第8章:「突破!ンガイの森。【チャウグナー=フォウンの兄弟】」

01 「血の教団と奪われた母」

ー5年前ー


眼下に見えるのはトレーラーハウスによって作られた宿営だ。防御しやすくするため、崖を背にして造営されている。三方は簡易的なフェンスが張られているが、魔獣避けの結界が載せられている。


夜中であるため、灯りは最小限に抑えられている。歩哨に立つのは年配の男たちである。今夜は魔獣を狩るため、若い男たち、そして屈強な女たちからなるハンターのチームは宿営を空にしているのだ。


そこを見下ろす黒い影の一団がいた。屈強な男たちである。黒いボディアーマーに身を包み、大きな銃を携えている。肩に部隊章がつけられており、その意匠デザインは六芒星の中に赤い水滴のマークがつけられている。その周りにはその組織の名が記されていた。「血の教団ブラッド・カルト」である。


ヘッドセットをつけた司令官と思われる軍服の男が傍らの男に尋ねた。その男だけが違う服装をしていたのだ。

「このキャンプで間違いないな?例の魔結晶を宿した女がいる、というのは?」

「ああ。間違いない。」


男は崖下のキャラバンの宿営を見下ろしていた。間違いない。10年前に飛び出したかつての「我が家」だ。しかし不思議に懐かしい思いは微塵もなかった。というのもそこにいたのはたった2年足らずだったからだ。


その男の名はロト・サザーランド 。


「目指すのは銀髪の女だ。ユリア・サザーランド 、このキャラバンの長エイブの妻だ。戦闘力の高い連中は留守にしている。それで、反抗するなら躊躇いなく殺せ。ただ、投降するなら抵抗できない状態にして放置。掠奪は禁止。女子どもを無闇に殺すのも禁止。我らは誇り高い『血の教団』である。作戦開始ゴー!」


男たちが銃を背負うとロープを使って崖を素早く下りる。この懸垂下降ラペリング技術の高さは彼らの練度を物語っている。


しかし、降りたところにも鳴子が仕込んであり、激しい音を立てる。侵入者に気づいた歩哨が笛を吹いた。


たちまち銃声が飛び交う。老いて一線を退いたとはいえ、キャンプを守る男たちは戦巧者であった。火力に勝る突撃部隊レイダースに対して一歩も引かない。


「戦力を出し惜しみしている場面ではありませんな。老いたとはいえ、彼らは屈強な戦士です。」

司令官は他人事のように呟くロトを苦々しい表情で一瞥すると、

「出せ」

と命じる。


そこに現れたのは夜鬼ナイトゴーントと呼ばれる魔物である。彼らは蝙蝠にた巨大な翼を広げると崖の上から滑空する。彼らは「智慧の実」を与えられた個体で、人間に対して従順なのだ。


人智を超える「魔獣」の投入で戦況は決した。突撃部隊はユリアを回収し、夜明け前には撤収が完了していたのだ。


ユリアが誰何するもすぐに麻酔を投与されたのか激しい眠気に襲われ、その場に崩折れた。


彼女が目を冷ますと両手足を拘束されてたまま小部屋に監禁されていた。粗末なベッドであったがシーツは清潔なものであった。自分が拐われた理由は一つしかない。かつて、自分の中に宿っていたはずの魔結晶が目当てであろう。しかし、村でもこの事を知っているのはごく僅かなはずである。サザーランド 家とスターリング家しか知らないはずだ。


そして、小屋の扉が開く。そこに入って来た男の顔は久しぶりに見た顔であった。

「義姉ねえさん、久しぶりだね。」

「あなた⋯⋯ロトなの?久しぶりね。どうしてこんなところに?あなたも捕まってしまったの?」


ユリアは久しぶりにあった義弟に安心した笑顔を見せる。しかし、彼の後ろから現れた司令官を見て、その笑顔は消えた。


「彼は我々の協力者です。ただ安心してください。あなたは我々のゲストです。手荒な真似はしません。もちろん、あなたの態度次第ですがね。」


故郷の村が襲われたことは聞いていた。ただ、邪神の魂魄を継承するスターリング家の惣領娘であるユリアが村から出て行ってしまったことで、難を逃れていたのだ。


すでに、邪神の魂魄たる魔結晶はサラに受け継がれてしまっている。ただ、それを知られることはサラの身を危うくすることであるのだ。だから余計なことは一切言わない、ユリアはそう心に誓っていたのだ。


ロトは舜の存在は知っていたが、サラが生まれたことまでは知らなかったようだ。


ユリアは拘束を解かれると地下への階段へと案内された。

そこは地下迷宮のような場所である。暑くもなく寒くも無い。ただ、湿度がやや高いようにも感じられた。


薄暗くて大きな空間が広がっている。部屋は灯りによって仄暗く照らされているが、それは電気によるものでも火によるものでもなく、魔法による灯りであろうと思われた。

一番奥に貴金属で飾り付けられた玉座が置かれ、その上に石の彫像が置かれていた。


それは、ほぼ人間と同じ大きさで、人間に似た腕と肩を持っていたが、太い腹と足である。特徴的なのは先がラッパ状に広がった長い鼻、水掻き状で触手のついた大きな耳、水晶に似た半透明の牙を持っている。象頭人身の神、ガネーシャに似ているとも言えるが、福の神であるガネーシャのような福々しい様子はなく、むしろ禍々しいとさえ言えた。

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