05「母の残像と永遠の別れ」。

「あの身体、特別なのか?」

ジャックの呟きにマルゴーが答える。

「そうね。エリーシアに居を定める天使たちのコピーよ。GODの認証が出れば、力的にはアザトースと同等ね。」

「まじか?」

「だから神格を持つ相手にしか許可は下りないわよ。」


そして、衝撃的な展開になる。

「はーはっは!好き放題やりおって。もう容赦はせんぞ。」

逃げ出したと思ったハイゼンベルク侯爵が戻って来たのだ。しかも女性を連れて。魔神の傍らに立つ女性は舜にとっては忘れようにも忘れられない面影だったのだ。


「⋯⋯母さん。」

それは養母のユリアであった。その顔は最後にあった時と変わっていなかった。


「小僧、これがお前の母親だ。」

サラは虚ろな目をしており、舜を見ても無反応であった。思わず立ち竦む舜の前にジャックが出た。


「ディーン。こいつはもうお前の母親じゃない。いや、お前の母親の形だけをした別の何かだ。」


そんなことは言われなくてもわかっている。わかっているつもりであったが身が竦む。しかし、さらに衝撃的な場面を見る事になる。チャウグナー=フォウンがユリアの首筋に吸い付いたのだ。


「この女は抜け殻だ。我が主が求めているのはお前の身体にある火の刻印だ。それを寄越せ。それがいやならそこの娘を寄越すがいい。」

侯爵の言葉に舜が叫ぶ。

「断る!お前は俺たちの両親を奪った。俺はともかく、サラはまだ乳飲み子だったんだ!」


侯爵は大笑いする。

「まだお前は自分が上だと思っているのか。この女は抜け殼だが少しは魔力が残っている。」

魔神がもう一度ユリアに吸い付く。ユリアの真っ白な肌は見る見るうちに青ざめていく。魔神がその全てを吸い終わるとユリアはその場に崩折れるように倒れた。


侯爵は倒れたユリアを足で転がす。仰向けになったユリアの目は見開かれたままで、涙が一筋頬を伝う。

「はあ。ほんとうに死んだようだな。どうだ、なすすべもなくお前は両親を目の前で殺されたのだ。まさに、無能の極みだな。ねえ、今どんな気持ち?」


侯爵は声を立てて笑う。舜は何かブチ切れる音がしたように感じた。しかし、ジャックがその手首を掴んだ。

「激昂するな。それはやつの思うツボだ。⋯⋯お前の一番大事なものは何だ?サラちゃんじゃないのか?」


舜はアヴェンジャーを見る。シェードをスモークにしていたからサラはこの凄惨な光景を見ていないはずであった。しかし、いつの間にかサラの姿が見えていた。見てしまったというのか、母が無残に死に行く様を。舜はストレスと怒りのあまり眩暈を覚え、よろめいてしまう。その時、魔神の持つ地の刻印が鈍い光を放った。


土竜どりゅう。」

くぐもった低い魔神の声。


それと同時に地面から鋭い棘が何本も生える。

「やばい!」

エクセレント4たちはそれを避けた。舜も咄嗟に避けたつもりだったが、心の消耗のあまり、よろめいたその脚を鋭い棘の一本が貫いた。舜は倒れる。


「しゅん!」

サイドカーのサラが絶叫する。その時、サイドカーのシェードが開く。しかし、そのロックは誰が外したのか。

その姿にチャウグナー=フォウンが呼びかける。


「ほう、かつて『極光の邪神』と恐れられ、封印されたとはいえ、随分と『可憐な姿』に落ちぶれたものよ。邪神、アフーム=ザーよ。こちらに来てその権能を寄越せ。そうすればお前をそのチンケな枷から解放してやろう。」


するとサラの身体を青い燐光のような焔が包み込む。その氷碧色アイスブルーの眼は光を帯びる。

さえずるな、仔象。」

それはそれは可憐な可憐な声であった。


すると一瞬のうちに大地が凍りつく。魔神は再び土竜を使おうとしたが、それを覆った氷はその発動を許そうとはしなかった。魔神は嬉しそうに言う。

「ついに覚醒したか。邪神、アフーム=ザーよ。さあ、我に力を貸せ!」


邪神を帯びたサラは舜に視線を戻す。

「しゅんよ、何をしておる。お主にはヨグ=ソトースの力の片鱗が理解できているはず。ベルゼバブよ、そやつに治療の仕方を教えてやるがいい。」


ベルが顕現する。舜はガラティーンで棘を砕き折ると血が溢れるように流れだす、舜は痛みに呻き声をあげた。

「⋯⋯舜、力を抜いて。ヨグ=ソトースは時間と空間を司る存在です。だから身体の『時間』を戻せるはずです。やってみてください。」


時間遡行リワインド。」

みるみるうちに傷が塞がる。デッドオアアライブと同じ系統の魔法か。そうではない。ジャックの魔法は生命力の活性化であったが、これは時間遡行だ。怪我する前の身体まで時間を戻しているのだ。


「さあ、今度はこちらから行かせてもらおう。」

サラの身体がサイドカーからふわりと浮き上がり、舜の傍らに来る。サラの身体から銀色の焔が舞い上がった。


「我が名はアフーム=ザー。絶対零度の魔王なり。しゅんや。水の刻印を使うが良いぞ。」


サラが手を伸ばし手のひらを向けるとチャウグナー=フォウンの身体が氷つく。


「効かぬわ。」

その身体は魔神から溢れ出す魔力で簡単に元に戻る。舜は邪神の意図を理解した。

「水脈。」

舜は魔神の体内に水を湧かせる。そして、邪神が凍らせる。

魔神が解凍する。それを何度も繰り返す。


「しつこい!利かぬと何度言えば良いのだ。」

魔神がついに怒りだす。そして、邪神の凍結魔法を重力魔法で打ち消す。ようは分子運動が完全に停止した状態が絶対零度なのだから、重力操作でそれを阻害すればいいのだ。


しかし、それが邪神の「思うツボ」だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る