08 「決戦間近し!」
舜はベルに町の様子を調べさせる。すると町では暴動が起こっていたのである。人々は互いに争い、奪い合っている。中央広場の
「みな正気を失っているとしか思えないわ。もう辛抱も忍耐もできず、ただ怒り、欲望の赴くままに行動しているようにしか見えないわ。」
ベルの見立ては最悪の状況を意味した。おそらく舜が危惧したように彼らの記憶が蝕まれたのだ。記憶によって構成されるはずの理性は失われ、そこには欲望のまま行動する獣が残されただけなのだ。彼らは夢の中と同じように振る舞う。
「子供たちが心配だわ。わたしたちも病院に戻りましょう。」
アヴェンジャーにサラとソフィーをのせると病院へ向かう。正気を失った人々はまるでゾンビの群れのように互いを貪り、傷つけあい、犯していた。
病院には武装したスタッフが門を閉ざして固めていた。
「ミス・バトラー、危険ですから早く中に。」
職員たちにソフィーが案内されると門の扉は閉ざされた。舜は病院の人々がまだまともでよかったと胸をなでおろす。しかし、舜が自分も通すように許可証を掲げてみせるとスタッフはその許可証をひったくると言い放った。
「お前はくびだ。さっさと出ていけ。」
あまりの仕打ちに舜はかみつく。
「いやいや、ギャラを払ってくださいよ。俺を気に入らないのは百歩譲ってよしとしても契約は契約ですよ。」
前回もギャラを踏み倒されたので予想していた舜が抗議すると職員たちは引っ込む。そして、しばらく待っていると舜が宿直室に残してあった荷物をまとめて投げて寄越した。
「これ以上要求するならこちらにも考えがある。貴様に損害の補償を請求する。」
おい、どこの南〇鮮だよ、という無茶苦茶なことを言い捨てられ、職員たちは引っ込んでしまった。ここで舜は彼らもまた魔人の影響力にすでに飲み込まれている恐れがあることに気づいた。
「何かおかしいな。ベル、ちょっとソフィーの様子が心配だ。見てきてくれ。」
「あら、お優しいのね、う・ぷ・ぷ。」
意味ありげな「嫌味」を残してベルは偵察に向かった。
「ちょっと乱暴にしないでください。」
病院に入るやいなや、ソフィーは拘束され、普段は使われることのない個室病室のベッドに固定されてしまった。
「あなたはわれらが神ディオニュソスによって『生贄』に選ばれたのです。名誉なことなのですよ。」
職員たちが寄ってたかってソフィに吸引式の麻酔薬がかがされる。ソフィーは昨日の疲れが癒えぬまま抵抗する間もなく深い眠りへと落ちていった。
彼女は再び神殿へと招かれていた。
そこで死んだはずの男の子たちを見つける。
「ソフィー!」
無邪気に手を振る子供たち。
「こっち、こっち!」
彼らは「さらなる夢」への階段をかけ昇っていく。
「だめよ、そちらに行ってはだめよ。」
ソフィーは彼らを連れ戻すため、階段を昇って行った。
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「いやたまには一人酒も悪くはないか。ディーンが帰ったら昨日の首尾を聞いてやらなきゃ。」
一方、宿直室でいまだまどろんでいた小雪の枕元にバタバタと足音が入ってくる。ぎょっとして起き上がると、病院の職員たちが舜とサラの荷物を乱暴にかき集め始めた。
「お前ら何やってんだよ?他人様の荷物だぞ?」
小雪が抗議すると
「ディーン・サザーランドの関係者か?彼との契約は解除された。お前も出ていけ。」
「はあ?えらい一方的だな。だいたいあたいは……。」
しかし多勢に無勢では何もできず、彼女も外に出ることにした。すると、途中で揉め事のような騒ぎを聞きつける。
「離してください。どうしたんですか?なにかあったのですか?」
ソフィーが引きずられるように病室へと連行されていく。小雪はそこで何かあったなと感づいた。そして、院内に潜伏することにしたのだ。
「おい、ベル、いないのか?」
小雪の呼びかけにベルが現れる。
「無事だったのですか?小雪。」
「無事じゃ悪いのか?」
ベルはソフィーが捕らわれたことを告げ、舜の援護を頼む。
「ただ働きはしねえぞ。」
予想通りのリアクションにベルは笑いをこらえながら続ける。
「ええ。でもあなたがこの町から無事に出発するためにはこの作戦の成功が必要なのですよ。ご協力に前もって感謝します。」
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「ディーン、やはりここにいたか?」
リッチーが舜とアヴェンジャーを見つけ寄ってくる。
「ソフィーが拘束された。おそらく、ディオニュソスの神殿に虜にされている可能性が高い。先にあの神像を破壊しよう。少なくともこの暴動は治まるはずだ。」
舜の提案にリッチーは首を振る。
「いや、すでに大勢の人間が例の教会を囲い込んでいる。しかも治安維持局もすでにあの魔人に取り込まれているようだ。確かに我々でやれば強硬突破も可能だろう。しかし、恐らく犠牲者の数が2桁は間違いなく出ることになる。それでもやるでござるか?」
操られているとは言え、無辜の市民を殺すことには抵抗がありすぎる。
「じゃあどうする?二人であの夢の神殿まで殴り込むのか?それこそ危険だ。意識がない俺たちの身体を誰が守る?魔人だってバカじゃない。これは自分の
その反応はリッチーにとって理想的なリアクションだったのだろう。
「落ち着くんだディーン。貴殿の心配は正しい。しかし貴殿には心強い味方が二人ばかりおるだろう。今回はそれも計算にいれるのだ。」
「ベルと、小雪か。」
「左様。拙者に考えがある。」
それに乗るしかなさそうではあった。
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