そこではトラックがコンビニ突っ込んでいて、その音を聞きつけた近所の住人達が野次馬のように出てきている。
「おい。大丈夫かよ?」
男の人は私の様子に話しかけるのだけど、理解が追い付かない。
(トラックに跳ね飛ばされた私をこの人が受け止めてくれた? それにしては衝撃がほとんど無かったし、トラックはコンビニに突っ込んでいるのだから跳ね飛ばされたのならコンビニの中のはず。…………だめだ。現状では正解が出ない)
私はとにかく助けてくれたであろう男性にお礼だけでも言おうと思ったのだが……。
「この場合は緊急時だから仕方ないのか……。使ったせいか頭が…………酔いが酷くなってきた…………うぇっ」
などとこちらを気にしていない様子。私は彼の思考が纏まるまで口を挟まずに観察していたのだが……。
パチリと視線が合う。私はサングラスをしているので相手は解らないかもしれないが、こちらから見れば完全見つめあう形だ。
私は何か言わなければと思うのだが、異常事態に遭遇しているという事もあり、頭が混乱して何を言えばよいのかわからないでいると。
「駄目だ意識が…………やばい。そんじゃ……………………アデュー」
その人は私を下すと左手で口元を抑えつつ右手を上げると次の瞬間消え失せていた。
「なんだったんですか…………」
現実に追い付かない私を電話の着信音が引き戻す。
『もしもし。湯皆? 今ちょっと大丈夫? 次のドラマの撮影の件についてなんだけど――』
相手はマネージャーだった。私は地面に落ちているソレを拾い上げる。
『何。あんた外にいるの? 何やらサイレンの音が聞こえてくるんだけどさ』
耳ざとくサイレンの音を聞きつけたマネージャーから不機嫌な声が聞こえる。
「ええ。コンビニに行こうとしてたんですけど、コンビニにトラックが突っ込んでまして」
『はぁっ! それって事件じゃない。すぐにその場を離れなさいよ。あんたは目立つのが仕事だけどさ、ギャラも無しでメディアに露出するのはNGだからね』
電話の向こうで捲し立てるマネージャーに私は。
「日高さん。一つ聞きたいんですけど」
『なに?』
「幽霊って酔っぱらうと思います?」
そう言った私の手の中には一枚のプラスチックのカードが握られていた。
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