第5話転移を仕事に活かす男
翌日の夜遅く。俺は家から4キロ離れた空地へと来ていた。
この時間を選んだのは人が出歩かない事もそうだが、最後に転移を使用してから24時間経過させたかったからだ。
先日の話。使用回数が決まっていると思われた転移能力だったが、実はそんな事無かったという事実が判明したのだ。
それならば本当の回数は何回なのかを知りたいという欲求をこの時間まで抑えた俺は、不審者よろしくこうして人目を避けて行動している訳だ。
もしも俺の推測が正しければ回数が増えているはず。先日。自分の推測が甘く、部屋を少し壊してしまったが、今回は不測の事態に備えて最初から屋外に避難している。
とりあえず、俺は続けて何度か転移をやってみる事にした。
・ ・ ・
・ ・
・
「やっぱり気のせいじゃ無かった」
昨日成功した5回目のゲートの出現。どうやら回数が増えているのは間違いないようだ。
「能力が成長してるって事だよな」
手をまじまじと見てみる。バイトに明け暮れて荒れている自分の汚い指が見えるだけだった。
「もしかするとゲームとかで言うレベルアップとか熟練度という奴だろうか?」
しばし思考をすると俺はその場で自分が納得しやすい理由を思い浮かべた。
ゲームなどで同じスキルを使用し続けた場合。最初はスキルを使うのに5という数字のポイントが必要だったとして、熟練度を上げていけばその数字が3になる。これはスキルを使うのに慣れた身体が無駄な消費を抑えてくれているからだと思われる。
もしくはMPが増加した。こっちはゲームで言うレベルアップの概念だな。魔法に対する消費数値は変わらないが、敵を倒していく事でプレイヤーがレベルアップをしていき、最大MPが増えた事により使用回数が増える。
そう考えると昨日の俺は壁という人生における強敵を木材で倒したと言い換える事が出来る。
思えば、壁殴り代行という壁を殴れない弱者の代わりに血の涙をこらえて壁を殴る職業もあるわけで。
どっしりと構えた壁はさぞやたくさんの経験値を内包していたのだろう。つまり壁を破って俺の中の殻を破ったからこそMPが増えてレベルアップしたと。
つまりこれからも壁破壊をして行けという神からの啓示かっ!
とりあえず、回数が増えたのはこの推論のどちらかだと思う。その証拠に――。
「念のためにもう一度」
俺は開かないだろうと確信して手をかざすと――。
「6回目……成功したな」
更に回数が増えている。さっきまでのどや顔の自分を殴りたい。
「もしかすると日に1回ずつ増えてるのか?」
壁は関係なかったのだ。可能性としては熟練度の線が濃厚?
いや、結論付けるのはまだ早いだろう。もう暫く様子を見なければ。
☆
あれから三週間が過ぎた。
俺の能力は順調に成長しているようで、転移距離は20キロを超え、転移回数は一日で27回へと増えていた。
回数もさることながら、距離が伸びたのは意外だった。
あれから毎日検証を重ねて転移魔法に対する理解もそれなりに深まってきた。
そんな訳で、今日俺はある場所を訪れていた。
「それじゃあ。これが地図ね。蛍光ペンで塗りつぶしてる地区は投函しちゃ駄目だから。マンションや一軒家に投函してきてよ」
事務所へ赴いた俺に対するのは中年と言っても差支えが無い小太りのおっさんだ。
ここの所長らしく、他にも何人が同じ作業服を着た人間が見える。
地図を見てみるとこの辺一体の地図に投函範囲が赤ペンで囲われている。この範囲であれば何処にばら撒いてきても良いようだ。
「解りました。それじゃあ行ってきます」
そう言うと俺はチラシの束を抱えて出て行くのだった。
☆
大量のチラシを持った俺はまず、人目のつかない場所へと移動するとゲートを開いてアパートへと戻った。
「よし。早速配りに行くとするか」
そして、チラシの中から250枚程手に取る。
「まずは北西にするか」
俺は地図を見て何処に転移すれば効率が良いか考える。
「この辺はマンションが多いからな。狙い目かも」
実はその分事務所からの距離が遠くて配布の範囲の端っこなので、普通の人間であるならそこに向かう時間を考えると手前の集合住宅地でばら撒くだろう。
「早速転移していくか」
だが、俺にはそれは関係ない。多少遠かろうが転移の前には関係無いのだ。
「まずは人気が無い事の確認だな」
そう言って俺はゲートを開く。
ただし、ただゲートを開いた場合、そこに誰かが居たら問題になる。
俺が狙うのはマンションの敷地内にある公園のトイレや集会場の建物裏辺りだ。
「ふーむ。見たところ誰もいなそうだな」
予めそれらの場所にあたりをつけていた俺は、人差し指程の大きさでゲートを開いた。これは『開くときのゲートの大きさを調整できないか?』という検証による成果であり。
この発想のお陰で、俺はこうして他人の目を掻い潜って転移を実行できるようになった。
そして、周囲に人影が無いことを確認し終えた俺は改めてゲートを開いて移動をする。
「よし。無事に移動完了だ」
俺はほくほく顔でチラシをもってマンションの密集地帯へ移動した。
先日の話だが、たまたま見ていたバイト情報誌にチラシのポスティングのバイトがあった。
