10 「土星からの猫」の秘密。

「言い伝え?」


リングによれば「土星からの猫」はもともと「地球の猫」であったのだ。ところが、ウルタールの街で先祖がバスト神に逆らったために魔法で今の姿に変えられ、土星へと追放されてしまったのだという。


その時に追放された猫たちの記憶は消され、ただ地球の猫たちへの憎しみという感情だけが残ったのだという。

「べつに、ここの猫たちに意地悪されたことがニャいのに戦争するのはおかしいってずっと思っていたニャン。だから軍では諜報畑を歩いてきたニャン。」

彼が疑問に思い、探し求めていた真実はひょんなことから明らかになったのだ。


 これがバスト神が伏せていた事柄だったのだ。舜は決断した。

「この真実をそれぞれの上層部に知らせなければならない。そうすれば猫たちはもうこれ以上、互いに不幸な戦争に巻き込まれる必要がなくなるかもしれない。」


舜はリングを解放することにした。リングの顔が暗くなる。

「⋯⋯でもこの姿では陣営には戻れないニャン。」


いや、どうだろう。舜はマルゴーの元に行く。サラに付与された「癒しの加護」の力でモフモフ戻るなら、マルゴーに付与された「勇気の加護」によって「土星の猫」に戻れるかもしれない。


「やってみるわね。」

 マルゴーがアンクを振ると、なんとリングは再び「土星の猫」に変化したのだ。ただ、今回はゴツゴツした鉱石の塊というよりは、より猫らしい滑らかなフォルムになったのだ。まるで色ガラスで作った猫の置物のような感じだ。

「なんかちょっとカッコいいニャン。」

オスカーの本音が漏れた。リングは自陣へと帰って行った。


舜たちは大本営に戻り猫将軍との面会を求めた。


 意外なことに、夢猫たちは「土星からの猫」についての事実をすでに知っていたのだ。彼らがこれまで沈黙していたのは、月棲獣ムーンビーストのためである。


 月棲獣ムーンビースト幻夢境ドリームランドにも前哨基地と呼べる都市をもっている。それは、死の都サルコマンドと呼ばれ、レン高原と呼ばれる高地にあるのだ。そこに棲む「人もどき」と呼ばれる亜人たちを狩って売り飛ばしたり、拷問を加えて楽しんだり、兵士として使役しているのである。


 ただ、レン高原は地形的に難所すぎてそこから出入りするのは容易ではない。それで彼らは月と幻夢境ドリームランドの間を結ぶ転送装置が置かれた神殿域を手中に収めたいのだ。


 今は月で戦っているので彼らは月から動かない。しかし、土星の猫たちが来なくなったら。戦場は一気に幻夢境ドリームランドまで下がることになる。そうなったら地上の猫たちにより危険が迫ることになるのだ。


「じゃあ、土星からの猫たちと同盟を組めばいいんですよ。」

舜は「リング」について知らせた。


「どうかな。やつらがその手に乗るかどうか」

舜は次の戦闘を指揮させてもらいたいと申し出る。舜の持ってきた作戦案を精査した結果、許可が下りたのだ。すでに高台の基地は奪われている。土星からの猫たちが次々に集結している、という報告が入る。間違いなく神殿の門を一気に突破する作戦をとるはずである。


 舜は作戦に必要なものを用意する。大神官アタルから魔力増幅用の水晶を借り、魔糸で固定するとそこを中心に布でパラボラアンテナのようなものを作った。さらに溶けない氷で表面を滑らかにする。

 

 そこにサラ、そしてオスカーたち地上の猫たちを配する。舜は夢猫族を率いてさらにその前面に立つ。


 猫の性質上、戦闘は夜半過ぎになるだろう。

「来ました。」

報告を受けるまでもなく、高台の基地から「土星からの猫」たちが一気呵成に駆け下りてくる。青く光る幻夢境ドリームランドの照り返しを受けて色とりどりの鉱石をまとった猫の群れは美しい光の滝のようであった。


 「作戦を開始する。総員抜刀!」

舜の号令を受け、夢猫たちの軍勢が「土星軍」を迎え撃つべく上空へと飛翔を開始する。


「かっこいいにゃ。」

少し浮かれるオスカーをジンジャ―がたしなめる。

「浮かれるニャ。戦闘はもう始まってるニャン。」


「展開!」

門に向けて殺到する「土星からの猫」たちに対して。舜の指示で陣営は左右に分かれて土星からの猫たちの背後に回り攻撃を加える。


 背後を取られたものの「土星からの猫」たちは門を突破すれば自分たちの勝利であることを確信し、前進をやめない。何しろ、門を背に待ち構えているのは幼女と地上の猫たちだけだからだ。


「ベル、増幅器インクリーザー始動。」

ベルが制御するアタルの法具の水晶が光り始める。


「サラ、癒しをヒーリング!」

「しゅん→」

 サラが腕を振るうとヒーリングが放出される。それは殺到する土星からの猫たちの突撃を包み込む。


 すると土星からの猫たちのごつごつとした体から、バラバラバラと音を立てて鉱石が落ちて行く。神殿の門に降り立つころにはすっかり普通の毛並みの猫になっていたのだ。猫たちは「憧れの」モフモフが手に入ったことに大喜びだ。そして、次から次へとサラの魔法の前に身を晒し、ついには皆普通の猫となってしまったのだ。


 土星の猫が「全滅」したのを見ると援軍として来ていた月棲獣は連れてきた兵士たちを引き上げていった。


 「やったにゃん!これが憧れのモフモフにゃ!」

土星からの猫だった猫たちは互いの毛並みを確かめるようにじゃれあっていた。満足そうにゴロゴロとのどをならすものもいた。しかし、はたと気づいた。

「ちょっと待つにゃ!まだ勝ったわけではないニャ!今の俺たちの姿では戦えないにゃ!」

 そう、その憧れの姿はまさに「無力さ」そのものであることに気づく。

「そうだ、どうすればイイにゃ!?」


 そこにオスカーが進み出る。無論、今なら間違いなく勝てる。そう、死んだクロウの仇も討てるだろう。しかし、彼の胸に去来したのは全く異なった感情であった。

 

 無力になった猫たちの間に緊張が走る。

 オスカーは一度大きく息を吸ってから言った。

「ようこそ、月の神殿へ。わたしの兄弟たち。」


それが戦争の終わった瞬間であった。

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