07 「大人への階段」

ソフィーはサラとずっと抱き合って泣いていた。最後はサラが疲れて寝落ちしてしまったのだ。

その間に舜は医師に連絡して死亡証明を出してもらう手配をする。さらに葬儀屋に連絡をとり、棺と花の手配をする。


 ようやく泣き終えたソフィーが実家にメリルの死を連絡すると、留学とボランティアの終了を言い渡されたという。メリルの棺とともに帰ってくるよう命じられてしまったのだ。泣いて抗議するソフィーだったが諦めざるを得なかったのだろう。舜は静かに言った。

「確かに、危険な街に娘を置いておく親はいないよ。」


「引き留めてくれないの?」

予想とは違う言葉に、ソフィーは強い語調で問う。

「それは俺が君のだからさ。この魔人は危険だ。おそらく魔神の可能性すらある。この事象はやつが本気で捕食を始めた証拠だ。おそらく、奴の本体はこの近くの海中どこかに封印されていたのだろう。封印を解いて復活できる程度の人柱は確保できたと踏んだのだろう。あの神像のからくりに気づかれる前に、一気にことを進める気なんだ。」


「じゃあ私を守ってよ!」

ソフィーの求めに舜は首を横に振る。今回の魔人はおそらく「夢引き」に特化したタイプだ。人間が無防備になるのは4大欲求を満たしている時だ。すなわち、食べる、寝る、セックスする、排便する。そんなところで襲われるのがもっとも危険だ。だからこそ寝込みを襲うのが得意なタイプはタチが悪過ぎる。

「守るものをふやすことは弱点を増やすこと。そう俺のオヤジは教えてくれたよ。……自らの姿でね。だから親の好意は無下にしちゃだめだよ。」


「じゃあ、恋人なら……私があなたの恋人なら守ってくれるんだよね。」

ソフィーは舜に抱き着いた。そのまま彼女のベッドに倒れこむ。ソフィーは精一杯の力でその首を抱きしめる。彼女の胸の感触とともにその激しい鼓動が伝わってきた。舜は自分の分身が力強く漲るのを感じる。


彼女の精一杯の「色仕掛け」に舜は思わず確認してしまう。

「ねえ、俺は『草食』なフリしてるだけでほんとは……。」

「知ってるよ。だって、わたしあなたの夢、覗きに行っちゃったんだもの。だから知ってる、ほんとのあなたの姿。ただの土民なんかじゃないことも。」


ソフィーもバカではない。ちゃんと舜の能力もサーチ済だったのだ。とはいえ、そう言いつつ彼女の身体は震えていた。無理もない。「箱入り」で育ち、「こども」病院だからこそ留学が認められたのも恋愛沙汰で娘の心を傷つけたくない親心から出たものだ。


舜は体勢を変え、ベッドで彼女を背中から抱きしめる。

「ほうら、これで安心だろ。大丈夫。この町にいる限りソフィーは俺の恋人だ。」

舜は最後のラインを提示した。ここから先は後戻りできないのだ。しかし。

「ごまかす気?」

ソフィーはあっけなくそこを超えてきた。おそらく、実家への不信感がそうさせているのだろう。もはや彼女を突き動かしているのは彼女のプライドにほかならない。彼女は一線を越えたことを後々後悔するに違いない。ただ今はその激情の波に飲み込まれている自分に酔いしれているように見えた。


舜も覚悟を決めた。

「ばかだな、こんなに体かちこちなのに、ちゃんと準備しなくちゃ、せっかくの思い出がトラウマものだぞ。……お互いにな。」



「あれ、ディーンのやつ遅いな。このまま酒盛りでもしようかと思ったのに。」

病院の宿直室には小雪がまだ居座っていた。

「今日は帰れないから酒盛りはまた今度な、としゅ……ディーンが言ってます。」

ベルが伝言する。

「ははーん。そうか、ついにあの金髪のご令嬢とこれか?」

小雪はこぶしをにぎり人差し指と中指の間に親指を挟んでぐっとベルの目の前につきだした。

「ええ。あまり上品なジェスチャーではありませんよ、小雪。わたしはサラの眠りの深さの調節に戻ります。……子どもが目にしてはいけない場面になりますから。」

ベルが言外ににおわせたことを悟ると小雪はニヤッと笑ってから言った。

「おいベル。ディーンに言っときな。処女バージンを相手にする時はとにかく時間と手間を惜しむなよ。あと雰囲気は大事だぞ。『執事のように仕え、父のように抱き、銀細工職人のように念入りに、だ』。あー、これはオカンの受け売りだがね。」


「あなたは嫉妬しないのですか?」

意外なアドバイスに驚いたベルが思わず小雪に訊く。

「そうさな。あたしはあいつにとっては最初の女だし、最後の女であればそれでいい。あとはディーンの『芸の肥し』さ。」


戻って来たベルに小雪の伝言を耳打ちされ、舜はかえって冷静さを増してしまった。服を脱いだ彼女の肢体はまさに象牙細工のようであった。

「わたし⋯⋯その⋯⋯初めてだから。自信⋯⋯なくて。」

震える声が愛おしい。

「愛してるよ。」

抱きしめ、優しく唇を重ねる。ゆっくりと愛撫をはじめた。


十分に準備が出来てから結ばれる。彼女の頬を涙が伝う。痛いのかと問うとソフィーは少しだけ、と答えた。処女のこわばりを初めて経験する舜の方もいわば追い詰められていた。

「ソフィー、もう少し、身体の力を抜いて……。」

あとはおずおずとした反応をうまくリードしながら、無事にソフィーに大人の階段を昇らせることができた。ただ、舜はこれほど消耗した行為は初めてといえた。体力的にではなく、精神的にだ。


事が済んだあと、ソフィーは舜の胸に頭を横たえた。

「ありがとう、ディーン。思ったより痛かったけど、すごく幸せ。……結ばれた、って感じがした。」

「ソフィーもすごく素敵だったよ。」

「ねえ、もう少しだけ、このままでいさせて。」

ソフィーに腕枕を貸したまま二人は眠りにつく。


舜のその夜の夢に「神殿」は出てこなかった。むしろジャックが出てきて

「だーから言ったのさ。『女は二十歳から』、ってな。」

とからかわれる夢だったのだ。無論、それは相手の女性の年齢が、という意味であろう。

「『開発事業デベロッパーが楽しくなったら立派な『おっさん』だよ。俺はいつでも一労働者だ。女上司の尻に敷かれてる、ってやつよ。」

舜はふてくされたように言う。ジャックはにやりと笑うと舜の頭をなでた。

「お疲れさん。……でもな、いい女に開発して世に送り出すのは紳士の立派な嗜みだからな。」

夢なのだろうが、いかにも彼が言いそうな文言ではあった。


朝、目が覚めると腕のしびれを感じる。するとソフィーがあどけなさの中に女を宿した目でこちらを見ていた。

「ねえ、ディーン。昨日は素敵な思い出だった?それとも……トラウマだった?」

少女はたった一晩で小悪魔に堕していた。舜は観念してソフィーを抱き寄せキスをした。

「最高の思い出になりました。」

うふふ、ソフィーは嬉しそうにはにかんでからおでこをくっつける。


「ねえ、小雪さんってディーンが初めての人だったの?」

その尋ね方はすっかり恋人のものだった。

「いや、あいつが自らマウント(ポジション)から降りるような女に見える?」

その答えは彼女の思惑通りだったのだろう。ソフィーは「蠱惑的な」笑みを浮かべ

「じゃあ、私の勝ちね。」

そう言って、舜の首にしがみつく。処女を捧げた自分の方が上、とでも言いたそうである。


一晩立つと町はさらに狂騒を深めていた。それで三人は病院へ避難することにしたのだ。病院は町はずれにある、だからまだ平穏さを保っているはずだ。そう考えたのが、その見積もりは甘かったといえる。

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