02 「ウルタールの猫」。

舜は驚いて聞き返す。

「あいつら草食じゃないのかよ?」

「さあ、いつもはそうなんじゃない?何しろ『の肉のご馳走』って言っていたから。『黒毛の人はかみごたえがあってうまそう』「白毛のこどもはきっとほっぺたの肉が落ちるほど柔そう』って言ってたわ。」

「比喩ではないんだろう?」

黒毛とか和牛じゃあるまいし。

「そうね、比喩ではない様よ。」


どうするべきか。一宿一飯の恩義はあっても身体を食わせるわけにはいかない。やがて。暗闇の中に小さな光が灯される。月が真上に差し掛かり木漏れ日のように月光がさすと、その赤く光る目は増えてゆき、気がつけば無数の赤く光る目が周囲をすっかり囲んでいたのだ。


「ヤムヤム」「ヤムヤム」という鳴き声が響く。

「美味しそうなご馳走だ!」という意味らしい。

紅蓮を使うか。いや、森に火をつけるわけにはいかない。ユキオンナから獲得した冷気の権能を消化剤の様に使えなくはないが、「紅蓮」の威力に比べてたら微々たるものだ。モンスターマシンにつけられた自転車用のブレーキのようなものなのだ。


ベルは尋ねた。

「紅蓮の最少コントロール、出来そう?」

舜は決断する。

「いや、魔糸を使おう。ベル、結界を張ってくれ。」

でも相手が小さいからどんだけ緻密に張れるかしらね、そう断ってからベルはサラを使って球形の魔糸の結界を張りはじめる。舜はガラティーンを抜いた。

結界が形を現してくると「ご馳走」を逃してたまるかとズーグが突撃してきたのだ。舜はその頭を剣の柄で押し返しながら結界の完成を待つ。しかし、次から次へと突っ込んでくる上、その硬そうな歯で貼られた糸を齧り始めたのだ。


さてどうしたものか、考えあぐねていると突然、ズーグたちの攻撃が止む。闇夜に響くのは猫たちの声だ。マーオ、マーオと威嚇する声が響く。するとズーグたちがたじろいでいることが見て取れる。猫たちの声は3、4匹くらいか。やがて舜たちを諦めたのか、ズーグの気配が遠ざかっていく。安全な巣穴へと逃げ帰ったのであろう。


「旅のお方、もう大丈夫ニャ。」

結界の外から呼びかける声がする。舜が結界を解くとそこには普通の猫たちがこちらをうかがっていた。呼びかけたのは猫たちの飼い主の人間ではなく、猫たちが「人語」を喋っていたのだ。いや、そうではなく、ベルが猫の言葉を解するためのアプリを構築したのだ。


「ありがとう、助かったよ。」

舜が猫語で答えると驚いたようで、飛び下がって着地するとこちらの様子をうかがっていた。


「猫語が解るのニャン?」

舜もサラも頷く。

そこには4匹の猫がいたのだ。

「我々は『バスト神殿騎士団』の騎士ニャ。」


猫の騎士は4匹。サバトラ模様の雄猫「オリバー」、黒と白の毛並みの雄猫、「あごひげ船長キャプテン・ジンジャーベアード」、白い雄のペルシャ猫「爪とぎ男爵バロン・クロウシャープナー」。そして茶トラの雌猫「ルナ」であった。


彼らによるとバスト神殿が所蔵する魔導書「ナコト写本」の予言的記述に「焔の神」と「氷の女神」が来ると伝えられている。それで神の使いの二人を迎えに来た、というのだ。

「『ナコト写本』を読めるのですか?」

ベルの問いに

「僕らが読めるわけないニャ。大神官のアタル様がそう言ったのニャ。」

オスカーは答えた。そして

「ズーグはああ見えて獰猛ニャ。旅人を騙して幻覚を見せるキノコを食べさせられて大抵はやられてしまうニャ。間に合ってよかったニャ。」


二人は魔法の森を抜け、レリオンでもう一泊する。そして、夜が明けて街を出るとさらに多くの猫たちが待っていた。ウルタールへ近づくにつれてその数は増えていく。

「みんなお二人を歓迎してるニャ。」


ウルタールの街につくと、二人は町の中心にある神殿へと連れて来られた。

「ここが我らが女神、バスト様の神殿ですニャ。」

「バスト」とは「おっぱい」のことではない。古代エジプトで崇拝された猫の頭を持つ女神である。(ちなみに「バステト」という表記の方が現代では主流である。)


「大神官のアタル様にご挨拶するニャ。」

オスカーたちに先導され二人はさらに神殿の奥へと進んでいく。

いちばん奥の部屋で大神官アタルは玉座に座っていた。きらびやかな法衣をまとい、宝石がちりばめられた法冠をかぶっていたが、その温厚そうな顔のためか少しも下品に見えなかった。


「アタル様はもうすぐ神さまになるお方ニャ。」

オスカーが紹介すると、舜とサラは彼の前にひざまづいた。アタルはそのしわが刻まれた顔をさらのしわくちゃにした。その声はきわめて温かみと尊厳があった。

「子どもたち、そんなにかしこまることはありませんよ。私もまだ、ただの人間です。そう、もうすぐ寿命が尽きたらエリーシアに招かれている、ただそれだけのことです。⋯⋯よく来てくだされました。」

 エリーシアには「神仙境」という字を当てるべきだろうか。並行宇宙を花弁とすればその中央に位置する場所である。つまり、GODによって死後仙人になることが定められているのだ。


「ディーン・サザーランド 、カインの末裔です。これは妹のサラと申します。」

舜が自分とサラを紹介するとアタルは声を立てて笑う。

「ほほう、その『かりそめの名』を名乗られますかな?」

好々爺とした眼差しとは裏腹な鋭い眼光に舜はたじろぐ。

「宝井舜介=ガウェイン、それが真の名です。ただ、このディーン・サザーランド という名も養父が私にくれた大切な名なのです。そして、この子のたった一人の家族の名前でもあるのです。」


「それは良い心がけですね。」

アタルはゆったりとした口調で町の掟を説明する。この町では「猫を殺してはならない」というのだ。正確には猫を殺した人間を死をもって制裁を与える権利を猫が種族として有している、ということだ。


 舜は父の仇のこと、その者が根城にする「ンガイの森」へ行くには「シャンタク鳥」に乗らねばならないことを告げ、助言を請う。

「大真祖チャウグナー・フォウンですか。彼はニャルラトホテプ に地の一族を託されていますね。それでは月の都市にお行きなさい。そこには彼の眷属が居を構えているはずですから。問題はありません。間違いなくニャルラトホテプ はあなたが彼の地に赴くことを良しとしていることでしょう。」


 それは意外であった。お前の部下を倒す、と宣言している者をわざわざ自分の領域に招く者がいるだろうか?

「ニャルラトホテプは敵の首領ではないのですか?」

アタルはこう答えた。

「神々の倫理観と我ら人間の倫理観を等しく考えるべきではありません。彼らは時空と生命に関しては大らか、いや無頓着なのですよ。」


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