第9章:「丘より来る恐怖【チャウグナー=フォウン】

01 「敵地侵入と魔獣の巣」。

場面は再び現在へ⋯⋯


「ていうか、なんでこんな小さいクルマに乗ってんだよ?」

助けられておいて舜は彼らのクルマにケチをつける。


「チンケなクルマってか?俺様の愛車だぜ?」

ジャックが抗議すると、生真面目な顔でイーサンがジョークを飛ばす。

「それをいうなら500チンクエチェントなクルマだろう。」


クルマといっても重力浮上式だからタイヤはついていない。地球時代のイタリア製の自動車フィアット500を模したデザインなのだ。


地下施設の入り口にも戦車が待ち構えていた。

「さあ、もう一発食らわしてやるよ。」


イーサンが対戦車ロケット砲RGBを発射するも

「無駄だ。」

すでに手を読まれていたのか、重力魔法によるバリアでふさがれてしまった。

「くそう。リッチーに撃たせりゃ無限リロードなのに。」

イーサンは悔しがるが、そうこうしているうちに戦車の砲塔がこちらを向く。


「どうする?敵さん、本気出して来たぜ。」

ジャックが急かす。

「それじゃあプランBで行くか。」

イーサンがもう一発放つとそれは煙幕を吐き出しながら戦車をめがける。

煙幕弾スモークグレネードだと?」

戦車の視界が遮られるが戦車長は慌てずに指示を出す。


「狙え、敵はただの小型車だ。付近に着弾すればひっくり返せる程度だ。」

ところが、ガコン、ドゴン、という派手で鈍い金属音と衝撃が車内を襲う。その時、戦車主砲の砲身が落ちる。


「何?」

戦車長の問いに射撃手が悲鳴のような大声をあげる。

「砲身が破壊されました。」


「どうやって?くそ、車載機関銃を使え!突破を許すな。」

戦車はジャックの車に相対そうと前進するが止まってしまう。

「なんだ、今度はどうした?」

「無限軌道の履帯が破壊されています。」


煙幕がはれるとそこにはリッチーが佇んでいた。非常識にも刀で戦車の砲身と無限軌道キャタピラの履帯をぶった切ったのだ。

「また無益な殺生をしてしまった。」


「おい!乗れよリッチー!」

ジャックの呼びかけに応えてリッチーがクルマの屋根に乗る。俄然アクセルを踏み込むと入り口を塞ぐ金属扉に向けて猛然と加速する。


「じゃあもう一丁よろしく!」

ジャックがブレーキを一気に踏み込むと、慣性の法則に従ったリッチーの身体が前方へと射出される。リッチーは空中で一回転すると金属の扉を袈裟懸けに斬った。鍵も閂も両断され、その扉は簡単に開く。


「やれやれリッチーのやつ、美味しいところをみんな持って行きやがって。」

イーサンが自嘲気味に呟く。


「いやいや、やっと突き出しアミューズがおわったところだ。前菜オードブルはお前に任すさ。」

ジャックが銃を取り出す。

「じゃあ俺はデセール(デザート)で。」

舜が下がろうとするとジャックに襟首を掴まれる。

いえいえノンノン肉主菜アントレさん、どこ行くの?親父さんの仇、取りに来たんだろ?さあ、お前の本領発揮といこうじゃないか。」


向こうから戦闘員が駆けつける。無論、こちらに無防備な姿を晒すどころか耐熱防護服を着て、あらかじめ設置しておいた特火点トーチカからの攻撃である。


重機関銃が火を吹き、あっという間に車は穴だらけになる。

「おいおい、私物なんだけど。経費で落ちんのか、これ?」

ジャックが眉を顰める。

「稼いでるくせに。」

マルゴーが茶々を入れた。


「紅蓮。蓮磁レンジ!」

舜の紅蓮が発動する。強烈な電磁波を投射させるのだ、トーチカは激しく火花を散らしながら溶けだしていく。慌てて兵士が飛び出してきた。


「まさか防護服が効かないとは思わなかったろうぜ。」

「火炎放射機みたいなのを期待したんじゃないか。」

火の魔法と聞けば大抵そう思うだろう。しかし実態は分子運動の操作を司るものなのだ。


「そんな厚着で銃が撃てるかよ。」

イーサンは次次に倒していく。おそらく火の刻印を警戒してのことだろう。突破した後から来たデルタ・グリーンの兵士たちが現れる。血の教団の兵士たちは友軍が到着した、挟撃だ、と喜んだが、始まったのは援護ではなく攻撃だった。


「くそ、EDENは我らに敵対するか!?」

「デルタ・グリーン」の攻撃に「血の教団」の指揮官は浮き足立つ。味方のはずが、襲ってきたのだ。指揮官は撤退を命ずる。舜とジャックたちは、マルゴーとデルタ・グリーンに後背からの攻撃の排除を任せ階層を下っていく。


そこはミリ=ニグリ の水槽階層の真下なのだろう。灯りもなく真っ暗な空間である。魔獣の気配がする。ジメジメした天井から雫が滴り落ち、生臭い匂いがこもる。


「待たれよ。何かいるでござる。」

足下にはミリ=ニグリ と思われる死体が転がっていた。思われる、というのはあまりに干からびてまるでミイラになってしまったかのようだからだ。


「ディーン、灯りをつけられるか?」

ジャックの問いに頷くと

「燐火。」

熱を伴わない火。酸素を使わない灯りだ。電磁波は光と同じもので構成されている。だから光に変えることもできる。


「何もいないでござるな。気のせいでござったか。」

息をついたリッチーが突然、白刃を翻す。すると空間に真っ赤な血が飛び散り、どさり、という音ともに物体が落ちた。


その物体は徐々に姿を現していく。それは無数の触手が球体状に絡み合って出来た本体から放射状に5本の太めの触手が備わった外見をしている。


虚空から「クスクス、クスクス」と小さな子供が笑うような声が聞こえてくる。


「舜、星の精霊スターヴァンパイアよ。」

ベルが警告を発した。

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