06「親の仇と迸る想い。」

しかし、それが邪神の「思うツボ」だったのだ。

「〜〜〜〜!」

魔神は声にならない呻き声をあげる。全身に激痛が走っているのだろう。


ジャックが思わず声を上げる。

「なるう、凍結膨張か。」

水が凍ると体積が膨張する。何度も冷凍解凍を繰り返すうち、入ったヒビに水分が入り込み、ヒビを広げ、それが堅牢な「岩」の身体を弱体化させたのだ。


「さあて、こっちも参加するぜ。」

ジャック達の銃撃はバリアの干渉なく着弾する。脆くなった魔神の肌はぼろぼろと剥がれ落ちる。


「図に乗るなぁ。」

魔神がついにその玉座から立ち上がる。

「いざ!」

リッチーと舜がその懐に入り込んで魔神のボディに傷をつける。


「むう。」

魔神は自らの敗北はもはや時間の問題と判断した。そう、この物質の身体を棄てれば追ってはこれまい。


「チャウグナー=フォウン!覚悟!」

舜はその胸に魔剣を突き立てる。その切っ先の侵入を硬い岩の身体が拒む。しかし、舜はすでに何でも突き通す魔力がある。

転送ラン!」

切っ先は触れる部分を転送し、見る見るその硬い岩塊を貫いていく。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」

舜も魔神も共に叫び声を上げる。


ついに、ガラティーンが魔神の心臓を貫いた。グフウという荒い息と共に口から血が吐き出される。

「人間⋯⋯風情が⋯⋯。」

 大きな地響きを立て、魔神の身体が倒れる。舜はそのまま首の付け根に刃を突き立て、その首を落とした。


「やったな!」

イーサンが喜びの声を上げるが、舜は首を横に振った。

「いや、まだだ。」


魔神の身体から霊体に戻ったチャウグナー=フォウンが抜ける。魔神はその身体を捨て、この宇宙を管理する霊界にあるアザトースの宮殿へと去ろうとした。


「ちょっと待てよ。」

いきなり霊体の自分の肩を掴まれて魔神は思わず

大声を上げた。

「まさか。貴様。GODの代行者……!」

舜の背に生えた6枚の翼を見て絶句する。そして悟った。この惑星で密かに進められていたニャルラトホテプ による邪神クトゥルフの復活計画がすでにGODの側に知られていたことに。


「いやだ。封印だけはいやだ。」

  魔神の肩は舜の手にがっちりと捉えられてしまい、まるで動けない。タルタロスとは身体ではなく知性が封印されるのだ。この宇宙の主神たるアザトースはGODへの反逆して討伐されたのち、知性を封じられ、その宮殿で音楽家の奏でる旋律に合わせ、痴態を晒し続けている。そんな姿を晒しながら生きながらえるのは堪え難い苦痛だ。


「お帰りはあちらだ。大真祖、チャウグナー=フォウン。」

タルタロスの門が開く。


「余が死んだところでこの惑星ほし運命さだめは変えられぬ。必ずや、必ずや滅ぼしてくれるわ。」

魔神は捨て台詞を言い終えると野太い断末魔の叫びを上げ、門の奥へと吸い込まれて行った。


「物質の身体を捨てなければまだ逃げようがあったが、もう遅かったな。」

サラに潜む邪神がつぶやくように言った。その身体はふわりと浮くと舜の腕の中に収まる。


「サラ?」

意識は邪神アフーム=ザーのものだが、その眼の奥には、彼女の意識もそのまま残されていることが読み取れる。そうか、母の最期の瞬間をその目に焼き付けてしまったことだろう。サラは口を開くが、その主は邪神であった。


「しゅんよ、私は再び眠りにつこう。まだ私が完全に復活できる時ではないのだ。それまでこの娘のことを頼む⋯⋯ぞ。」

そこまで言い終えるとサラの身体は弛緩し、ぐったりとした頭が垂れ下がる。その身体の重みを急に増す。舜はしっかりその重みを受け止めた。


「ディーン、母ちゃんを甦らせなくてもいいのか?」

ジャックの言葉に舜は首を横に振る。


「ダメよ。死んだ身体は時間を戻しても死んだままよ。生命力を再び吹き込むことはできないわ。」

マルゴーが代わりに説明する。


 舜は母ユリアのもとに近づく。その死顔は穏やかなものだった。まるでずっと夢を見ているように。

「母さん。ごめんね。遅くなった。サラはこんなに大きくなったよ。」


 ユリアのまとう白いローブはまるで死装束のようだった。そう、すでに死んでいたのだ。そして、魔神から与えられた魔力によって生きた電池のように扱われていたに過ぎない。


 ジャックもイーサンも、リッチーもマルゴーもそのそばにひざまづくと哀悼を捧げる。舜は突然全ての感情が噴き出した感覚に襲われる。小さい頃の思い出が、サラを身篭っていたときの家族の、そして夫婦の幸せな雰囲気が、ユリアを奪われた時の恐怖と焦燥が。


 ユリアを喪った後の目まぐるしい日々が、サラがいじめられる怒りと嘆きの日々が。二人で魔神を追った旅の全てが。

 緊張の途切れと共にいわゆる「走馬灯」のようにフラッシュバックしたのだ。


「うわああああああああああああああああああああああ。」

声を上げて泣く。まるで幼子のように。力いっぱい抱きしめ過ぎたのか、サラが目を覚ました。


「しゅん↓?」

サラは涙とそのほかでグチャグチャになった舜の頬を両手で挟む。舜はその腕を解くとユリアの「枕元」にサラを下ろした。


 サラはユリアの顔やその髪を確かめるように撫でる。その首は力なく横をむいた。

「ま⋯⋯⋯まま⋯⋯ぁ。」

悲しそうな瞳にたくさんの涙をたたえた顔で舜に確認を取るかのように言った。


「そう、サラの⋯⋯サラと俺のママだよ。」

サラは母が眠っているのかと思ったのだろう。その首にかじりつくように顔を寄せる。


  あまりのいじらしさにジャックもイーサンも目を逸らした。リッチーも精一杯涙を堪えている。ここで他人が泣いてしまえば家族を喪った当事者がかえって冷静にならざるを得なくなることを知っているからだ。


「ディーン。」

ジャックがデルタ=グリーンが持ってきた遺体収納袋を舜に手渡した。

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