02 「サラに宿るは冷気の邪神、アフーム=ザー」。
司令官は像を前にして恭しく跪く。ユリアも兵士たちによって座らさせられた。
「ここに
名前は聞いたことがある。主に大陸に棲みついた魔獣「地の一族」を束ねる魔人、いや、魔神の名だ。
「我が主よ、お命じになられた邪神の依り代を連れて参りました。火の眷属の長、クトゥグアの子、アフーム=ザーを宿すものです。」
すると石像だと思ったものが動き出した。
「大儀であった。そのものをここへ。」
動きはゆったりとしている。その目が赤い光を湛えた。ユリアは立たせられると像の前へと連れて来られる。
アフーム=ザー。それこそがサザーランド とスターリングの両家に代々伝えられた邪神の名である。主に冷気を司る邪神であり、同じく冷気を操る魔獣である冷たきものやルリム=シャイコースが崇拝する神でもあるのだ。
「ずっと探しておったぞ。味な隠し方をしたものだ。しかし、クトゥグアに先んじて回収できるとは重畳なことよ。」
くぐもった低い声。寒気がするような声だ。その鼻が動く。血の鉄分の混じったような生臭い臭いがユリアの鼻をつく。思わずユリアは顔を背けた。
邪神はユリアの顎を摘むと自分の方へ顔を向けた。
「い、いや⋯⋯。」
その象のような鼻がユリアの首をまさぐる。背筋を悪寒が走る。
「これで『火の刻印』はわがものとなる。ついに風の眷属どもを屈服させる日がまた一歩近づいたというものだ。」
その鼻がユリアの首に吸い付くとその鼻がビクビクと震える。
「あ⋯⋯いや。」
ユリアは身を
「あ⋯⋯」
ユリアの声がか細くなっていく。その白い肌はますます白くなっていく。それは生気の無い「白」だ。
「テラ⋯⋯助け⋯⋯て。」
一瞬、その目が大きく見開かれたと思うと一気に身体が弛緩する。だらりと抵抗していた腕が垂れ下がった。その目は再び閉ざされ、涙がすっとその目尻から頬を伝っておちた。
「死んだのか?」
ロトが司令官に耳うちする。司令官は黙って首を横に振る。
ユリアの目が再び開かれる。しかし、その瞳の色はかつての氷碧色アイスブルーのものではなく、真紅の瞳に変わっていた。
ユリアは立ち上がるとチャウグナー=フォウンの傍に立った。
「どういうことだ?」
ロトの耳うちに司令官はめんどくさそうに答える。
「あの女は我が主の眷属になった、ただそれだけのことだ。」
しかし、二人はすぐに恐怖に身を凍らすことになる。
「どういうことだ?この女、すでに『空き家』ではないか。かの神性はすでに抜けてここにはないではないか。」
怒気を孕んだ低い声。地面がビリビリと震える。地を操る神性、「鳴動」の力が漏れ出ているのだ。
「つまり、この女は出産したのだ。」
「話が違うじゃ無いか。」
司令官がロトの胸ぐらを掴む。ロトは必死に弁解する。
「いや、義姉は昔から病弱で子供を望めるような身体じゃなかったんだ。まさか、娘を生んでいたなんて。俺は本当に知らなかったんだ。」
そう、かつてユリアの体内にあったアフーム=ザーの神性は出産によってサラの身体に受け継がれていたのだ。それも「鍵」の遺伝子を持つテラの子種によってすでに「完全体」としての復活の条件を整えていた。
その気配を察知し、誕生したはずの神性を喰らうはずだった。クトゥルフ復活の鍵である「火の刻印」、それが手に入るはずだったのだ。しかし、その目論見が崩れてしまったのだ。
「この失態、どう落とし前をつけるつもりだ、人間よ。」
怒りの矛先が自分に向けられたことを察し、ロトは床に這いつくばった。
「ここは、義姉を餌に兄テラをおびき寄せましょう。わ、私も協力しますから、どうかお許しください。」
ロトは腹立たしい気持ちを抑えこんだ。ロトの稼業はこの魔神チャウグナー=フォウンを崇拝するカルト「血の教団」との関係に依存していたのだ。
これも全部兄貴のせいだ。スターリング家の人間と無関係を貫いていれば、こんな事態にはならなかったはずだ。
邪神アフーム=ザーを女子の体内に代々受け継ぐスターリング家。そしてその神性を起動させる遺伝子を男子の体内に代々受け継ぐサザーランド 家。決して交わってはいけない二筋の呪われた血統。その禁忌をあっさりと破った兄テラ。兄はある日、バイクにユリアを乗せて村を飛び出してしまった。
その後の村は大騒ぎであった。その後始末をさせられたのがロトだったのだ。怒りに震えるスターリング家に詫びを入れ、家財も半分売って償いもした。
二人を連れ戻す、そうでなければ殺されるかもしれない。恐怖だった。しかし、意外にも見つけるのは難しくなかった。ロトは二人を見つけためにシンジケートに登録したソロハンターになったのだ。
ダイラス=リーンというシンジケートで兄を見つけた時はぶん殴ってやろうと思った。しかし、 兄テラは相変わらず「いいヤツ」であった。新興キャラバンだが強いと評判の「
屈強な男たちが兄を慕い、喜んでその傘下に加わっていた。ロトの心に芽生えたのは「嫉妬心」であった。
「やあ、兄さん、奇遇だね。」
ロトは何もなかったかのように声をかける。
そこには幼い舜が傍らにいた。
「女の子?⋯⋯まさか、姉さんが産んだの?」
ロトは確認せずにはいられなかった。
「いや、養子だ。ユリアには無理だろう。それに、ディーンは男の子だ。でも、どうだ髪の色が俺に似ていてな。黙っていればほんとうの親子にしか見えないさ。」
その後、ロトも「
「まあ慌てなさんな。大器晩成って言葉もある。」
イライザに慰められたこともあった。でも、結局我慢できずにキャラバンを飛び出したのだ。
「いつか兄貴を超えてやる。」
そんな歪んだ決意を抱いて。
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