03 「夢で出逢える町にて」
ソフィーの「ばあや」であるメリルさんは貴族の「お妾さん」上がりの厳格な女性だった。自分が妾という「日陰者」の人生の辛酸さを嘗め尽くした上での厳格さである。とりわけ男女関係についてはこの上ない厳しさであった。
舜はソフィーを彼女のアパートメントハウスへ送るようになっていた。ちなみに日本の「ウサギ小屋」の蔑称で知られる「アパート」とは似ても似つかぬ豪華なつくりである。一応、彼女を送ると「お礼」と称してメリルさんがお茶を出してくれるのである。メリルさんはぎろりとした目つきで舜とサラを見る。
「サザーランド。サラちゃんをあまり外へと連れまわすのは感心しませんね。容姿の良い子は貴族の子弟に狩られる危険が大きいのですよ。」
「ええ。わかってます。よく
サラには優しい基本的には良いおばさんなのである。サラには必ず茶菓子がでる。今日は焼きたてのスコーンである。香ばしい小麦の香りにサラの鼻がぴくぴくと動く。
「しゅん⇈」
目が尋常でないキラキラのサラにちょっと待っててね、と制しながら舜はメリルの言いたい言葉を待った。
「……サザーランドからもお嬢様に、ご実家にお帰りになられますように勧めてもらえませんか?」
「それは彼女が自分自身でお決めになることでしょう。……まずはわたしが彼女にそう勧めるべき理由をご教示願えませんか?」
「サラ、熱いから気をつけてね。」
サラが熱々のスコーンと格闘する様子を見ながらメリルの話を聞く。
それは、この町で流行っている病気のせいだという。それは、夢と現実を混同してしまう「夢遊病」の一種ということらしい。「らしい」というのはそれが医学者によって研究され、正式な病名が付けられていないということだ。
それは「明晰夢」を見られるようになることから始まる。「明晰夢」とは夢をみていることを自覚してその上で自分の意図通りに行動できる夢だ。しかし、徐々に夢に現実が浸食されていき、今の自分が、夢をみているのか、現実の自分なのか混同してしまうというのだ。それで事故や犯罪が多発しているという。
そんな危険な街に生活するのは危険だというのだ。つまり、舜も含めて経験している魔人の夢引きそのものである。
「それは病気ではなく、おそらく魔人の『夢引き』じゃないんですか?」
舜は尋ねた。異世界から来た魔人たちの好物の多くは人間の出す精神エネルギーである。恐怖、怒り、欲望、悲しみ、絶望そういった感情の振れであることが多い。いわゆるキリスト教で言うところの「七つの大罪」、あるいは仏教で言うところの「煩悩」に当たる。だからこそ、「神」を名乗って人々からそのエネルギーを集めようとするのだ。
「魔人だなんて非科学的です。」
メリルさんは言い切った。そうか、この人は信じない人なんだな。舜としては、なかなかこの地を離れようとしないソフィーへの当てつけととしてしか受け止めていなかったのだ。
その翌日のことである。食堂の窓から外を見つめる舜をサラが不思議そうに見ている。
「お仕事しないのか?って。ああ、荷物を待っているんだ。注文してた部品が今日届くんだ。それを取りつけて、動作を確認できたらここの仕事はおしまいだ。」
サラが悲しそうな顔をする。そして膝の上に乗るり、少し背中を丸める。
「しゅん↓」
そうか、せっかくソフィーと仲良くなれたのにな、すると職員から荷物が届いた、という連絡が来る。
高台にある病院から外を見ると、村の外に大きな
注文したのはボイラーの制御基板である。舜は機械系は修理できても電気系統、それも基板レベルまではなかなか手が付けられなかったのだ。
病院の搬入口で荷物の受け渡しをしていた。
「毎度、ありがとうございまーす。」
はきはきとした口調の長身の女性だった。舜はその女性に見覚えが、いや、それどころか忘れがたい存在であった。
「小雪!小雪じゃないか!どうしてこんなところに?」
幼馴染の小雪=ヘイガー・リビングストンである。小雪は信じられないものを見た、という表情をする。
「ディーン!あんたディーンなの?」
最後に言葉を交わしてから3年ほど経っている。舜の背がぐっと伸びたのはキャラバンを抜けた後だったのだ。小雪は舜を抱きしめた。
「背が伸びたから一瞬わかんなかったよ。昔はおっぱいに、こう顔をうずめる感じだったのに、もうあたいの方がぬかされちゃったね。」
「その御仁は?」
切れ長の目をした涼しげな雰囲気の青年であった。彼は腰に刀をさげていた。
「ああ。ほら、よくあたいが話をしてた幼馴染のディーンだよ。本当に偶然なの!ディーン、この人はリッチーさんだよ。この村まで連れて行ってほしい、って頼まれたんだあ。」
「ディーン・サザーランドです。小雪の幼馴染です。子供のころよく世話になりました。」
リッチーはその名を聞くと片眉を上げた。
「ん?⋯⋯ディーン・サザーランド?あのディーン・サザーランドかな?」
「はあ、どのディーン・サザーランドのことを指しておられるのか。」
「拙者はリッチー・クレイモア。貴殿のことはジャックやイーサンからよく……。」
「え、じゃああなたもエクセレント……」
そこまで言いかけてリッチーに制される。
「今は隠密行動ゆえ。」
舜が感動の再会を果たしている割にサラは不機嫌だった。「恋敵ライバル」の登場に、である。
「サラ、元気だったか?ん?」
小雪に鼻をつままれるとぷいっと横を向く。
「そういえば小雪、いつから『
「ええ?半年くらい前かな?」
「なぜ?」
「だって、あのローラとニコールにむかついただけだよ。あんたもいないしね。だから、最近のキャラバンの様子、知らないんだあ。ごめんね。」
ローラとニコールはロトの二人の娘であり、ディーンとサラの従姉妹に当たる。そしてサラに対するイジメを主導していたのはその二人だったのだ。
舜が小雪とリッチーに手伝ってもらいながら部品を取り付けているとソフィーが顔を出した。手にはお茶のセットをもっていた。
「作業はどう?」
「うん、かなり順調。優秀な『助手』もいるしね。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます