第6章:「腐蝕の夢魔【グルーン】」

01「朧に烟る月の夜に、僕はまだ幼い義妹を連れて魔人を狩る旅に出た。」

あれはまだ3年ほど前のことだった。


「サラ、まだ眠れないの?」

舜は自分の隣の寝袋で時折もぞもぞと寝返りをうつ義妹に声をかけた。

「しゅん↓」

サラは首をふるふると横に振る。頬に涙の跡が残っていた。


「そうか⋯⋯。また怖い夢を見て起きちゃったのか。悪い邪神だな。」

舜は自分で言ってふと思う。邪神なのだから悪いのは当たり前だ。


「今頃はみんな、魔獣と戦っているのだろうな。」

既に初陣を果たしていた舜は類い稀なる戦闘能力を発揮していた。「魔獣が止まって見える」のだ。正確に言うと魔獣が次にどう動くか即座に判断できるのである。その能力にキャラバンの男たちは皆頼りにしていた。

「いやいやお頭エイブも良い息子に恵まれたものよ。」

年寄りたちもテラの後継者はディーン(舜介)で間違いないと言っていたのだ。ちなみの「頭領」を「エイブ(Abe)」と呼ぶのは地球の古代言語である「アラム語」で「父」のことを「アバ」と呼ぶことからきている。


しかし、舜の華々しい活躍はこのところなりを潜めている。というのも魔獣の狩りのチームからは外されてしまったからだ。彼を外したのは叔父であるロト・サザーランド 、亡き養父の跡を継いだ男である。

大事な跡取りを危険な目に遭わせる訳にはいかない、というもっともな理由であった。しかし、本当の理由は分かっていた。ロトは妬ましかったのである。ディーンの人望も魔獣を倒すその技巧も。このままではディーンが18歳を迎える頃には自分が頭領エイブの座を彼に譲らなければならないだろう。そうなる前にディーンを排除する必要があったのだ。


舜は自分が計画を実行するのは今だ、と思い立つ。舜はサラの髪を撫でながら言った。

「サラ、お出かけしよう。⋯⋯アヴェンジャーに乗って。」

舜に撫でられてようやく眠りにつきかけたサラの目が大きく見開かれた。サラは自分を撫でる舜の手を小さな両手でギュッと握った。

「しゅん→」

サラは幼いながらも分かっていた。舜の言う「お出かけ」がただのドライブではないことを。それは舜がこのキャラバン「約束の地プロミストランド」と袂を別つつもりであることも。


 二人は「狩り」の支度をするとアヴェンジャーに乗った。舜はいつもの狩りで使っていた銃とナイフではなく、ガラティーンを持っていった。


幸い、アヴェンジャーは重力浮動/推進型のバイクであるため、大きな物音を立てることもない。誰にも気づかれることもなく出立できるだろうと思っていたところ、そこに人影があったのだ。狩りで男衆は留守にしているため、男ではないだろう。


「その格好なりはドライブじゃないだろ?ディーン、ここを出て行くつもりなのか?」

少女だった。少女とはいえ、舜よりも背はずっと高い。浅黒く日焼けした肌に赤い髪。アーミージャケットとミリタリーパンツ風の生命維持スーツだがヘソ出しルックになっている。


「小雪か。夜更かしは肌に悪いぞ。」

小雪=ヘイガー・リビングストン。彼より二つ上の幼馴染だ。彼女はまだあどけなさを残す目で二人を一瞥する。

「別に化粧無しでも十二分に綺麗な肌なんでね。ってとぼけんな。どこへ行くつもりなんだ?」

彼女の問いに止める気か、と尋ね返すと意外な答えが返ってきた。

「いや、止めねえよ。男は旅で見聞を広めた方が良い男になるからね。ただ、行き先は教えろよ。あたいだけにな。」


小雪も少女にしては類い稀な戦闘能力を有しており、母親のイライザ・リビングストンと共に有能なハンターであったが、やはりロトによってチームから外されていたのである。だから舜の忸怩たる思いも充分理解していた。

「親父の師匠のところへ行く。それが親父の遺言なんだ。」


「サラも連れて行く気か?」

サラはキャラバンの中で子供たちから陰湿ないじめを受けていた。それは彼女が言葉を失ってしまったからだが、そのひどい仕打ちがサラにとって更なるストレスになっていたのだ。

「ああ。こんなところに一人で置いていけるわけがない。この子は俺が守る。命をかけてな。」


小雪はニヤリとする。

「そうか。じゃあ元気でな。ディーン、技術テクもしっかりと磨いてこいよ。上も下もな。」


「なんだそりゃ?」

「あたいはディーンの嫁になる女だ。まずお前は嫁の私に良いもん食わせるために腕を磨け。」

「しゅん←」

ここでサラが怒りの声を上げる。サラは小雪にライバル心を抱いているのだ。

「誰が嫁だよ?」

舜が膨れるとその頭を小雪が撫でた。

「あたいだよ。だからお前は毎晩、嫁のあたいを寝床でひいひい言わせるために下のテクも磨いてこいよ、ってことだ。」

「下ネタかい。」

「大事なことさ。こんな殺伐とした世界で魔物たちを相手に生きていくための人間の最大の武器は『繁殖力』だからね。」

「それ、イライザさんの受け売りじゃん。」


いつもするようなたわいのない会話が最後だった。荒野を濡らす月影の中、舜はアヴェンジャーを走らせて行く。西に傾きかけた月に朧がかかる。乾燥した地域で朧月夜なんてあるのだろうか。

「そうか、俺、泣いているのか。」

まだ幼い義妹を連れた旅は始まったばかりだった。舜は振り返りはしなかった。まるで、運命という月光に導かれるように。



「しゅん」

舜はサラに揺り動かされて目が醒める。海岸線にたどりついたので、再び昼間の行動に替わる。だからビバークしていたのだ。しかし、いやに生々しい夢だった。いや、むしろ「明晰夢」とさえ言えるような夢である。こういう事象の原因は一つしかない。


 強力な魔人が近くにいて、夢引きをしているのだ。正直なところあまり関わり合いになりたくはない。

「みんな、元気にしているかな……。」

叔父のロトにキャラバンを乗っ取られてしまってから決して居心地はよくなかったとはいえ、そこは二人にとって故郷である。舜は時々ホームシックのような寂寥感を感じることもあった。とりわけ、幼馴染の小雪の元気いっぱいの笑顔が懐かしく思えた。彼女だけが二人の味方だったのだ。


 海岸線はいわゆるリアス式海岸と呼ばれる地形である。山が海にせり出したような地形で、海と山に挟まれたような道を進んでいく。やがて、街並みが見えてきた。「保養都市アズール」である。

 軌道エレベーターのてっぺんにある空中宮殿都市に住んでいる貴族たちは様々な病気にかかる。特に太陽光に当たらないことが問題の原因ではないかと言われている。そのため、この都市は病気治療のための医学センターや病院。保養施設などが多いのだ。


 舜はそこにある一つの病院の施設のメンテナンスと修理を請け負っていたのだ。母ユリアもこの地で幼いころに療養していたこともあり、そんな縁で父の代からのつながりがあるのだ。


「ほら、サラ、見てごらん。あの崖の上の高いところにある病院。あれが次の仕事先だぞ。『慈善こども病院』だ。」

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