03 「息詰まる展開と行き詰まる攻撃と。」

眼前に広がる玉座の間。篝火らしき風情の火が焚かれている。仄暗い空間。そのため、貴金属で飾られた玉座も燻された佇まいを見せる。


そこに座主のは生きた岩石の身体を持った象頭人身の魔神。チャウグナー=フォウン。全てはこの日、この時のためにあった。魔神はまるで神像のごとく微動だにしない。


「よく来たな、小僧。」

最初の言葉はチャウグナー=フォウンではなく、その玉座の傍らに侍すハイゼンベルク侯爵の口から紡がれる。舜は抜き身のガラティーンを肩に負う。そして名乗った。


「確かに、あんたに比べりゃ地位も資産も名声も敵いっこ無いんでね。小僧呼ばわりも仕方はないな。ただ、言わせてもらおう。俺の名はディーン・サザーランド 、カインの末裔だ。」


侯爵は愉快さと不快さが綯交ないまぜになった表情をすると、舜から視線を外すとジャックを見据える。

「そしてジャック、なぜ貴様がここにいる?」

ジャックは両手を頭の後ろに組むと愉快そうに言った。

「おやおや差別はよくないぜ、侯爵閣下。なーに、俺はあんたの尋ね人を連れて来てやっただけだぜ。せっかくだから例の報償金も賜りたいところだねえ。」


侯爵の表情から愉快さが抜け、不快さだけが残る。

「何を馬鹿げたことを。デルタ・グリーンまで連れて来るとは狂気の沙汰だ。私は『星の智慧派』の幹部の一人でもあるのだが。」


苛立ちを隠さない侯爵にイーサンが答える。

「だからさ。血の教団あんたたちはやり過ぎた。あんたは土民の村しか襲ってはいないと言うだろう。でもな、貴族にとっては土民は家畜なんだ。つまり経済動物なんだよ。家畜泥棒は重罪だぜ。だからこいつを連れてくればあんたの教団の狼藉三昧は終わらせていただけるはずなんですがねえ。」

イーサンは舜の捜索を口実に手下たちが働いた狼藉を非難したのだ。


さらにジャックが尋ねる。

「なぜこんな子供に懸賞金を?」

侯爵は呆れたように言った。

「お前は知らんのか?その旧神のしるしエルダーサインの意味を。」

ジャックはかぶりを振る。

「あまり興味はないね。」


「錬金術の世界は四元素が基本だ。風、水、火、そして土。それは物理世界の4つの力を象徴したものなのだよ。つまり重力、電磁気力、強い核力、弱い核力だ。」

滔々と語り出す侯爵の話をジャックが折る。


「なあ、その話長いのか?掻い摘んでくれ。眠くなっちまう。」

「ふん、いいだろう。この惑星のような生物が存在する世界でのみ四元素は四元素たりうる。」


イーサンが頷く。

「そうだな。それはわかる。空気がなきゃ火も燃えねえし、風も起こらないな。」


侯爵は続ける。

「そう。かつて魔術は科学者にとっては敵だった。それは神の存在を認めることに他ならないからな。それが全能者を名乗る唯一神ならなおのことだ。しかし、魔術とは実は科学だったのだよ。ただし、我々より数次元上の存在者によるものだ。

神とは高次元生命体のことだったのさ。それは異星人から告げられた真実だった。


神とかいう存在は魔法を使うためにアプリケーションを用意した。それが精霊と言われる存在だよ。先進的な異星人たちはそれを量子情報化した。それが有人格アプリだ。そして、それを持っているのがその小僧だ。」


「ああ、ベルちゃんのことか?」

「そうだ。そして、その少年の持つアプリ、それこそがベルゼバブ、遍く銀河系から集めた魔術書を収めたセラエノ図書館、すべての魔術書を自由に閲覧し、必要な情報を取り出すアプリ、まさにセラエノ断章の読み手なのだ。


わかるか?その少年は我々が欲する全ての情報を自由に手に入れられるのだ。」


そこでイーサンが口を挟む。

「なるほど、それなら智慧の実を喰らうことだな。そうすればそれなりの智慧は手に入れられるだろうよ。」


侯爵は目を瞑る。

「とうに口にしたさ。貴様たちの庇護者、マウントバッテン卿から買い取ってな。そして、理解してしまったのだよ。俺はそのアプリが欲しいのだ。」


舜は言った。

「悪いが、そればかりは譲れないな。俺とベルは一体なんだよ。ただの居候じゃないんだ。それを見せてやるよ。」


「交渉は決裂だな。それではお互い、力づくということだ。さあ、我が主の眷属たち、あの者どもを倒すのだ。」

侯爵の命に「チャウグナー=フォウンの兄弟たち」が前に進み出る。


「さあどうする?肉主菜アントレさんよ。」

ジャックがにやりとする。

「とりあえず、『兄弟たちブラザーズ』の方をなんとかするしかないでしょうよ、魚主菜ポワソンさんよ。」


ジャックが銃で援護を与えながら舜がガラティーンで斬りかかる。しかし、前回の戦闘で得たデータから身体の成分組成を分析して対策を取っていたはずが、斬撃が効かない。

「バカめ、その魔剣についてのデータはこちらにもあるのだ。対策を打たぬはずなかろうが。」

侯爵が嘲笑する。


「チャウグナー=フォウンの兄弟たち」の体も人間とさほど変わらない。ただ材質は岩であり極めて質量が重い。しかもコピー元である魔神同様、普通の銃などは効かないのだ。


「やばいな。これがウエイト差ってやつか。」

ボクシングやレスリングなどは体重別制度をとっているのは、体重が重ければそれだけパワーがあるからだ。動きが鈍重だがそれ以上にパワーがある。


ただ、幸いなことに距離をとってさえいれば向こうから攻撃してくることはない。


「普通の銃だと全く効かないな。」

舜が言うとジャックはにやっとした笑みを浮かべると訂正する。

「正確には『普通の弾丸』だな。まあここは相談だ。」

何か策があるようだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る