07「そして、俺たちの旅は続く。」

 「ああ。」

舜はサラの頭を撫でる。

「ママは疲れているから起こさないであげてね。」

サラが身体を離すと舜は母の亡骸を抱き上げ、それを遺体袋に入れる。


「防腐処置は⋯⋯いや、今のお前にはもう説明不要だな。」

イーサンが帽子をさらに目深にかぶり直しながら言った。


 「ディーン。ヨグ=ソトースの魔法についてだけど、あなたにあらかじめ断っておくわね。」

マルゴーが説明する。「時間遡行魔法」は惑星時間で1年未満しか戻せないこと。対象は単体に限り、空間に、つまり「過去」に干渉してはならないこと。そして、「未来」を見ようとしてはいけないこと。


「違反者には『死』の裁定が降るわ。自動的に懲罰魔法が発動するの。それが『ティンダロスの猟犬』、違反者を抹殺するまで魔獣が永遠に追い続ける。いいわね。なぜなら過去への干渉を制限しないと無限に並行世界が増えることになる。GODはそれを容認しない。」


舜は頷く。万能だが、万能過ぎるがゆえに治療と修理くらいにしか使えないのだ。


 舜は母の亡骸なきがらをアヴェンジャーのサイドカーに乗せる。そこがサラの指定席になるずっと前に、そこは母ユリアのものだった。故郷をテラと共に駆け落ち同然に飛び出した日からずっと。

 袋のカバーは顔が確認できるモードにしておく。サラは飽きもせずに母の顔を見つめていた。


 舜は魔神の骸のもとへ行くと、その頭を足で転がす。

カツン、という音と共に魔結晶が落ちていた。それを握ると目を瞑る。


「発動、『地の刻印』。」

すると舜の持つ『水の刻印』の内側に新たなる旧神の印エルダーサインが浮き出る。ラフに描かれた五芒星の中に目のしるし。ただその瞳部分が山の形になっている。これが『地の刻印』だ。金属や岩石から自在に物を生成し、重力を操る力。それが舜のものとなる。


「終わったな。」

ジャックが声をかける。

「ああ。ありがとう。」

舜はジャックと抱擁を交わした。


  地下宮殿の外に出るとハイゼンベルク侯爵の所有する大型の飛空艇が次々とンガイの森を飛び立ち、ゲートから離脱していく。

「逃げ足の速いこって。」

イーサンの皮肉にジャックが答えた。

「それが貴族の本領だからな。都合が悪くなったらすぐトンヅラさ。」


 舜とサラも結界の外へ出るため、ジャックたちと共にデルタ=グリーンの飛空艇に同乗する。

  今回の任務は『内部』の問題であるため、エクセレント4の会見はないようだ。小さくなる黒い森を見ながら



「なあ。前も誘ったけどさあ。どう、俺たちと一緒にやらないか?」

ジャックが再び舜を誘った。

「招待するぜ天国の扉ヘヴンズドアへな。お前ならきっとできるぜ。」

イーサンも同意する。

「拙者も異存はござらん。」

リッチーもそうだった。


しかし、舜は首を横に振った。

「評価してくれてありがとう。親の仇は討てたけど、貸してもらった力には相応な恩返しが求められているんでね。それを果たしたらまた考えさせてもらうよ。」

  確かに彼らはいいヤツらだ。きっと気持ちのいい仲間になれるだろう。でも間違いなくその目指しているところは違うのだ。


「せっかくだから好きなところまで送ってやるぜ。どこがいい?」

舜が指定した座標は西の大陸の北部だった。

「ヤルナクの灰白湾かいはくわん?そこは邪神の住処じゃねえか。確か⋯⋯。」

ジャックが言葉につまるとマルゴーが補足する。

「ええ。ヴォルヴァドス。邪神ではなく『蕃神』ね。この宇宙とは別のところから来た炎神よ。あら⋯⋯まさかあなた。」


「ああ。ヴォル爺は俺の師匠だ。そして、オヤジの師匠でもある。」

「なるほど、もしかして、お前の『火の刻印』はヴォルヴァドスのものなのか?」

「いや、これは邪神クトゥグアのものだけどね。まあいずれにしても俺とサラにとっては今の『実家』みたいなものだな。」


 そう、父が今際の際に命じた「師匠」とはヴォルヴァドスのことだったのだ。

 舜はサラにバイタルスーツを着せる。

「しゅん→?」

不思議そうな顔をするサラを抱き寄せる。

「ヴォル爺のとこに帰るぞ。」

サラの顔が笑顔になる。

「しゅん↑↑」


 舜は自分の後ろにサラを乗せる。サラは舜の背中に身を寄せる。

「じゃあ、達者でな。」

「まあ。世間は案外狭い。また一緒に仕事しようぜ。」

「うむ。」

「またね、ディーン、私のこと忘れちゃいやよ。」


  手を振る4人を背にアヴェンジャーは走り出す。サラはずっと振り向いたまま彼らの姿が小さくなって見えなくなるまで手を振り続けた。


  やがて眼前に湾曲した海外線が飛び込んでくる。それがヤルナクの灰白湾。その名のごとく、石灰質の白い断崖絶壁とその足元にある白い砂浜が延々と続く風光明媚な場所だ。

  そこに崖が大陸側に切れ込んだ部分があり、その奥に洞窟がある。そこが蕃神ヴォルヴァドスと炎神クトゥグアの住処である。


 「ただいま。」

 洞窟の中は暑くも寒くもない、一年を通して同じ温度である。

その時まで舜は気付いていなかった。一つの旅の終わりは、次の旅路の始まりに過ぎないことを。


(第一部、完)


(次回予告)

第二部『風の刻印』編がスタートします。

「風の一族」の長、邪神ハスター が「風の刻印」を餌に舜とサラを苦難の旅路に招きます。


 今回は「小雪」と青い肌の異星人コンビとの珍道中。猫のクロウとエクセレント4の連中も大活躍の予定。今後とも引き続きご贔屓の程をよろしくお願いいたします。

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俺が魔物を♡死屍累々♡にするせいで!妹が☆肉嫌い☆になって困ります!! 風庭悠 @Fuwa-u

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