アパートの修理代に新しいバイトを探さなければと億劫だった俺だが、このバイトを見た瞬間に天啓が舞い降りた。
『完全歩合制! 開いた時間でOK! 週1日から始められます』
労働者の金銭欲を煽るような文章に目が釘付けになった。
このバイトは考えれば考えるほどに俺にぴったりだった。
何故ならこのバイトで一番大変なのは移動距離による体力の消耗と移動時間による効率の激減だからだ。
通常であれば慣れた人間でも1時間で配れる枚数は250枚程度。大型の集合マンションで300戸の集合ポストなどがある場所だと結構入れられるようだが、ここらにはそこまで大きなマンションは無い。
そしてチラシは1枚配ると5円の報酬を貰う事が出来る。つまり今ある1000枚の投函を終えてしまえばそれだけで5000円の収入になるのだ。
「普通の人間なら5~8時間掛かるから時給は900円から1000円だが…………」
場合によっては1時間で100枚も捌けない事もあるらしく、時給で考えると明らかに不満が出る。
だが、俺なら急げば1時間で全て配り終えられる。遅くても2時間だ。つまり時給は最低でも2500円。
「だけどこのバイトをするには解決しなければならない問題があった」
それが、転移の際に誰かに見られては不味いという事。
「それも転移回数の増大とゲートの大きさを調整出来る事で解決した」
そんな訳で新しい能力の使い方を開発した俺はこれ幸いとばかりにチラシ配りのバイトに登録をしたのだ。
「さて。それじゃあこのマンションで配って。余るようなら近くに配りに行きますかね」
マンションに入っていくとご同業なのか、ポスティングをしている人がチラホラ居る。この時間帯は買い物帰りの主婦がポストをチェックして回収していくのでチラシの効果が高いという話だからな。集まるのも無理は無い。
俺はペコリと頭を下げると軽い動きでポスティングしていく。労働というのはかくも尊いモノなのだ。
これだけの労力でお金になるのだから笑いが止まらない。
俺がチラシを入れ終わって移動をしようとすると、先程の人物はまだチラシを入れていた。欲張って大量に運んでいるから取り出すのが手間なのだろう。
家に置いて取りに戻れるというのは大きなメリットなのだ。
俺は挨拶をペコリとするとさっさとマンションから出て行った。稼げる内に稼がなければ。
☆
「ただいま戻りましたー」
「おう。いつもながらに速いじゃねえかっ!」
事務員のおじさんが気さくに話しかけてくれる。
このバイトを始めてから1ヶ月が経過した。
「結構とばして帰ってきましたから」
「事故にだけは気をつけろよ」
俺はアリバイ工作の為に自転車を借り受ける事にしていた。でなければ短時間で終わらせた事に疑問をもたれてしまうからだ。
「それにしても唐山は優秀だな。発注元からの評判もいいんだぞ」
お陰で依頼が増えたとかなんとか事務員は嬉しそうだ。
「いつも思うんですけど。チラシ配りのバイトって捨てられたらどうするんですか?」
俺はもちろんそんな不正はやっていないのだが、中には配るのが面倒で捨てている奴も居るんじゃ無いだろうか?
俺の当然の疑問におじさんは――。
「お前はやってないだろうから説明してやるが、こっちで調査してるからな。投函区域でチラシが出回ってなければ判るようになってるんだよ」
何でもチラシのリターン率であったり、直接その区域の人間に確認したりと詳しい方法は秘密らしいのだが、判る様になっているらしい。
実際にこの事務所でもずるをして首になった人間もいるらしい。
「そうだ。今月分の給料を振り込んでおいたぞ。これが明細だ。確認してくれ」
事務員から俺は給料明細書を受け取る。
「これ…………まじっすか?」
そこには俺が今まで見たことの無いような金額が振り込まれていた。
「いろんなチラシを毎日配ってくれてるからな。こっちもお前さんをあてにして仕事引き受けちまってるからよ」
今までやっていたファミレスのバイトの二倍以上。下手すると新卒の月収程度はあるのでは無いだろうか?
「今月の売り上げトップはお前さんだ。週6で1日8時間やってる奴でも15万だってのにすげえな」
俺は週5の6時間やっているのだが、一度に受ける仕事の量が多い事と転移の回数が増えているので移動間隔を刻む事で更なるスピードアップをしたのが原因だろう。
「ちょっと…………確認していいっすか?」
俺はスマホを立ち上げると銀行アプリを起動した。転移の位置情報を把握する為に奮発して購入したのだ。
リアルタイムに残高を確認できるようになるなんて時代の進歩には脱帽する。
「まじだ…………」
俺の銀行残高に振り込まれている金額に目を見張る。
「だから言っただろ。こちとらケチって優秀な人間に他に行かれたくねえからな。安心しな」
事務員のその言葉をよそに、俺は今後のお金の使い方について色々思考を巡らせる。壁の修理……?
まだ季節も良いしそのうち何とかするさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます