05 「両生人類ミリ=ニグリの街で」

階段を下ると大きな空間が広がっていた。地下に広がる石造りの町。通りは鉄格子の側溝の蓋のような金属でできていて、その下は水が張られていた。建物の玄関は水中にあるようだ。


その道を人の形をした生き物が行き交っている。その背は子ども程度だが、その身体付きはがっちりとした大人のものだ。褐色の肌をしており、ゆったりとした服を着ていた。通りは水でびしょ濡れで湿気がこもっている。


「ミリ=ニグリよ。チャウグナー=フォウンの奉仕種族よ。両生人類と言えば分かりやすいかしら。だから幼児期は魚類と同じように水中で暮らすのよ。」

舜が不思議そうな顔をする。


「一応、胎生だから、赤ちゃんは母親ママから生まれるわよ。妊娠期間は人間の半分くらいかしらね。」


マルゴーが説明を加えた。無論、聞きたかったのミリ=ニグリ に関する情報ではない。水が張られている、ということはさらに下層に行くためのルートが限られている、ということに他ならないのだ。


マルゴーが続ける。

「そうね。彼らは哺乳類ではないから赤ちゃんは最初から歯が生えているのよ。当然、母乳オッパイも出ないから、成人女性の胸は出ていないわ。そのかわり、お尻が男性よりも大きいのね。」


「いや、マルゴー。俺が聞きたいのはさらに下層に下るルートなんだけど。」

「あら、あなたオッパイにこだわりを持つタイプだったから、ついこっちの話かと思ったわ。」

マルゴーが妖艷な笑みを浮かべた。

「誰がそんなことを⋯⋯。」

まあ、間違ってはいないが。


舜たちも人目を避けつつ進んで行く。アヴェンジャーに積んであった砂よけの麻布を頭からすっぽりかぶる。

街の一番奥にその入り口があった。予想通り、そこには衛兵がいた。

どうする。ここで騒ぎを起こせば、間違いなく自分の侵入は気づかれる。もう、チャウグナー=フォウンに辿り着くまで、絶え間なく戦闘が続くことになる。それはきわめてリスクが高い。


「こういう時、イーサンのあのl権能ちからがあればなあ。」

そう、一時的に幻影によって惑わす力、それがあれば難なくいけるだろう。

「大丈夫よ。私、ここでは顔パスだから。正確に言うと、みんなとっくにあなたに気づいていたのだけど。」

マルゴーが麻布を取って衛兵に近づく。彼らの言語と思われる言葉で話しかけると、快く通してくれたのである。

「なんだよ。早く言ってくれればいいのに。」


緊張状態から解放された舜が大きく息をついた。

「あらごめんなさいね。あなたのキリッとした顔が素敵だったから堪能させてもらったのよ。」

マルゴーの言葉を聞いて今度はため息をついた。

「俺で遊ばないでくれない?」


アヴェンジャーに乗ってさらに階層を下ると再び空間が広がる。しかし、出口は銃を構えた兵士たちによって半包囲されていたのだ。今度は間違いなく歓迎ではなかった。


舜とマルゴーが両手をあげると指揮官と思われる男が一歩前に出た。

「ようこそ。ディーン・サザーランド 、いや宝井舜介=ガウェイン。まさか君たちの方からやって来てくれるとは、手間が省けたよ。いや、君は自分が殺されるはずがない、と勘違いをしているようだね。残念ながら、君は死んでくれて構わない。何しろ、君が連れている「氷結の姫君」でも代役が務まるのだがね。」


この時、舜はすでに敵にサラの正体を知られていることを悟った。

テラの家系を流れる遺伝子、そしてユリアの家系を流れる遺伝子。その二つの因子はサラの中で結び合わされ、邪神の「卵」が宿っているのだ。



その邪神の名は「アフーム=ザー」。火の眷属の王クトゥグアの子である。

力に覚醒すればサラの身体にも「炎の刻印」が顕れるだろう。


舜は表情を変えず挙げた右腕を前に出す。すると銃を構えていた兵士たちがバタバタと倒れる。

「何?」

指揮官はすぐに頭の中に強烈な違和感を感じる。そう、これは強烈な重力波であった。重力の方向が様々に変化し、三半規管をやられたのだ。自分がどちらを向いているかわからなくなる。彼は昏倒した。


「卑怯な」

アヴェンジャーには重力波を武器として使えるランチャーが装備されているのだ。もっとも、本来魔獣に対して使用されるものだが。舜は罵る声に片眉を上げた。


「悪いな。俺たち兄妹、すでに冥府魔道に身を落とした身。もはや悪鬼羅刹と罵られようがとうに邪神の力を纏いし者。そう、貴様らと同じ土俵フィールドに立つためにな。」


しかし、彼らはすぐに立ち上がった。その後ろにはさらに多くに兵士たちが魔人に率いられてやって来る。魔人が手を伸ばすと重力波は打ち消されてしまう。

その魔人こそ、養父テラの命を奪った魔人、チャウグナー=フォウンであった。


その姿は簡潔にいえば象の頭をつけた人間のように見える。 ほぼ人間と同じ大きさで、人間に似た腕と肩、太い腹と足、先がラッパ状に広がった長い鼻、水掻き状で触手のついた大きな耳、水晶に似た半透明の牙を持っている。


「痴れ者め。我らは重力と大地を操る地の一族。貴様のような半端な魔法は児戯に過ぎぬわ。」

多勢に無勢。しかも態勢も極めて不利である。その瞬間、爆発音がする。彼らの背後からRPG(対戦車ロケットランチャー)が撃ち込まれたのだ。閃光と爆発音が辺りを満たす。舜はその一瞬の隙を突いてアヴェンジャーで包囲を突破した。

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