08 「復讐するは我にあり」

 ディーンは絶望的な状況にも関わらず驚くほど落ち着いていた。絶対なんとかなる、という全く根拠のない確信さえあった。しかし、無情にも銃声が響く。身体に何発も銃弾を浴び、ディーンは昏倒した。


「死んだか?人間というものは呆気ないものだな。」

ディーンが動かないことを確認した指揮官は兵士たちに命じてアヴェンジャーのサイドカーのシェードをあげようとする。サラの身柄を確保するためだ。


「⋯⋯舜。」

激痛の中、ディーンの意識は遠のいていく。少なくともキャラバンの連中は無事に逃げられたはずだ。魔神チャウグナー=フォウンはまさしく強力であり、これまで戦ったどんな魔獣たちよりも強かった。だとしてもやつらにアヴェンジャーのロックは外せない。自分の生命反応が消えれば、アヴェンジャーは脱出モードになり、サラを無事にキャラバンまで届けるはずだ。



「⋯⋯サラ、ごめんね。」

ディーンにとってはそれだけが心残りだった。母を取り返して家族が全員揃うどころか、サラを残して皆死んでしまうことになるのだ。


でもイライザがなんとかしてくるに違いない。そして、小雪も。

「⋯⋯舜。」


ディーンを呼ぶ声がする。しかし、その名には聞き覚えがないものだった。すると脳裏に少女の姿が浮かぶ。ブロンドの、そして巨乳の美しい少女だ。彼女が耳元で囁く。

「ねえ、そろそろ本気出そうか?」

「いや、めんどくせえ。」

そう、そろそろ俺は死ぬんだから、ほっといてくれよ。

「あんた、記憶が戻ってないくせに、言ってることは昔からちっとも変わらないわね。」

「記憶⋯⋯?」

「あなたの真の名は宝井舜介=ガウェイン。国王アーサーに仕える『円卓の騎士』よ。」

「厨二かよ。」


「⋯⋯『記憶』を全て戻すまで時間がかかるわ。とりあえず戦闘系のシステムだけ再構築しとくわね。」

なんだろう。身体の痛みが消えていく。


「少佐、開きません。」

シェードを開けようと悪戦苦闘する兵士に指揮官は苛立っていた。

「そのガキが鍵を持ってんじゃないのか?ジャケットを取って調べろ。」

兵士たちが仰向けに倒れてていたディーンから生命維持スーツの上着を剥ぎ取る。

「少佐⋯⋯」

魔神はディーンの肩についた「痣」を見ていた。それはジャケットを脱がしたことによって露わになったのだ。

「あの印は本物か?それともただのデザインなのか?」

そう、それは「旧神のしるしエルダーサイン」である。


 その時だった。「死んだはず」の少年が立ち上がったのである。

ディーンは転がっていたガラティーンを拾いあげるとその切っ尖を魔神に向けた。


「ほう、あの銃弾を受けてなお、命があるか⋯⋯いや、違うな。貴様は⋯⋯何者だ。先程の小僧とは全くの別人のようだが?」

「ディーン・サザーランド 、カインの末裔だ。」


それだけ言うとアヴェンジャーに群がる兵士たちを次々と斬りふせる。


ディーンに向けて銃弾が次々と発砲される。しかし、それはことごとく逸れていった。その肩の痣が光を宿していた。

「『水月』。空気中の水分を調整して光の屈折現象を生じさせるバリア。」


魔神は唸るように尋ねる。

「その力⋯⋯いや、その印、『怒涛』。貴様、まさかその印は本物か?」


「さあな。俺も今し方記憶が戻りかけているところでね。何がどうとも言えないな。ただ言えることは俺にはもう一つの名がある、ということだ。」

宝井舜介=ガウェイン。その名が示す意味を未だに思い出せない。だが一つだけ思い出せる。


「浮舟。」

 舜は一気に重力制御ブーツにブーストをかけると真っ直ぐにチャウグナー=フォウンの懐に入る。そのままその胸をガラティーンで貫く。

「バリアが効かぬ?重力のバリアだぞ。貴様が動ける筈はない。」

舜はその剣を抜く。

「そりゃそうだ。俺の起動は重力の制約を相殺できる。それがこの『怒涛』の権能。」

そう、「浮力」を使えるのだ。

重力使いによる束縛に対抗する力である。

「バカな⋯⋯」


チャウグナー=フォウンは膝をつく。通常武器では貫くことができないはずの生きた魔石の身体。

「その力……この世のものではない。」


「だから言ったろ。本来、この宇宙でいくつもないはずの水の刻印をなぜ俺が持っているのか?この力を俺に預けたのは蕃神ノーデンスだ。⋯⋯俺は冥府魔道に身を落としたのさ。この魔剣『ガラティーン』とともにな。」


魔神は膝をついた。

「残念だが、わしは本物のチャウグナー=フォウンではない。まだ、我らの悲願は続くのだ。いや、貴様を必ずや葬るであろう。」

そう言って倒れる。舜は傷口から血と共に流れ出した魔結晶を拾いあげる。


ディーンを半包囲する兵士たちが後ずさる。もう一度がラティーンを振って付いた血を振り払う。

「俺の勝ちだ。死にたくなければ退散することだ。『波紋』。」

精神感応魔法である。兵士たちの間にディーンから放たれた戦慄が波紋の様に広がっていく。彼らは覚醒を果たしたディーンには勝てないと判断したのだろう。規律を持って撤退を始めた。


ユリアも再び連れ去られて行ったが舜は追わなかった。魔神に操られたままの母をキャラバンに連れ帰る訳には行かなかったからだ。


魔人の亡骸を見下ろすディーンにベルが囁くように言う。

「ヤツの言う通り、これは本物ではないわ。『チャウグナー=フォウンの兄弟』、魔神のコピーよ。本体はンガイの森の奥でのうのうとしているでしょうね。」

ベルが説明を加えた。


しかし、ベルの見立ては一部当たってはいなかったのだ。「のうのう」どころではなかったのだ。


チャウグナー=フォウンは自分の腹部に激痛を感じたのだ。見ると腹部に裂傷が走りそこから出血していたのだ。

「なぜだ?」

「チャウグナー=フォウンの兄弟」は魔神である自分をコピーした魔人である。捕食する以外滅多に動くことのないチャウグナー=フォウンの別働隊なのだ。その「兄弟」は7体存在する。それらは互いにリンクしており、記憶は並列化しているのだ。つまり、兄弟たちが外界で経験した記憶を共有しているのである。そして、魔神本体が受けたダメージを兄弟たちに分散させることも可能だ。ただし、ダメージに関しては不可逆的で「兄弟コピー」たちが受けたダメージは本体の魔神には及ばないようになっていたはずなのだ。


それなのに、「兄弟コピー」が受けたダメージが自身に及んだのだ。それはコピーの失敗ではない。

「あの魔剣の力か、あるいはあの小僧の力か……。いずれにしても危険だ。このまま放置してあのガキが力をつけることをみすみす見逃す訳にもいかぬ。」


チャウグナー=フォウンは「血の教団」に命じ、この大陸においてディーン・サザーランド 、いや「宝井舜介=ガウェイン」を「指名手配」させたのだ。


あれからもう2年。親の仇、チャウグナー=フォウンまであとわずかである。

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