09 「廻りはじめる運命の輪」。
「は?」
マルゴーの綺麗な指先がたじろぐ舜の顎を捕らえた。
「『粘膜接触』するのがいちばん手取り早いわよ。」
舜はマルゴーの唇に自分の唇を重ねる。むせ返りそうなほど女の匂いがした。
「これでいい?」
舜は簡単なキスだったのに頭がくらくらくるような気分がした。初めてのキスは小雪に奪われたのだが、それ以来の高揚感であった。
「あら、それくらいじゃ、まったく足りなくてよ。」
マルゴーは舜の首を抱え込むともう一度、
「続きはベッドで⋯⋯ね。」
マルゴーに手を握られると、舜はまるで幼子のように彼女に引いていかれる。そのまま彼女の寝所につくと、舜は彼女をベッドに押し倒した。
「あら、逞しいわね。いいわ。この後は⋯⋯あなたにおまかせするわ。」
舜がその先の行為に進むのに逡巡などは全くなかった。まるで二人の肉体が結ばれることがすでに決まっていたかのような、どこか運命めいたものを感じていたのだ。
柔らかな黒いローブを取りさると見事な肉体が露わになった。まるで最初の男性のアダムが創造主によって自分の肋骨から作られたイヴを引き合わされたかのようであった。ちなみにイヴとは母になってからの彼女の名前である。
「これこそついに私の骨の骨。私の肉の肉。私あなたを『女(イッシャー)』と名付けた。『男(イーシュ)』から作られたのだから。」
アダムはそう言ったと伝えられている。そう、運命の一対の存在。
「マルゴー。愛している。」
なぜかそんな言葉が口をついて出た。
「ええ。私もよ。」
そのまま舜の腕の中に彼女を迎えいれる。
その行為は激しい快感と深い満足感をもたらすものであった。自分の心にあった大きな空洞が満たされていく、不思議な感覚である。もはや「一体感」とも呼べるものであった。貪り合い、与え合う。脳天が蕩けてなくなりそうな快感に襲われ続けた。彼女の中で幾度も果てる。
行為の後、マルゴーは舜の胸に頭を乗せ、彼の肩に刻まれた旧神のしるしを撫でていた。やがて強烈な眠気に襲われる。恐らくバスト神の「夢引き」だろう。
舜は夢の中にいた。
そこは石造りの神殿の中のようである。地下神殿なのだろうか。両脇に巨大な石柱や石像が並ぶ回廊を進むと薄暗い明りに一面の石壁にレリーフが彫られている。そこを進むと大きな広間にたどり着いた。
奥の玉座に人間の女性の体に黒い猫の頭部を持った女神バストが座していた。舜はその前に片膝をついて頭を垂れる。上からバストの声がする。
「外なる神(蕃神)の使いよ。妾がバストである。おぬしの懸念はなんぞ?」
舜は片膝をついたまま顔を上げた。
「私は宝井舜介=ガウェイン。惑星スフィアの統治者、アーサー=ペンドラゴンの騎士です。
あなたはこの幻夢境の神であらせられます。なぜ、この
バストは目をこちらに向けた。
「それは妾が決めることではない。あの猫たちは、もう妾の崇拝者ではないからじゃ。」
舜は尋ねた。
「『もう』、と仰いましたが、それは『かつて』は崇拝者であった、という意味でしょうか?」
舜としては「攻めた」質問のつもりだったが。
「そうじゃ、と言いたいところだが、もう彼らは輪廻から解かれておる。かつて妾の崇拝者だった者は死に絶えて久しい。だから今戦いを挑んでいるものは新たに生まれし世代。妾とはもう縁もゆかりも無い者たちじゃ。つまり、あの者どもは『猫』ではないのだ。」
「では、猫になるには再びあなたの崇拝者になることが必要なのでしょうか?」
「左様じゃ。」
舜が目を覚ます。マルゴーはすでにローブに身を包んでおり、舜を膝枕していたのだ。
「どうだったの?」
「やはり、一度敵と話し合って見なければならない、ってことだね。⋯⋯その、ありがとう。バスト神と交信できたのはキミのおかげだから。」
「そう。」
マルゴーが嬉しそうにはにかむ。初めて見る乙女のような表情に舜は再び自分の分身が漲ってくるのを感じた。舜は慌てて風呂を浴びることにした。
争いを望まない者は「土星からの猫」の中にもいた。
「コウサンスル。ワレニセンイハナイ。」
交戦中の一頭の土星からの猫の個体が投降を宣言したのだ。
「嘘をつくニャ!」
傷ついたその猫にオスカーがとどめを刺そうとするが、舜はそれを制した。
「なぜ止めるニャ?こいつはクロウの仇ニャ!」
興奮するオスカーに舜は諭した。
「落ち着け、俺たちだって『
「あなたを捕虜にする。」
その猫の名は人の言葉でも猫の言葉でも発音できるものではないため、ベルの発案で土星の環にちなんで「リング」と呼ぶことにしたのだ。
この個体は月棲獣と折衝するための仕事をする立場からこちらの猫語を解するのだという。リングは舜に言った。
「アナタハネコゾクデハナイ。ダカラハナシヲキイテモラエルカノウセイヲキタイシタ。」
それでも重傷には違いない。
「しかし、まず、その怪我を治さないとダメだな。」
舜はサラのところにリングを連れていく。流石にルナでは治療の方法がわからなかったからだ。
「治癒」の力の付与を担当するサラはいつにもましてかわいらしかった。白いエプロンドレスに白い尻尾と猫耳。
そしてバスト神の持つ「シストラム」を振り回しているのだ。シストラムとは赤ちゃんのおもちゃである「ガラガラ(ラトル)」のことである。
「まるで魔法少女だな。」
ただ、呪文に関してはいつも通り
「しゅん⬆︎」
であった。
「サラ、この子を治してくれるかな?」
サラは嬉しそうに頷くとシストラムをリングの周りで振りながら踊り出す。
「しゅん⬆︎」
すると鉱石のような肌がボロボロと落ち、なんと、その中から普通の猫が出てきたのである。
「奇跡ニャ⋯⋯。」
一同が絶句する。
いちばん驚いたのが当のリングであった。
「やはり、言い伝えは本当だったのニャ。」
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