07 「戦う理由と神降しの儀」。

戦いに備えて「神降ろしの儀」が執り行われる。それはバスト神の「神格」を人間に憑依させる儀式だ。これだけはどういう訳か猫にも夢猫族にも降ろせないため、こうして人間に頼まなければならないのだ。


「本当に『御神格』を白猫サラ様に降ろしてしまっても大丈夫ニャのですか?」

 ルナが舜に確認する。神を降ろされた人間の大半は「神格」の強大さに耐え切れず人格が崩壊してしまうというからだ。

「馬鹿ね、だから私とこの子が呼ばれたのよ。」

マルゴーが微笑んだ。皆、,顔を見合わせる。


「私にもこの子にもうすでに『神格』が埋め込まれているのよ。だから、誰の憑代になろうと乗っ取られることも暴走することもないわ。安心なさい。」

その言葉にオスカーが反論する。

「そんなことがあるはずがニャい。アタル様だって⋯⋯。」


マルゴーはオスカーの頭を撫でながら言う。

「そうね、たしかにアタル猊下は何度もご自身の身にバストを降ろしてあなた方を導いた方ですものね。だから、その身は消耗し、もう動くのも難しい。あの猊下でさえ、と思えば無理もないかしら。まあ、あの方の場合、300年も人の身体でいたのだから生きていること自体が奇跡だけれどね。」


ジンジャーが興味しんしんの顔で尋ねる。

「お二人にはいったいどんニャ神様がついているのニャ?」

マルゴーはそれにはやんわりと言い聞かせる。

「それを聞いてはダメよ。バスト神を降ろせばバスト神になるのだから。」


そうこうしているうちに夢猫族の女官たちがやってきて準備のためにとサラとマルゴーを神殿の中へと連れて行った。


「ディーンは戦うことが怖くニャいのですか?お祖母様の言う『覚悟』ってニャンですか?」

オスカーがしょぼんとした感じで舜の隣に座った。

「僕は怖くて怖くて仕方がニャいのです。あのたった1匹の『土星』のやつに遭っただけで、まったく動けニャかったんです。」

舜はオスカーの頭を撫でるとピクっと耳が動く。


「俺だって怖いよ。⋯⋯ただ、何が怖いのかをじっくり考えることだ。俺が本当に怖いのは『サラの命を守れない』こと。それが俺が感じる怖さの正体だ。きっと大人になれば、守るものの数も増えて、怖いものの数もどんどん増えていくのかもしれないね。でも今のところ、俺にとって何がいちばん怖いかを突き詰めるとそこに行き着くんだ。だから、絶対にサラを背に回した時は敵に背は向けない。それが俺の覚悟だ。


キミの場合はどうなんだろう?誰を守りたいのか戦いが始まるまでに考えてみるといいニャ。そうすればそれと向き合えるだろう。そこから『勇気』は生まれると思う。」

オスカーは舜を見上げる。

「わかったニャ。よく考えてみるニャン。」


「舜。今少し猫語が混じりましたね。」

ベルが指摘する。オスカーが去ると今度はクロウが舜の横に座った。

「ありがとニャン。ディーン。オスカーを励ましてくれて。今の猫将軍様はオスカーのお祖母様に当たる方ニャ。だからオスカーにゃそれがプレッシャーになっているのニャ。」

舜はクロウの頭を撫でた。

「良い友達なんだね。4匹は。」

クロウはのどを鳴らす。

「そうにゃ。かけがえのない親友にゃ。」


儀式の準備ができたようで舜たちも神殿の「祝祭殿」に招かれる。広場になっている真ん中に、黒い長衣ローブをまとったマルゴーと白い長衣ローブを着たサラが立っていた。二人は神殿の池に降り、そこの水に浸かって身を清めると月の花で編まれた花冠を頭に乗せられた。


 大神官のアタルの名代を務める神官がその錫杖を差し出し、二人の肩に置く。

「黒猫様には勇ましい心を。白猫様には慈愛の心を。」


その時、空気が動き二人をオーラのようなものが包み込む。

「バスト神が降りられた。神は我らと共にある。」

神官が厳かに宣言するとその儀式が終了する。


こうしてマルゴーには戦闘における加護を与える力が、サラには負傷者への治癒を与える力が付与されたのだ。その証拠に二人の頭にはネコ耳が、尻には長い尻尾が現れのだ。つけ耳、つけ尻尾ではない。


戦いが決まるとウルタールの街から次から次へと猫たちが集まってくる。月の神殿には可愛らしい猫がところ狭しと群れている。夢猫族によって5匹づつの小隊に編成され、戦闘訓練が施された。


舜は猫たちと戦闘訓練に励んでいた。オスカーも少し吹っ切れたようだった。

「まあ、悩み続けるよりはましか。」


「ディーン。捗っている?」

そこにマルゴーが訪ねて来た。彼女は尋ねた。

「ちょっといいかしら。⋯⋯あなた、ンガイの森でどうやってあのチャウグナー=フォウンと戦うつもりなの?」


チャウグナー=フォウンは高位の魔神である。

「戦ったことはあるよ。勝てない相手でもないこともわかっている。やつを一体倒した。」

「それは本物でないことを知っているの?」

「後になってからな。ヤツには『チャウグナー=フォウンの兄弟』という眷属がいることを知ったよ。ヤツの劣化コピーモンキーモデルさ。」


「チャウグナーフォウンの兄弟」は魔神のコピーである。姿形は同じだが本物ではない。ンガイの森の地下の奥深くで動かずに眠り続ける当人に代わって行動するのだ。そのコピーは何体もあり記憶は並列化されている。さらに、魔神「本体」を傷つければそのダメージは「兄弟たち」に分散される「形代」の役割があるのだ。もっとも、「兄弟たち」の受けたダメージは「本体」に影響しない。


「確かにあの時、俺は不意を突くことができた。」

「ええ、今度はそうはいかないわ。ンガイの森には彼の奉仕種族(眷属)たるミリ=ニグリ も、彼を崇拝する『血の教団』の特殊部隊もいるのよ。単身で突破できるかしら?」


正直そこまでは考えていなかった。いや、敵は自分を舐めてかかるだろう、そこに付け入る隙がある、と考えていただ。


「私たちと組まない?」

「あなたと?」

それは唐突な申し出であった。

「そう、私たち『エクセレント4』とよ。」


マルゴーはシャンタク鳥を扱える、ということはニャルラトホテプ の配下ではないか、と疑っているものが猫たちの中にもいる。ニャルラトホテプ は月棲獣ムーンビーストの主人であり、猫たちとは敵対する関係にある。また、ンガイの森をチャウグナー=フォウンに任せたのもニャルラトホテプ だ。


「マルゴーは本当に俺たちの味方なのか?」

舜はアタルに言われた「神と人の倫理観は異なる」という言葉を思い出した。

「そうね。たしかにディーン、あなたが望む世界と私たちが望む世界の行き着く先は異なっているわ。でも、あなたがチャウグナー=フォウンを倒すところまでは確実に一致しているの。それじゃダメかしら。」

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