第4話アパートに穴を開ける男
「…………予想以上に人が居ないな」
寂れた雰囲気が漂うフロア。所々タイルが欠けている地面。ボロくなっている柱。形だけで売るものが存在していない売店。
ここは駅から離れた場所にある映画館。観賞席が100も無く、有名な映画をリース出来ないので、あまり話題に挙がらないB級映画を放映している落ち目の場所だ。
ここに来るのは一人で静かに映画を見たいもの好きか、暗闇でイチャつきたいカップルぐらい。
事実、目の前に並んでいるのは玄人オーラを漂わせてパンフレットを見る眼鏡の青年と、肩をぶつけ合って耳元でひそひそと会話を繰り返すバカップルだけだった。
俺は、このバカップルの片方を転移で飛ばして引き離してやりたい衝動に駆られる。そういえば人体実験はまだだったな…………。
ほぼ人が居ない場所なので普通に会話をすれば良いのに…………。
わざわざ顔を近づけて話をしている時点でこいつらにとっては会話そのものよりお互いの顔を近づけるのが目的なのは明白だ。
ふと息を吐く。このまま見ていても仕方ないのだ。
今は目の前のバカップルをどうにかするよりもやるべき事がある。
俺は再度注意深く周囲に視線を巡らせると。
「ここならカメラは無い。そして上映中なら薄暗いし客の視線もスクリーンに向かっているはずだ」
何せ客の数からして片手で数える程なのだ。万が一見られても薄暗い場所ならば目の錯覚という事で誤魔化すのは容易だ。
そして、俺はシアタールームの中に入ったことが無い。こうしてエントランスに入るのすら初めてだ。
一応。友人に誘われた事はあるのだが、先立つものが無ければ付き合いにも応じる事は出来ない。二時間の映画で二千円払うぐらいならDVDを借りた方がお得と考える人間だ。
もっとも。家にはテレビはおろかDVDプレーヤーも無いのだが…………。
「これはあくまで実験だからな。転移が可能なら後1回を使って出るんだからな」
誰にとも言わずに俺はぶつぶつと言う。宣言しておかなければそのまま無銭で映画を堪能しかねない。それでは犯罪になるし、真剣に映画を作ってる人達に悪いだろう。
そうこうしている間に上映時間になったようで、ブザーが鳴った。先程まで並んでいた眼鏡とバカップルは館内へと入場済みらしく、俺だけがその場に取り残されていた。
俺は柱の陰に移動すると転移を開始する。
「【開け】」
念じるだけでは開かなかったので声に出してみる。
だが、ゲートは開く事無く沈黙をする。転移をするとき特有の脳の一部が使われる感覚と、MPぽい物が吸い出されて疲労する感覚すらない。
どうやら行ったことがある場所でなければ転移は出来ないようだ。一応他にも何か所か試しておくべきか…………。
☆
「距離……概ね良し。転移先の条件良し」
俺は部屋のベッドに座るとメモを取っていた。
あれから何度か飛んだことが無い場所を思い浮かべてみたのだが、イメージが固まらないので転移が出来なかった。
映画館とかテーマパークとか。入った事は無くても想像がつきやすいのだが、一度行った場所しか行けないとなると昔はやったゲームの魔法に似ている。
「次はっと…………『何かが通っている最中にゲートが閉じたらどうなるか?』」
これは本来であれば真っ先にしておくべき検証だった筈だ。
だというのに俺は能力への期待にばかり目が行ってしまっていた為、確認を怠ってしまっていた。
「まずは、大学でもらってきた木材の棒を用意して……」
土木科の友人から貰った木材を取り出す。友人からは「そんな端材何に使うん?」と聞かれたのを適当に誤魔化した。
俺は木材の大体真ん中にマジックペンで線をいれる。
「さて。やる前に推測を述べておこう」
今回やる検証は危険性が伴う。
物体が通過中にゲートが閉まったらどうなるのか?
それに関する俺の推論は――。
1通過している物体はゲートが閉じる力によって切断される
2通過している物体のせいでゲートは閉じ切る事が出来ない
3物体が通過するまでゲートを閉じる作用が始まらない
個人的には1か2だと思っている。過去の例でみれば雑誌を投げたあと時間経過で閉じた事があるし。
そうすると、このゲートという現象にどちらが備わっているかだ。
1だった場合、高性能の切断機能付き転移魔法という事になる。これがファンタジーや異能バトルの世界観なら恐ろしい殺傷能力を持つ攻撃手段ではないか。
思わず俺は「次元断!!!」と必殺技を叫ばずにはいられないだろう。
2だった場合は使い方が思いつく。あらかじめ木枠を用意しておくことで、その場を何度も往復出来るようになる。
もっとも、仮にゲートを開いているのに俺のMPが関係しているのだとしたら使用回数を複数使う。もしくはMP不足で倒れてしまうなども考えられるので慎重に検証すべきだ。
1だった場合。強度はどれだけ切断できるかを検証する為に鉄パイプも用意した。
こちらは高校の頃の友人から貰ったものだが、パイプの先端に赤い物が付いている。まさか俺に妙な証拠品を押し付けたのではないと信じたい。
もし仮にそうだとするのなら俺は一人の友人を失ってしまう事になるからな。
とにもかくにも準備は整った。
俺は期待を胸にゲートを開くと木材を差し込む。俺はドキドキしながらゲートが収縮するのを待ったそして――――。
数分後。アパートの壁に木材が突き刺さるという悲劇が発生していた。
検証の結果は『ゲートが閉じた段階で面積が広い方の空間に押し出される』だったのだ。
☆
その日の夜。
「いけね。調味料が切れていたんだった」
俺は晩御飯を作っている最中でゴマ油が切れている事に気付いた。
時刻は夜遅い。スーパーも後10分で閉まってしまうので走っても間に合わない。
かといって、コンビニで調達すると高いのだ。普通の学生に比べて赤貧の俺にはそんな余裕はない。…………はぁ。壁の修理費どうすっかな。
などと落ち込んでいても仕方ない。
「よし。使ってみるか」
こういう時こそ自分の能力を活用すべきだろう。
俺はスーパーの裏手の人通りが少ない場所をイメージすると財布を持って移動した。
「ふー。ギリギリだった。ついでに半額のおにぎりも買えたから明日の朝食も助かった」
ホクホク顔でスーパーを出る。
後は歩いて帰るだけなんだが…………。
「さて、人気の無い影に入ってっと」
人目を気にしながら木陰に入ると俺は転移をして家に戻った。
「おー。さすがにまだ暖かいな」
本来なら6キロ先のスーパーへ行ってきたのだ。普通に買い物で出掛ければ冷めている所だった。
やはり転移は優秀な能力だな。
俺はご機嫌で料理を進めていたのだが…………。
「ちょっと……まて?」
思わず手を止める。
「今日の使用回数は超えていたはずじゃないのか?」
本日の転移の実験はアパートを木材が強襲するという事件があったので残る実験を目立たない林に入って行った。
その際の鉄パイプの飛びっぷりを確認して、転移回数が上限を超えた俺は実験を終了したはず。
だが、今日の転移はこれで5回目。前提が大きく崩れている。
俺は鍋の火を止めると考え始める。もしかして思い違いをしているんじゃ無いだろうか?
念のために転移を発動させてみるが何も起きない。どうやら6回目はさすがに出せないようだ。
だとするとどうして使用回数が増えた? 急に2回分も?
「まあ。考えても解らないしとりあえず飯作るか」
空腹で考えた所で纏まらない。俺は晩飯を作ると疑問をよそにやりながら食事をとるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます