08 「落とされた火蓋」。

「土星からの猫と人もどき(月棲獣の使役する種族)の混成軍が神殿域の隣接地帯まで進軍してきました。」

見張りからの報告が入る。


夢猫族を隊長に猫たちによって組織された部隊が迎え撃つ。

舜を隊長にした部隊はオスカー、ジンジャー、クロウ、ルナである。


そして、マルゴーとサラを通して「バスト神」の加護が現れる。攻撃手を務める猫たちの右目の周りに文様が浮き出る。「ラーの目」という文様だ。

治療士ヒーラーを務めるルナのような猫たちには左目の周りに同じ文様が浮き出る。それは「ウジャトの目」と呼ばれるものである。


「総員、抜刀!」

猫将軍の号令にみな一斉に剣を抜く。

「突撃!」


戦いの火蓋が切って落とされた。

ただ、猫同士なので、戦いは必ず睨み合いから始まるのだ。

「マーオ」

「マーーーオ」

と互いに威嚇しあい、

「ギャアアアア、ビニャアアアアア」

と最高潮に達すると鋭い爪で取っ組み合いになるのだ。


舜はオスカー、ジンジャー、クロウの3匹と連携して土星猫や、そして月棲獣の遣わした「人もどき」の兵士たちと戦う。「人もどき」とは幻夢境のレン高原に棲息する人間に似た生き物で角と蹄を持つ魔獣だ。バスト神の加護の力はすごく、ウルタールの普通の猫でさえも土星の猫と互角に渡り合えた。

舜たちは3回の遭遇戦で全て相手を撃退し、戦果をあげた。


「ボクもなかなかやるニャン。」

オスカーも大分自信がついてきたようだ。

「加護のおかげだニャン。」

「気をつけるニャ。それ『死亡フラグ』かもしれんのにゃ。」

ほかの2匹も冗談が出る程度にリラックスできるようになった。


ただ戦況は一進一退を繰り返していた。

 そして前線から帰って来た舜たちを待っていたのは新たな指令だった。舜たちが任されたのは神殿域のいちばんの高台に作られた基地であった。ここを奪われると本拠地が丸見えとなり戦況を左右する場所だ。そこに築かれた基地は堅牢に作られていたため、猫将軍はあまり戦力を割かない決定をくだしたのだ。しかし、重要なポイントであるため、土星の猫の攻撃は激しさを増す。


基地司令の夢猫は舜たちに上空に上がって敵の新手を叩くよう命じた。

「司令、ここは動かず防御に専念すべきです。ヤツらがここを通り過ぎて門へ向かった瞬間こそ、攻め時ではないでしょうか?どちらかと言えば我々はここで踏みとどまって応援を要請すべきです。」

舜は進言したが却下される。

「いや、ここは敵さんがランデブーポイントに集まった瞬間を叩く。こちらの守備は薄い。防御が堅い基地ではあるがこれ以上の大軍で来られたらまずい。」


それも一理あるが今回は間違っている。しかし、ここは司令の決定に従う他はない。舜たちの部隊は上空へ上がり、新手の出現を叩こうとするが、出現する敵が多過ぎた。新たに現れた大軍に包囲されてしまう。つまり、土星からの猫たちの陽動にまんまと引っかかってしまったのだ。戻ろうにも基地には敵の大軍が殺到して基地への退路を断たれた上、さらに新手がどんどん現れる。


「これは陥ちるな。⋯⋯みんな、一旦退くぞ。神殿域まで戻ろう。」

舜の決断にオスカーが異を唱える。

「ディーン。ここで引いたら基地を取られてしまうニャ!」

舜は首を横に振った。

「いや、俺たちだけで戦況を打開するのは無理だ。オスカー、戦争を個人プレーでなんとかしようとするのは愚かなことだ。」


「俺は負けるのはいやニャ!俺たちならやれるニャん!」

なお食い下がるオスカーに舜は諭すように言う。

「別にこの『戦闘』を退くことは『戦争』で負けることを意味しない。こだわりを捨てろ、オスカー。」


その時、すでに倒されて横になっていた土星猫が「目からビーム」を放つ。

「危ない、オスカー。」

その射線にクロウがオスカーをかばうようにはいる。

「クロウ!」

クロウの身体にビーム痕が穿たれ鮮血が吹き出した。


「まだ生きていたのか!」

舜はガラティーンで土星猫を斬り伏せ、とどめを刺す。

「クロウ、なんてバカな真似を。」

オスカーが倒れた友の身体をだきあげた。


クロウはうっすらと目を開けた。

「よかった。お前が無事だったんニャ。⋯⋯なら俺はバカじゃニャい。」

オスカーは涙ぐむ。

「バカニャ!悪いのは俺ニャったのに!」

クロウは血を吐いた。それでも続ける。

「バカバカうるせえニャん。バカ。ディーンは信頼できる上官ニャ⋯⋯。命令に従うニャん。」


ジンジャーが制する。

「もう喋るニャ、クロウ、今ルナを呼ぶ。」

クロウは目を瞑り言った。

「俺はもう手遅れニャン。⋯⋯ニャア。いつか、またここに転生したら、みんニャで一緒に⋯⋯。」

その言葉を残し、クロウの身体から生命力が抜ける。やがてその身体が弛緩した。


「クロウ!クロウ!」

オスカーが泣きながらすがる。舜がクロウの亡骸を抱き上げる。

「オスカー、撤退だ。」

「⋯⋯⋯了解ニャ⋯⋯。」

部隊は神殿へと降下する。基地は陥落したようだった。


「クロウ⋯⋯。」

オスカーがショックのあまり悄然としている。

「やはり、あの基地を守るには戦力が薄すぎたわね。」

ベルの論評に舜も頷く。


猫には葬式はない。もう、すでにバスト神によって次の転生が定められており、死とは新たな旅立ちに過ぎないからだ。それでも友人たちの喪失感は深い。舜はオスカーたちに見守られながらクロウの亡骸を神殿内の戦士たちの墓地に埋葬する。


 舜はこの戦いに意義を見出すことが出来なかった。

「だいたい土星の猫の目的がわからない。『モフモフ』が憎いだけでなんで戦争する必要がある?」

ベルが呟くように言った。

「舜、戦争にはじめから意義などないわ。むしろあったことなど一度もなかった。人間の戦争だって大義名分という名を借りた私欲同士のぶつかり合いでしかないわ。もし、騎士道物語みたいな綺麗事を期待しているのなら諦めなさい。⋯⋯戦争の意義は終わった後につけられるのだから。」


部隊は欠員補充を受けるとさらに転戦を強いられた。


舜が休憩を取っていると、加護の付与を終えたマルゴーが近づいてきた。

「あらディーン、一休み?」

「ああ。⋯⋯なあ、マルゴー、あんた、今はバストの依代なんだから、バストと接触できるの?」

 マルゴーに入っている「先客」がバストとあまり仲が良くないらしく、バストの方が出てきたがらないのだという。


土星からの猫サターンズの本当の狙いはなんなのだろう。正直、この戦いで利得があるのは月棲獣ムーンビーストだけだと思うんだけど。……直接、バスト神にあって掛け合ってみたいんだ。」

舜の頼みを聞くとマルゴーは妖艶な笑みを浮かべた。

「聞く方法があるわよ。」

「ほんとに?」

マルゴーは舜の耳元で囁いた。

「ええ。⋯⋯私を抱きなさい。」

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