10 「真の姿と夢の涯」。
舜に顕た翼を見てディオニュソスは明らかに動揺した。
「なるほど、貴様ただの人間ではないな?蕃神の使者か?確かにクトゥルフ様は我が主ではあるが、余はその復活には関わってはおらぬ。⋯⋯まあよい。いずれにせよ、ここは余の作りし世界。ゆえに、文字通り余が神である。」
ディオニュソスは腐敗液を放出したが、翼に防がれる。翼がぼろぼろに腐り落ちる様を思い描いていたようだが、一向にその気配さえないことに焦燥の色を露わにする。
「バカな!あり得ぬ!ここは私の世界だ!」
舜は宣告する。
「夢の世界は『自己』の世界だ。よって己の思考の範囲を超えることはできない。俺の身体に宿せし権能。その名はウリエル、封印の天使だ。光と闇と時を司る至高者の名によって貴様を封印する。だがその前にディオニュソスとやら、お前はまずその正体を晒すがいい。」
舜が命ずるとディオニュソスは頭を抱えて苦しみはじめるとうずくまってしまう。やがてその身体は形を失い、ヌメヌメとした光沢を放ちはじめる。そして、その身体は木の枝を編んで作った粗末なボロを纏った大きなナメクジのような姿になっていた。舜は冷ややかに告げる。
「お前の真の名はグルーン。そのなりはナメクジの化け物だ。」
醜く変わり果てたその姿は鏡のようにピカピカに磨き上げられた石の壁に映る。ディオニュソス、いやグルーンは絶叫した。
「違う。これは本当の余の姿ではない。⋯⋯いや、ここは私の作った世界だ。こんなはずはない。だいたい、なぜ見た目だけで嫌われねばならぬのだ。先回もそうだ。崇拝者どもにこの姿を見せただけでやつらは去ってしまう。しかも余の姿を醜いと嘲り、それ故に余を封印したではないか?」
無論、先回グルーンを封印したのは地球人種ではなく、この惑星の先住民であろう。
「さあな。俺にその答えはない。さあ、ソフィーの、いや、お前が食い散らかした全ての人々の魂を解放してもらおうか。お前の封印を解くための人柱にされてたまるか。」
「なぜだ?余は皆をこの美しい神殿で存分にもてなしてやったのに!私には彼らの魂を譲り受ける正当な権利があるはずだ!」
グルーンは必死で弁解するが詭弁でしかない。
「人間の方も思っているよ。なぜ魂まで食われねばならんのだ、とね。お前ら『神』を名乗る連中は大抵そうだ。弱い者がいつでも自分の思い通りになると思ってやがる。『我を畏れよ、愛せよ、敬え』とな。そんなに都合よくいくか!俺たちは動物じゃないんだ。」
グルーンは開き直った。
「ではこれならどうかな?」
グルーンの周りにソフィーが何人も現われる。
「本物かもしれぬし、そうでないかもしれぬぞ。良いのか?貴様の想い人を手にかけるかもしれんのだぞ。俺は聞いている。GODの使徒は剣を使って封印するとな。」
ソフィーを人質にすることは予想の範疇のことであった。むしろ、一度は食ったソフィーの魂をグルーンに吐き出させるための作戦であったのだ。
「さあどうする?」
グルーンの脅しに舜は笑った。
「その中に本物はいないよ。だってソフィーの右の首筋にホクロは無いからな。」
そう、ベルに「明晰夢」対策として命じたこと。それは魔糸を自分の周囲の人間につけることだった。グルーンはそれをホクロと誤認していたのだ。
「そんな⋯⋯」
グルーンは観念する⋯⋯振りをして天空に扉を開いた。そう、さらなる「夢の扉」に逃げこもうとしたのだ。虚をつかれた舜は対応が遅れたが、リッチーが鋭く反応すると逃げ出すグルーンを背後から斬りつける。しかし、グルーンのまとった木の枝が動き出すとその刀身に絡みつく。刀を奪われたリッチーはもう一振りの刀を出すがそれも斬りつけたところでやはり木の枝に絡み取られる。
「無駄だよ人間。貴様の力ではこの身体を切ることはできぬ。この
リッチーが舜に叫ぶ。
「ディーン、その剣を拙者に貸せ。」
「わかった。確実に仕留めてくれ。」
舜はガラティーンを鞘ごと投げる。
「貴殿、誰に向かっていっておる?」
リッチーは微かな笑みを浮かべるとガラティーンをぬく。
「生憎とディーンによってこの剣はお主を斬るための剣に最適化されておるのだよ。⋯⋯秘剣、流星斬!」
グルーンが門に身体半分突っ込んだところにリッチーはガラティーンを一閃させる。目にも止まらぬ疾さで鞘に戻すとゆっくりと鯉口を閉じる。チンという音と共にナメクジの胴体が真っ二つになった。
「⋯⋯また、無益な殺生をしてしまった。」
一方、舜の背後にはタルタロスへと通じる「封印の門」が重々しく開き、漆黒しか見えぬ世界が口を開けた。
「グルーン、貴様のお帰りはこちらだ。封印!」
グルーンの身体は暗黒世界へと吸い込まれていった。主人を失った神殿はみるみるうちに腐敗をはじめ、あっという間に廃墟へと変貌した。
「それでは帰ると致すか。」
「ああ。」
そこで舜とリッチーは目を覚ました。すでに窓からは朝陽が射しこんでいた。つまりまる一晩の間、戦っていたことになる。
舜は身体の重さを感じるとサラが覆い被さったまま寝息をたていた。舜はその顔にかかった柔らかな銀色の髪を寄せた。
「お帰り。ディーン。」
小雪がそう言って舜の頭を撫でた。
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