04 「襲い来る影」。

「詠唱。月移動魔法。『Fly me to the moon』」

ベルはサラに憑依すると詠唱を開始する。いつもは聴くことができないサラの澄んだ歌声がベルによって空に響く。曲は往年のスタンダードジャズである。


「月へ飛ぼうよ、星とダンスしたいの。

そこに咲く春の花も見たいわ。


ねえだから、手を繋いで。

魔法はキスではじまる。


さあ歌おう、甘いラブ・ソングを。

あなたがいれば私幸せ。


「今夜も月が綺麗ね」

言わせないでよ。I love you。」


猫たちが詠唱に合わせて一斉に飛び立つ。色とりどりの猫たちが体をピンと伸ばして空中へと飛翔を開始したのだ。それは魔法でどんどん加速される。どうやら魔法によって地球と月の大気圏が繋げられたようなのだ。空に浮かぶ月を見上げていたはずが、あっという間に月の表面に向かって降り立とうとしている。


「月に空気なんかあるのか?」

舜の問いにオスカーが得意げな顔で答える。

「魔法で定着させてあるニャン。ようこそ、ここが月世界ニャン。」

さきほど飛びたったはずの地球がぽっかりと浮かんで見える。ただ、「月棲獣ムーンビースト」の領域もあるから気をつけるよう注意を受ける。捕まったら拷問されるのだという。もっとも舜はすでに体験済みではあるのだが。


やがて、朝が来る。地球の影から太陽が顔を出したのだ。月にあるバスト神殿の境内はウルタールからやって来た猫でいっぱいであった。まさに「猫の集会」、それも大集会であった。月の気候は春の陽気のような暖かさであり、柔らかな陽射しがあった。月の地面には芝生が植えられている。猫たちは思い思いの姿勢で寝そべったり寝転んだりして過ごす。まさに「平和」そのものの光景である。


舜も芝生に横たわる。サラもすぐ側で横になった。しばらく、徒歩の旅行だったため疲れが溜まっていたのだろう。すぐに眠りに落ちてしまった。

「しゅん。」

夢の中でサラが話しかける。サラは猫の話を延々としていた。舜は相槌を打ちながら聞いている。

やがて、猫たちのざわめきに起こされてしまった。


「起こしてしまったかニャン?」

クロウが無愛想な顔でカップを差し出す。

「マタタビ酒ニャン。」

マタタビの実をつけた酒である。猫の大好物である。昼間から酒を飲むのも気が引ける。しかし、周りを見回せば器に入った酒をみんなで舐めていた。


「しかし、この猫の集会には何か目的があるの?」

それにはジンジャーが答えた。

「基本的にはリフレッシュにゃ。ストレス発散とか、毛づくろいとか、お見合いとか、同窓会とか色々かねた旅行みたいなものニャ。」


そこにまた別の猫の一団がやってきた。その姿は動物の猫とは明らかに違う。背丈は普通の人間より小さいが「猫背」などではなく威厳を持った二足歩行である。彼らは18世紀末のヨーロッパの軍服のような身体にぴったりとフィットした服を着て腰にはサーベルを下げていた。


夢猫族だ。

夢猫族は9回ある猫の輪廻の生を生き切った猫が肉体から解放された状態の猫だ。オスカーやルナたちにとっては「先輩」にあたるのだ。猫たちは起き上がると彼らのために道を開ける。


「皆、楽にして欲しい。ここは無礼講だ。」

ただ先輩に無礼講と言われて本当に無礼講に振る舞う者はそういない。


夢猫たちは舜とサラの前まで来ると膝をついた。

「ようこそおいで下された旅の人よ。バスト神からの神託がありました。我らに危機がすぐそこまで迫っております。ぜひご助力を賜わりたい。」

「危機⋯⋯ですか?」


その時、空気が震えた気がした。猫たちも気づいたのか、背中を丸め尻尾をピンと立て、唸る。

一体何が、と思った瞬間、それは訪れた。光り輝く物体が宇宙空間から墜落する隕石のように轟音とともに広場に激突する。土煙が激しく舞い立った。

「なんだ?」

その爆心地の土煙が徐々にやんでくると、そこに墜落した「隕石」が姿を現わす。

それは大きく、色とりどりに輝く鉱物の塊のように見えた。そしてゆっくりと起き上がる。それは大型のネコ科の猛獣のような形をしていた。頭だと思われる部分には猫のような耳が付いており、やがて二つの大きな目が開いた。


「失礼、『すぐそこまで』のはずが『今ここに』来たようですね。⋯⋯総員抜刀!」

夢猫たちは一斉に抜刀する。

「怯むな、敵は一体ぞ。」


「これは何なのニャ?」

舜は思わず猫語で尋ねる。

ルナは舜にすがりつく。オスカーが答えた。

「『土星からの猫』ニャ。我ら全ての猫に仇なすもの⋯⋯ニャ。」


「土星からの猫【Cats from Saturn】」


幻夢境の土星には自らが猫だと思っている宇宙生物が住んでいるのだ。

時々、首に土星のような輪をつけている猫を見かけることがあが、あれではない。ちなみにあの輪は「エリザベス・カーラー」という医療器具で猫が自分で患部を舐めないようにするためのものだ。


その姿は漆黒の体に宝石のタイルが張り巡らせたかのようにギラギラと光っている。それは色とりどりの宝石細工で彩られたかのようだ。美しいというよりは煌びやかである。恐らくは「構造色」によるものなのだろう。


その眼がこちらを見る。

「来るぞ。かかれ!」

夢猫たちは正面から牽制しつつ包囲するとその死角から襲いかかる。

ガキん、という鈍い音と鋭い金属音が交錯する。猫の振るった刃をその鋭い爪で受け止めたのだ。そして身体を一転させると攻撃を返してきた。


しかし、その大きな体に見合ったパワーがあり、その一撃を刀で受け止めきれなかった夢猫たちはふき飛ばされる。

「すごいパワーとスピードだ。」

ズーグが相手なら無双なウルタールの猫たちもこの巨大な「土星からの猫」に攻撃をためらっていた。


「隊長、バスト神の加護無しでは、我ら夢猫族といえども太刀打ちできませんぞ。」

「では、この無力な民猫を見捨てろとでも言うのか?」

舜は「助力」すべきは今だと判断する。

「ベル、サラ、行くぞ!」

「了解。」

「しゅん。」


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