04 「君のためなら死ねる!」

突然現れた金髪碧眼の美少女に小雪は一瞬見とれてしまう。

「なんだなんだ?ディーンの彼女か?この、この、憎いね。」

小雪はドライバーを操る舜の脇腹を肘でつつく。舜はあやうく電動ドライバーを落としそうになった。

「おいっ、作業中にふざけんじゃねえよ。危ないだろうが。」

舜はなんとか作業を終え、ソフィーに二人を紹介する。


「わたしはソフィー・バトラー、医学生です。ディーンは私の『お友達』よ。」

まったくもって事実なのだが舜は胸をチクリと刺された気がした。ただ、貴族にとっては「土民」を「友達」と呼ぶのは過大なサービスなのある。


「私、小雪・リビングストン。ディーンの『初体験ふでおろし』の相手さ。」

舜は文字通りお茶を噴いた。まったくもって事実なのだが、舜は頭をガツンと殴られた気がした。ただ、回想シーンはお預けである。


「筆おろし?」

きょとんとするソフィに小雪は若干イラっとした様子を見せた。「かまととぶっている」と見たのだろう。

「ああ、初体験ファーストタイムの相手よ。ディーンにセックスの良さを手取り足とり教えた、ってことよ。」

「はいはいはい。『幼馴染』でいいだろ?」

ソフィーは二人の様子にようやく関係性を理解したようだ。


「ああ、それでサラちゃんの機嫌が悪いのね。」

 大人になったらはディーンのお嫁さんにんなる、と言ってはばからないサラに「ディーンはおっぱいの大きい女の子としか結婚しない」、と吹き込んだ張本人がこの小雪である。無論、それは単純にからかっていただけの話で、実際にはサラのことを一番かわいがってくれたのもまた小雪である。その二人の関係性の上での「ぷいっ」なのである。


「⋯⋯可憐だ。」

一方、リッチーはソフィーに一目ぼれしたらしい。彼はソフィーの前にひざまずくとその手をとり、甲にキスをする。

「拙者、リッチー・クレイモアと申す。あなたのためなら拙者は……死ねる。」

きょとんとするソフィーをみて舜と小雪はツッコむ。

「それ、『重い』から。」


 本当は小雪はこの町で作られた製品を受け取ってそうそう別の街に移るはずだったのだが、その製品が受け取れず、しばらく動けないことになってしまった。そして、舜もシステムの試運転をしてうまくいけば、そのまま次の場所へと動くはずだった。そう、例の「噂の病気」が関係していたのだ。


「しかし、この夢はすごいなぁ。」

夢の中で舜は小雪やリッチーと酒盛りをしていた。先程までは現実世界で飲んでいたのだが、酔い潰れてそのまま夢の中で続行したのだ。便利なことに酒は幾らでも作り出せる。


そして、本物の味を良く知るリッチーの出した酒がいちばんうまい。どうやら、イマジネーションの限界が夢の中での限界らしい。

「夢のくせに現実を超えられないとは夢の世界も世知辛いや。」

「こんな美味い酒飲めるんだね。エクセ⋯⋯なんでもない。」

そして、リッチーはソフィーについて根掘り葉掘り聞いてくるのが鬱陶しい。


サラもふわふわと空中浮遊を楽しんでいる。リッチーがふと思ったことを口にした。

「しかし、人はレム睡眠の時しか夢を見ないはず。眠りの周期も人によって異なるはずなのに、やはり、おかしいでござるな。」


すると廊下を慌ただしく走り回る音がする。夜勤をするほとんどの職員は「土民」である。大声で誰かの名を呼ぶ声がする。そこにドアを激しくノックする音がするのだ。

「誰かドアを叩いているぞ。出なくていいのか?ディーン。」

「え⋯⋯?俺!?」

小雪に急かされて、しかたなく寝ぼけ眼で応対した舜に職員はまくしたてる。

「助けてください。子供が、崖から落ちたんです!」

思わず舜は振り返ってサラの所在を確認してしまった。サラは寝息を立てていた。


 医師にも連絡したが彼らは貴族ばかりで、あの高さから落ちたのではどうせ助からない。そんな土民の子を診る必要はない、と電話を切られてしまったという。

「拙者も参ろうか?」

リッチーも起き上がって助力を申し出る。


「あの崖じゃ、どう考えても魔糸ワイアーがいるわね。」

ベルが現れる。舜は眠ったままのサラを「作戦用おんぶ紐」で背負うとリッチーと共に現場に向かう。


 子どもが自力では越えられないはずの高さのフェンスから下を見る。月明りが海を照らし、白い砂浜はぼんやりとした明るさで浮き上がっている。そこに横たわった小さな人影が2、3体見える。急な角度の階段が崖沿いになくはないが、大人二人で担架をもって上がってこれるようなものではない。しかも月明かりだけではなおさらである。


「ディーン。貴殿には確か、蜘蛛の邪神アトラクナチャの権能の魔糸が使えたはずだが。」

リッチーの問いに頷くとそれを出せという。リッチーは棒手裏剣に糸を結わえるとフェンスや病院の壁にそれを突き刺して支点を作り、あっという間に簡易クレーンを完成させる。さすがだな、と思える仕事振りであった。


「引き揚げは貴殿に頼もう。」

それに担架をつけさせるとリッチーはそれに乗って颯爽と崖を降りていった。


 落ちたこどもは3人。いずれも男の子であった。呼吸も心拍もない。リッチーが子どもを担架に載せ、合図をすると皆で引っ張りあげていき、なんとか回収した。

 職員たちには下が砂浜だから、という一縷の望みがあったのだろう。しかし、残念ながら全員の死亡が確認された。

「ありがとうございました。」

職員たちは皆リッチーに感謝する。魔糸を提供したのは自分なんだが、舜はそう思ったが黙っていた。


 翌日、出勤と同時にあまりの出来事を知らされたソフィーは泣き崩れた。自分を慕い、また自分もよく面倒を見ていた子供たちの死にショックを隠せなかったのだ。同僚たちからは、医師を目指す以上患者の死はいつでも起こり得るのだから、引きずらないようにと諭されていた。


 舜は仕事になりそうもない彼女を家まで送った。もしかしたらこのまま実家に帰るかもしれないわね、力なく歩くソフィーの後姿を見てベルがつぶやいた。


 病院は「原因究明」やらなにかでパニックになり、しばらくシステムの試運転などという雰囲気ではなかった。

  暇を持て余すことになった舜は街にサラを連れてサイドカーで出かけた。すると難しそうな顔をしたリッチーに呼び止められる。

「貴殿、この奇妙な『病気』についてどう思う?」

エクセレント4の連中がこういうことを聞いてくるのは大抵相手を試そうとしている時だ。

「まあ個人的な見立てでは『魔人の夢引き』以外に考慮の余地はないですよね。でも、この近辺にそんな強力な魔人がいるという噂は聞いたことがないですね。」


リッチーは我が意を得たり、という表情で聞いている。

「左様。それで貴殿に頼みがある。」

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