02 「はきだめの『天使』」

土民アム=ハーアレツたちにはあまり高度な医療は認められていない。こどもでも病状が重篤なこどもたちは「廃棄処分」後、この病院に送られてくる。治療が済めば奴隷として輸出すればよいし、死ねば死んだで、その間、親が介護に労力を奪われる心配もないからだ。


  この「慈善こども病院」は貴族たちが運営している。貴族のすべてが悪人であるわけではなく、ノブレスオブリージェを意識している人も多い。中にはここでボランティアとして働いている者さえいるのだ。

舜はそんな「慈善こども病院」のボイラー関連のメンテナンスを請け負った。そして、貴族の医師が使おうとはしない宿直室を宿として使わせてもらっていた。「質素すぎる」と貴族たちには不評だが、貴族向けであるため舜にとっては非常に豪華に見える。

食事も病院の食堂で格安な価格で摂ることもでき、かつて舜もテラに何度か仕事で連れてこられたこともあった。


 ただし環境はいいのだが、とにかくひどいのが「夢引き」である。しかも、他人の夢とも「混線」しており、注意が必要だ。混線どころかもはやサロン、いや夢の中で一つの街を形成しているとさえいえる。とはいえ、基本的には近くの人間の夢が交錯することが多いので病院の患者かスタッフであることが多い。しかも明晰夢すぎて現実と夢がごっちゃになりそうであった。


 対策としては「日記」をつけることである。寝る前に「現実の日記」を書き、朝起きてからは「夢の出来事の日記」を書く。

 そう、これも貴族たちが病院で寝泊まりしたくない原因の一つなのだろう。夢の中では人間は平等なのだ。現実ではバッタのように這いつくばる土民たちが偉そうにしてくる。忌々しいにもほどがありそうである。

 ただ、舜の場合、仕事は他の人が寝静まるころにするのでそれほど混線することはなかったのである。


 とはいえ、明晰夢は楽しいのである。空も飛べるし旨いものも食える。淫夢だって見放題だ。

「あれ、すごい可愛い子がいる。」

そこにブロンドの髪に白皙の肌をした美少女が白い服を着てこちらを見ていたのである。顔立ちは舜のどストライクである。これは淫夢コース確定か、といいたいところだがそうはいかない。まず、エチケットとして「混線」なのか、自分が脳内で生み出した「NPC」なのか確認が必要なのである。夢の中とはいえ、乱暴を働けば現実世界でも人間関係が崩壊する恐れがあるからだ。


「まあ、天使様!?」

その美少女が声を上げる。舜の背にはウリエルの6枚の翼が顕現していたのである。

「あれ、なんで?」

ウリエルの姿は魔物を封印する時以外には発動しないはずなので驚く。

「この夢ではその方の真実の姿が露わにされるといわれておりますわ。きっと、あなたは心の美しい方なのですね。ボイラー室で作業なさっている方でしょう?私はソフィーと言います。わたし、いつの間にか眠ってしまったのね。子どもたちを昼寝させようとしたら自分の方が眠ってしまうなんて、可笑しいわね。」

そう言うとその姿は消えてしまった。

「危なかった⋯⋯。まさか混線だったとは。襲わなくて良かった。」


舜が朝方、作業を終えて地下室から上がってくると白衣を着た金髪の美少女が通りかかった。スッゲー美人、感想はそれだけだった。しかし、彼女はまさに天使ごとき微笑みを彼に向け、労いの言葉をかけてくれたのだ。

「お疲れ様でした。」

「あ、ども。おはようございます。」

舜は思わず振り向いてしまった。ぎこちなく挨拶だけ返した舜にもう一度微笑むと彼女は通りすぎていった。

朝陽をあびてその柔らかそうなブロンドに天使の輪でもあるかのようにさえ見えた。思わずその後ろ姿を見送ってしまった。


「しゅん⤴︎」

宿直室に近づく舜の足音を聞いて部屋からサラが飛び出してくる。舜はサラを抱きとめるとそのまま抱っこして歩き始める。

「朝飯食いに行くか?」

食堂では朝食は入院患者分だけしか用意されていないので売店でサンドイッチと牛乳を買う。海に面した食堂の大きな窓から下を見ると先ほどの少女が子供の車椅子を押して散歩をしている姿が見えた。彼女はサラに気がついて手を振る。サラも窓ガラスに額をくっつけて手を振った。


彼女の名はソフィー・バトラー男爵令嬢。夢の中で出逢った少女は医学を修める貴族のお嬢様だった。サラが珍しく懐いた他人であった。もちろん、入院患者である子どもたちにも大人気であった。


舜とも何度かすれ違ううちに立ち話をするようになった。

「それでね、『サラちゃんのお兄さん』。」

「ディーンです。ディーン・サザーランド です。」

舜はようやく自己紹介を済ませる。

「それでね、ディーン。あなた、サラちゃんをなぜきちんと治療してあげないの?」

ソフィーの言いようはもっともだったが、貴族の娘がそんなことを言うことに舜は驚いた。

「俺もサラも土民の子ですから。命に関わらない程度の病気に治療はありませんよ。」


ソフィーの表情が一瞬険しくなる。

「そんなことないわ。庶民も貴族も同じ人間よ。先祖の遺伝子はみんな一緒の地球人よ。優劣なんてあるはずがないわ。」


「貴族の娘」の意外なセリフに舜はさらにびっくりする。

「でも、先祖が親から産まれたか、人工胎から産まれたかで全く待遇は違いますよ。」


「私はそれがおかしいと思うの。手作りのプリンも工場で作ったプリンもプリンはプリンよ。」

ソフィーは差別がおかしいと例えで説明したつもりだろうがその理論はあまりふさわしくなかった。

「プリンだって違いますよ。有名なパティシエが作ったり、良い卵で作ったらやっぱり高いですよ。」


簡単に論駁されてソフィーは笑った。

「そういえばそうね。ディーンって学校に行っていないのに賢いのね。」

彼女は産まれ付き目が見えないハンディキャップを持って産まれてきた。いわゆる胎児の『デザインミス』によるものだ。容姿を美しくしようと遺伝子をいじり過ぎて手落ちが生じることがあるのだ。ただ移植手術で完治している。


きっとその経験が今の彼女の見識や学問の動機となっているのだろう。

それから、舜はソフィーとたびたび交流を持つようになった。貴族からしてみれば舜などは「男」のうちには入らないのだろう。完全に「人畜無害」な「草食系」と思われているようだ。


また、いつでも彼女の周りには子供たちに取り囲まれているため、いい雰囲気になる、ということがなかった。さらに、「ばあや」が彼女の身の回りの世話をしているため、ことにガードが堅かったのである。もちろん、貴族の子女に土民が手を出せば「お手打ち」と称して殺されても仕方がない世界である。「ホモセクシュアル」と思われるのは心外だが、「人畜無害」と思われるのは都合がよかった。

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