06 「モフモフを求めて」。

「あの女には気をつけた方がいいニャ。」

オスカーが言った。幻夢境の月の大半は「月棲獣ムーンビースト」の支配下であり、彼らはニャルラトホテプ を崇拝しているのだ。そして、神殿域を中心とした神聖なエリアを夢猫族が治めていて、彼らはバスト神を崇拝している。


そして、そのエリアを土星からの猫が狙っており、そのために月棲獣ムーンビーストと平和協定を結んでいるのだ。そんな中でニャルラトホテプ の眷属であるシャンタク鳥に乗せてやる、と約束できるマルゴーを疑っているのだ。


「あの女、どっちの味方かわからないニャ。」

ルナも相槌をうつ。


「ちょっと待ってくれ。」

舜は疑問に思った。土星からの猫たちが「月棲獣ムーンビースト」と『協定』を結べるということは意思の疎通が可能だということなのだ。

「『土星』の連中と話し合ったことはないのか?」


「そういえばそうなのニャ。夢猫族の方々に聞いてみたいにゃ。」

舜は神殿騎士団の本部に招かれた。


舜とサラが4匹の猫たちと共に通された。そこには優美な軍服をまとった夢猫族たちが待っていた。そしてマルゴーもそこにいた。

「『猫将軍』様ニャ。」

猫将軍はすらっとした体型の猫である。サバトラの毛並みに白髪を蓄えていた。

体型のシルエットは人間の女性のようである。簡単な自己紹介を終えた後、猫将軍が切り出した。


「我ら夢猫族は猫の進化した姿なのだよ。猫とは本来、雌雄は姿では見分けがつかない。そして、ネコ科の獣はあまり集団では生活しないからね。」

舜はベルの助言通りに答える。

「その例外の一つがライオンですね?」

「その通りだよ。」


ネコ科の猛獣の中でライオンは唯一群れとして生活し、雄と雌の姿が違う。

「我々夢猫族は言わばライオンなのだよ。戦闘集団の『軍』を組織するという本能を獲得したのだからね。そして、雄と雌の身体付きも区別がつくのだ。」

そう、夢猫族はもともとは普通の猫なのだ。


「いつもオスカーたちが世話になっているようだね。実はオスカーと私は血縁関係にあるのだ。毛並みが似ているだろう?」

舜がオスカーに目をやると彼は目を逸らした。あまり知られたくはなかったのだろうか。初めて聞く情報だったからだ。


猫将軍は続ける。

「さて、どうやら、土星猫の侵攻が始まりそうなのだよ。一月ほど前から月棲獣ムーンビーストどもの領地に土星から続々と猫どもが飛来しているようなのだ。つまり、やつらが前哨基地を提供しているわけだ。あの変態種族め。」


猫将軍は土星からの猫との戦いの歴史について語り始めた。

もともとは友好的だったのだが、突如、敵意を剥き出しにしたのだという。その理由というのが信じられない言葉が出てきた。


「我々の毛並みが『モフモフ』していることが許せないんだそうだ。」

「は?」

思わず聞き返す。

猫将軍もため息をついた。

「我々の毛並みだよ。それを見ると混乱するのだそうだ。なぜ宇宙空間に不向きなこの毛並みが自分たちの金属の身体よりも良く見えるのか、理解できないのだそうだ。」


「嫉妬、ということですか?」

「いや、そうではないのだと思いたい。彼らは大気の無い世界、我々よりも劣悪な環境で生存しているから生命体としては自分たちが上であることを理解している。しかし、我々のこの姿を見るとなぜか負けた気がするのだそうだ。」

間違いなく嫉妬だろうな。舜はそう思った。


「戦争はもはや避けられないだろう。」

彼ら「土星からの猫」の目的はこの「神殿域」の占領であるのだ。それは勢力の拡大を目論む月棲獣たちと利害が一致するのだ。月の神殿域は幻夢境のウルタールの神殿域と繋がっており、月棲獣はここを足がかりに幻夢境へ侵攻を果たしたいのだ。


猫将軍は言った。

「つまり、これはウルタールの街も他人事ではない。ぜひ民猫の騎士団もこの戦いに参加して欲しいのだ。

戦いは厳しく、命を落とす者も出るだろう。それでも我々は我々猫族の神であるバスト神とその神殿を護持する義務があるのだ。」


舜は尋ねる。

「バスト神とは接触が取れないのですか?神の力をお借りできないのですか?」

「神」と言ってもいわゆる「全能神」は存在しない。かつて「全能神」であったアザトースは「神性の組織者」たるGODに戦いを挑んで破れ、その全能性は引き裂かれ、多くの邪神たちが生まれた。


バストもその生まれた「子」たち、つまり邪神の一柱なのである。


「無論、それは可能だ。そしてその憑代となるのがあなたが連れている白猫様であり、我々が招いた黒猫様なのだよ。この後、お二人には『神降ろし』の儀に加わっていただくことになろう。」

そう、そうすればバスト神と間接的に接触できることになるのだ。


「お祖母様!」

ここでオスカーが声を上げた。

「何かね?」

「僕たちはなんのために戦うのでしょうか?戦えば仲間が死にます。もちろん、ここで死ぬことはまた地球やスフィアで猫として生まれ変わることを知っています。⋯⋯でも、そうなってしまったら、ここで得た友人達との別れを意味しています。」


「そうだね。」

猫将軍の目は優しかった。

「オスカー、キミの言っていることは良くわかるよ。でも考えてごらん。このバスト神殿が奪われてしまえば、その輪廻転生のシステム自体が崩壊してしまうのだ。そうなったら、キミの友人はどうなる?二度とウルタールには帰って来れなくなってしまう。」


「ではなぜ僕たちが戦わなければならないのですか?」

オスカーは食い下がる。


「それは『土星』の連中に聞いてみてくれたまえ。なぜ今なのかをね。綺麗事にしか聞こえないかもしれないが、キミが背を向けることは、キミの友人たちを危機に晒すことになる。それを良く考えることだ。」

猫将軍は舜を見て言った。

「オスカー、そこの銀の騎士をご覧なさい。彼は白猫様を守るためなら、どんな敵であろうとも一歩も引かないだろう。それは彼が強いからではない。その覚悟が彼を強くしているのだよ。」

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