03 「月の神殿へ」
舜はアタルのもとを辞した。
そこには先程の4匹の猫たちが待ち構えていた。
「お二人に町を案内するニャ。」
ウルタールの町はおそらく地球の歴史で言うところの産業革命以前のヨーロッパの町を彷彿とさせる佇まいである。ただ、文化的に遅れているというわけではなく、科学ではなく「魔法」が発達してしまった、というべきであった。だから全体的に「のんびり」とした雰囲気なのである。
資本主義が進展していけば当然「大量生産、大量消費」に重点が置かれるようになる。しかし、ここはそういう世界ではない。住人には生活系統の魔法と、一つのスペシャリティの魔法の力をもっているというのだ。
生活系統の魔法とは簡単に言えば「生活家電」に相当する。水を手に入れる魔法、火を起こしそれを制御する魔法。食材さえ手に入れればそれで食事ができる。無論、制御の熟練度で味の差が出るだろう。他にも掃除や洗濯にまつわる魔法もある。
また、スペシャリティの魔法によって「職人」として魔法の道具や工芸品を生み出すことができるのだ。
たとえば「魔鏡」というものがあり、魔法で動画や静止画をやり取りできる。「魔貝」という音声を転送できる道具と合わせると「スマホ」になる。ナイジェルの言う通り、科学の代わりに魔法が発達しているのである。それはこの街だけではなくこの幻夢境全体に言えることだ。
一通り名所を案内されると街の中心部にある広場に連れてこられた。広場には毎日のように市が立てられているのだ。人も多いが猫も多い。足元をよく見ていないと踏んづけてしまいそうだ。ただ、町の住民は慣れたもので皆器用に猫を避けていく。
この市場では猫も自由に買い物ができる。ここの住民は猫語を解することができるのだ。ただ猫は財布を持ち歩くことができない。それで猫の買い求めたもののお代は神殿が支払うシステムのようだ。
「これはぼくたちからのおごりニャ。」
オスカーはサバトラの毛並みの猫である。二人はオスカーがお勧めの「イカ焼き」をご馳走になった。
「イカは猫の大好物ニャン。ディーン様はノーデンス様の代行者だから粗相があってはならんとアタル様に言われたニャン。」
「イカ焼き」」でおもてなしと言われても、と言いたいところだが、オスカーはどうやらおこぼれにあずかりたいらしく期待を込めた眼差しをこちらに向けている。チラチラ見るならともかく4匹ともに「ガン見」してくるものだから舜はもう一杯求めると猫たちに分け与えた。
「オスカー、そんな物欲しそうな顔をしてはだめニャ。」
「
この珍しい名前は5回前に生まれ変わった時につけてもらったもので、その時の飼い主がとても素晴らしい人だったことから、このウルタールでの名にしたという。
「猫ってそんなに何度も生まれ変わるのか?」
舜の問いに「
「猫は基本的に9回生まれ変わると言われてるニャ。ここは地球やスフィアで生きた猫の魂が一時的に帰ってくる街にゃ。その輪廻を管理しておられるのがバスト神様なのニャ。」
彼は白くて毛足の長いペルシャ猫である。ふてぶてしい表情から「
ルナはサラが「輪廻」の意味を理解しかねているのを見て説明を加えてくれた。猫の生涯はは舞台と舞台裏を一方向に走り続けるようなもので地球やスフィアで動物の猫として生きるのが「舞台」を走っていることで、このウルタールは「舞台裏」なのだと説明してくれた。
ラスヴェガスで舞台に関わった経験もあり、サラは理解できたようだ。
「ところで9回生まれ変わるとどうなるの?」
舜の問いにルナが答えた。彼女はオレンジに近い茶色の茶トラの毛並みがチャーミングな雌の猫である。
「徳が高ければ『夢猫族』に生まれ変わるニャ。悪ければバスト神様のところにもう一度帰るのニャ。そして、一からやり直しニャ。」
神殿に戻ると二人には食事と風呂と着替えが用意されていた。
舜には銀の胸飾りがついた白い神官の服が、サラには白いエプロンドレスとネコミミのカチューシャであった。
「しゅん⤴︎」
サラも気に入ったようで早く着せてくれるよう舜を急かした。
それから、サラは「白猫様」と猫たちから崇められ、ジュースもお菓子も食べ放題、という「お姫様」待遇であった。ただ、食べ放題に関しては舜から制限が入った。
神殿に来て数日、舜が手持ち無沙汰にしているとオスカーたちがやってきて戦闘訓練に誘ってきた。ただ、人間と猫とでは戦闘スタイルが異なるのだ。
「夢猫族になると猫も人間みたいに『二足歩行』になって、爪ではなくて武器を使うようになるニャ。やっぱりカッコいいニャ。」
夢猫族は『月の神殿』に本部がある騎士団にいてバスト神の活動を補佐しているのだというのだ。そして、背丈も人間と同じほどの大きさになり、人間の様に服を着ているのだという。
「その頂点が『猫将軍』様ニャ。将軍様なら、お二人の希望を叶えるいいアイデアをきっと教えてくれるはずニャ。」
とりあえず月に行き、「猫将軍」とコンタクトをとる、か。幻夢境のぶっ飛んだファンタジー設定にだんだんと馴染んでいく舜であった。
「ところで、みんなは何回転生したの?」
「4匹とも次が7回目ニャ。」
「だから7回生ニャ」
大学生ならまさに「生まれ変わった」様に勉学に励まないともう後がないなという感じだが猫は9回生まれ変わるのだ。
舜が出歩く時はオスカーやルナが付いてきた。
「ルナ、月にはどうやったらいけるんだい?」
ルナが説明するには、満月の晩に「猫の集会」があるのでその時に行けるというのだ。
「月に行くには呪文がいるニャ。そして満月の夜にだけ行くことができるニャ。」
「呪文か⋯⋯。じゃあベルはその呪文を知っているの?」
「ええ、『ナコト写本』に載っているわ。サラ、詠唱にはあなたが手伝ってくれるわね?」
「しゅん」
サラが頷く。
月にはもう一つのバスト神殿があり魔術書である『フサンの謎の七書』が安置されているという。
「一緒に行きたいかニャ?」
舜は神殿の外に見える月に目をやる。幻夢境から見える月は「地球」から見れば「裏側」にあたるため、赤銅色に見える。いわゆる「
やがて満月の晩になる。夜中になり、満月が頭上をさしかかる頃、神殿の境内には猫がまさに溢れていた。
きっと数万単位の猫だろう。ニャーニャーというやや甲高い猫の鳴き声が響いていた。
「まるで名古屋駅ね。」
ベルが意味不詳の感想に舜は首を傾げる。
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