09 「明晰夢上の戦い」

「ベル、小雪の居場所はわかるか?」

「ええ。」

「これから作戦を説明する。小雪にも伝えてくれ。」


まずは、ベルが病院の全システムをハッキングし、支配下におく。そして舜とサラ、そしてリッチーが窓から病院内に侵入し、小雪と合流して空き部屋を一つ占領する。よって防犯カメラには彼らの姿が映りこむことがないのだ。


 この病院は街の外れにあるうえ、門も閉ざしてあって警備も厳重だ。よって外敵である理性を食われた市民たちに襲われる心配がない。また、病院であるがゆえに食糧や医薬品の備蓄もある。病院内での物資の調達と、眠ったままの無防備な状態の二人の護衛をベル憑きのサラと小雪に任せ、舜とリッチーはあの「夢の神殿」に乗り込むのだ。小雪はすぐに作戦への協力を了解してくれた。

「いいよ。だってあたしはあんたの『女房』だかんね。」

小雪が凄いのは戦闘能力もさることながら、作戦全体を俯瞰して自分の役割を把握し、それに徹することができるところにある。ただ、この凄さは社会人の経験がない人にはわからんかもしれない。


「じゃあ、いってくるよ、サラ。」

麻酔吸入を前に舜がサラの頭をなでる。

「おい、行ってきますのキスをしてくれよお、ダーリン。」

小雪が舜にキス顔で迫った。

「しゅん←」

小雪の顔をサラが押し戻す。からかいがいがあるやつと言いたげににんまりと笑う小雪の表情を見てから、もう一度サラの頭を撫でると舜は目を閉じた。


  次の瞬間、舜とリッチーは夢引きの中で見た壮麗な神殿の中に立っていた。

「これは夢ではござらんようだな。いや、明晰夢でござったな。」


「わが神殿にようこそ。ここは夢とうつつのはざま。」

現れたのは像と同じ、美しい顔立ちの青年で宝石で飾られた王冠と服をまとい玉座に座していた。きざはしの上から見下ろす姿は堂に行っている。

「ディオニュソス陛下の御前である、ひざまずけ。」

 二体の近衛兵の格好をした魔獣が二人をひざまずかせようと斧の刃がついた槍ハルバードで押さえつけようとした。その槍の柄をリッチーはぶった切る。鋭いその切っ先は槍の柄どころか魔獣の両手も斬り落とす。気取った態度の衛兵は痛みのあまりもんどり打って倒れ泣き叫ぶ。ディオニュソスは眉を顰める。

「穏やかではないね。わたしは神なのだよ。崇拝したらどうかね?この威厳のある姿にひれ伏したくはならんのかね?」


舜はひざまづいてやろうとは微塵も思わなかった。

「別にあんたの崇拝者になりたくて来たわけじゃない。あんたに今の『捕食行為』をやめろと伝えにきたんだ。」

「ほう、ツンデレかね?」

ディオニュソスのジョークに鼻白む。

「残念ながら貴様に対してデレる要素はないな。むしろ、忠告を聞き入れぬなら倒すまでのこと。」


「我らが主、神たる方に命ずるとはお前はなにやつなんだ?」

衛兵が不快そうに尋ねた。

「俺の名はディーン・サザーランド。『カインの末裔』だ。」

舜はガラティーンをぬくとハルバードの切っ先をかわし、深々とその鎧の隙間に刃を突き立てる。衛兵は崩れ落ちた。


「そこな人間、そやつをたおせ、そうすればお前の願いをなんでもかなえてやろう。」

ディオニュソスはリッチーに仲間割れをもちかける。リッチーは剣をぬこうとした近衛兵の首を刎ねる。


「……また無益な殺生を。神とやら……俺の願いをかなえるだと?ならば貴様のそのそっ首、はねるまでのこと。」


ディオニュソスの声が上擦る。

「何者だ、貴様?」

「拙者の名はリッチー・クレイモア。武士サムライにござる。」


「曲ものじゃ、ものども、出会え!であえ!」

 ディオニュソスの呼びかけに応え、先ほどと同じような魔物の近衛兵たちがわらわらと出てくる。ハルバードや剣を振るいながらおそいくる。普通の人間よりもはるかに強い膂力と速度をもつ魔物たちだ。

加速アクセラレータ!」


 舜も加速をかけると踊るようにその群れを切り裂いていく。舜とリッチーは互いに背中を預け、複数からの同時攻撃を受けないよう、巧みに各個撃破を繰り返す。リッチーの踏み込みは鋭く、相手が刀より射程の長い槍であるにも関わらず、その長所を使わせようとはしない巧みな体捌きである。

 

 ガキン、と鈍い音がしてリッチーの刀がはじき飛ばされる。いつもはジャックやイーサンの銃による援護がない分、リーチの短い剣士同士のペアではどうしても押し込まれやすい。

 しかし、勝ち誇った近衛兵に刀が深々と突き立てられた。信じられない、という顔をしながら倒れる。

「すまぬな。『無限リロード』が拙者の特殊技能ゆえ。」

そう、彼の刀はいくらでも替えが効くのだ。


「刀は武士の魂じゃないのかよ?」

簡単に替えがきいてもいいものかと舜は思わず尋ねてしまう。

「生憎と自分と仲間の命より大事なものはないのでな。替えが効くものに拘泥わるのはただのうつけだ。」


無限リロードなら銃の方が向いてんじゃないの?流石にそれは聞けなかった。ただ、リッチーはそれを察したようだ。切れ長の目元を少し下げた。

「誰にでも事情というものがあるのでござるよ。」


「なんだ、だらしのない。」

ディオニュソスは立ち上がる。その身長は3mはあるだろう。改めて見てもやはり大きい。

「でか!」

思わず言ってしまう。

「文学的素養のカケラもないな。『偉丈夫』とでも言いたまえ。」

彼は槍をリッチーに振り下ろす。リッチーはその一撃をやすやすと受けとめるが、ディオニュソスは粘液のようなものを飛ばす。それは後ろの花にあたる。たちどころに花は腐ってしまった。

「腐敗させる力か。」

舜も槍の一撃を止めるが、腐敗液が生命維持バイタルスーツに付着する。ついたあたりから腐蝕臭が漂う。

「くそ、高いんだぞこれ」

粘液を避けながらの攻防はやや不利な状況だ。


そこにディオニュソスはその手にソフィーを呼び寄せる。本物か、偽物か判別がつかない以上傷つけるわけにもいかない。

「むむ、なんと卑怯な。」

リッチーも不快そうにつぶやく。


やがて、神殿の円柱に追い詰められた舜にディオニュソスは槍を振りかざした。

「これで貴様をこの床に縫い付けてやろう。⋯⋯んん?」

槍が振り下ろせない。その一瞬の隙をついて舜はその膝を斬り、リッチーは槍を持つ腕を斬り落とした。

その背後にはサラがいたのだ。


「ごめんね。先に縫い付けちゃったよ。」

サラ(ベル憑き)がペロリと舌を出す。

「サラ、じゃなかったベルか?お留守番は大丈夫か?」

「そんなこと言ってもまだ、サラはお子様よ。ずっと起きていられるはずないじゃない。」

ベルはサラが寝てしまったために神殿に入り込み、魔糸ワイアーを使って援護してくれたのだ。


 舜はガラティーンについた血を舐める。無事に「腐敗させる粘液」を習得した。あまりつかいたくない技である。そしてもう一つ、解析不能な権能も習得する。こちらは後回しにするとして、今は遺伝子情報からやつの弱点を読み取り、攻撃を最適化しなければならない。


「ベル、最適化オプティマイズ!」

舜の呼びかけにベルが応じる。」

「セラエノ断章フラグメンツ起動! 参照『水神クタアトクタアト・アクアディンゲン』!」


舜の背に6枚の翼が顕現する。そう、今回の敵はただの魔人ではない。「魔神」なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る