05 「逆角の魔女」

地球と惑星スフィアの動物で最強を誇るのは大型のネコ科の猛獣である。パワーとスピードに加えジャンプ力や平衡感覚にも優れており、身体も柔らかい。


「土星からの猫」も強い魔獣であった。無論、鉱物で覆われた身体からは柔軟性は微塵も感じさせないがその身のこなしは確かにネコであった。


土星には人間のような知的生命体がいないため、この猫に関する情報はベルにとってさえ限られたものだったのだ。なにしろ魔術書を書いてくれる魔導士がいないからだ。


「彼らは宇宙空間から飛来するのよ。熱や冷気は効かないと見るべきね。」

宇宙空間を自力で航行できる魔獣や魔神の多くは「風の一族」である。「風」と言っても主に空間に存在する分子運動に関与する魔法を使えるという意味である。

よって、彼らの放つ「風」」属性の攻撃は「火」で無効化できても、彼ら自身の身体は「火」に強いのである。


魔糸を張っても、その柔らかな動きで克服されてしまう。初見での戦闘はまさに互角であった。

しかし、その時だった。


「闇の翼【Wing in the night】!」

突然、呪文と共に土星からの猫の前脚の脇から刃物を持った腕が現れるとその腹部に突き刺したのだ。ネコ科の動物の弱点はその腹部にある。鉱物で覆われたその身体だがその部分の装甲が薄いのだ。

相当なダメージだったようで「ギニャアアアア」という猫らしく野太い叫び声をあげた。


その腕がにゅっと伸びるとそこから人影が飛びだした。

「人間!?」

それは黒い猫耳をつけた妖艶な美女であった。

「敵か?」

舜が身構える。


「黒猫様!」

そう声を上げたのは夢猫族の猫たちであった。夢猫たちの声に生気が戻る。

黒猫様と呼ばれたのは人間の女性で、はっとするほど美しい顔立ちに栗毛色ブルネットの美しい髪の持ち主だった。体にピッタリとフィットしたボンテージスーツの豊かな臀部には長い尻尾がつけられていた。そしてくびれた腰に豊満な胸。頭には黒い猫耳のカチューシャがつけられていた。


「凄え⋯⋯。」

「⋯⋯凄い。」

男性(雄)と女性(雌)の猫たちからため息と感嘆の声が漏れる。ただ「凄い」のが 「プロポーション」なのか「戦闘能力」なのかはひとそれぞれだったろう。


新たな敵が最も強い事を見てとった土星からの猫は向きを変えると「黒猫様」に襲いかかる。

「闇の翼【Wing in the night】!」

再び女性の姿がきえると今度は土星からの猫の後ろ足の間から腕が出て再びその腹部に刃を突きたてた。

土星からの猫が再び絶叫をあげる。今度は腕が引っ込むと舜の隣に再び「黒猫様」が現れる。


「テレポーテーションか?」

舜がつぶやくとベルが注釈を加えた。

「舜、少し違います。『タフ=クレイトゥールの逆角』を知っていますか?時空を司る邪神ヨグ=ソトースの権能の系列です。一定の角度以内のところに自由に跳躍できる高位能力です。気をつけてください。魔女、いや魔神の可能性すらあります。」


土星からの猫は「黒猫様」の力が自分を上回ると見ると宇宙空間へと逃げ去っていった。


「黒猫様、ありがとうございます。」

夢猫たちが彼女の前にひざまづいた。黒猫様は妖艶な笑みを浮かべた。

「よかったわ。皆、無事のようね。」


夢猫は舜たちに「黒猫様」を紹介した。

「このお方は、我が月の神殿に安置された魔道書『フサン謎の七書』で予言された救出者なのです。」


「黒猫様」は人懐っこい笑顔を浮かべた。それは舜が持っていた最初のイメージとは少し違うものであった。

「マルゴーよ。マルゴー・キザイア・メイスン。あなたがディーンね。噂はかねがね。ジャックやイーサンたちから聞いているわ。」

再び出てくる馴染みの名。

「貴女も『エクセレント4』のメンバー なのですね?」

そう、最後の一人。


「ええ。世間ではそう呼ばれているようね。」

マルゴーは大神官アタルからの依頼で夢猫たちの援護に来たのだという。夢猫たちが恭しく提言する。

「黒猫様。白猫様とディーン様を神殿にご案内したいのですが。」


神殿へと向かいながらマルゴーは二人がなぜウルタールに来たのか尋ねてきた。それで舜は自分が「ンガイの森」に行きたいことと、それには「シャンタク鳥」に乗せてもらわねばならないことを告げた。


マルゴーは妖艶に微笑んだ。

「それなら、私が送ってあげてもいいわよ。シャンタク鳥の『頭』とは知り合いなのよ。まあ、仕事のよしみでね。」

舜は小躍りしそうになる気持ちを懸命に抑えた。

「本当ですか!?」

「だって、ここまで来るのに乗せてもらって来たんだもの。そうね。紹介してあげてもいいのだけれど。」

「ありがとうございます!」


「でも、条件があるのだけど、よろしくて?」

その条件とは「土星の猫」の撃退であった。

「近々、土星から彼らが群れをなして襲って来る予定なの。」

「群れ、ですか?」

一頭でさえあの強さである。群れで来られたらどうなるのか。しかも、彼らとの戦いに勝ち、月の侵略を諦めさせなければならないという。これまで何度も襲撃があり、夢猫族とウルタールの猫たちに共同作戦によってなんとか退けてきたのだ。

「月に何があるんですか?彼らがなんとかして手に入れたいものがあるのでしょうか?」


「それがよくわかっていないの。神殿が狙い、ということしか分かっていないそうよ。」

 マルゴーは眉をひそめた。ただ、夢猫族たちも詳しくは分かってはいなかったようだ。何しろコミュニケーションが取れるわけでもなく、ああして突然襲いかかってくるらしいのだ。


舜の旅する大陸には「地の一族」しかおらず、そこまで強い魔獣はいなかった。戦い方に工夫が求められるのだ。


やがて、一行は月のバスト神殿へ着いた。月の神殿はウルタールの神殿と全く同じ構造になっており、バスト神の神像が聳え建っていた。バスト神も普段は異空間に住んでいるが、この神殿にのみ顕現するという。


「バスト神様にお会いになりませんか?」

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