11 「そして僕らの旅は続く」


 一方そのころ、アシュキン子爵もピエールも上機嫌であった。であった。子爵は取り戻した「イゴローナクの手」を愛おしそうになでる。

「ピエール、うまくやったな。これからも活躍を期待しておるぞ。そう、我らの神イゴーロナクのために。そして、われらの街の繁栄のために。」

ピエールも応じる。

「はい。そして我々の永遠の快楽のために。」


アシュキン子爵は吐き捨てるように言う。

「さすがに今回はかの『エクセレント4』が出張ってきて少々あせったがな。まあいい。あの小僧は治安維持局に身柄を押さえさえるように命じておかねば。」


突然、後ろが明るくなる。二人が振り返ると大きな火球が後ろから迫ってきていたのだ。

「なんだ、あれは?」

「うわ、うわ、うわ。」

モーターボートは焔に包まれ、爆散した。「イゴローナクの手」は石像であるがゆえに下水の汚泥の中に沈んでいった。



  耳を澄ますまでもなく、遠くでものすごい爆発音がする。すると、下水道をただよう濁った空気が浄化されたかのようだった。

ベル、引き揚げてくれ。」

「もう、ばっちくなったじゃん。」

魔糸ワイアーの先が結ばれたマグナムとガラティーンをこちらに引き寄せる。

「あーあ、汚泥まみれじゃん。」

舜はサラを背中から降ろすと、愛剣にこびりついた汚泥を落ちていたピエールの衣服で拭った。


 ジャックが耳打ちした作戦とはこうだ。


 ガラティーンをベルに改変させて下水の汚泥を分解してメタンガスを急速に、かつ大量に発生させたのだ。この惑星の大気中にはテラフォーミングで使用されたナノマシンがおびただしく含まれており、ガラティーンのコマンドでメタンガスの発生を加速させたのだ。そして、紅蓮の力で引火、爆発させたのだ。


 ジャックは「イゴーロナク」の情人として人間を捨ててしまった息子と息子をたぶらかしたカルトの処分をフェレール家から新たに言う依頼を請け負ってきたのだ。


「ああ、ボーナスが。」

「ああ、ボーナスが。」

 息子ピエールを取り返したらもらえるはずのボーナスを不意にしたイーサンと、取引に応じたらもらえるはずだったボーナスを不意にした舜が同時にため息をついた。


「まあなんだ。今夜はぱーっと飲むとしようぜ。ほら任務も終わったことだし。イーサンの行きつけのねえちゃんのいる店でさあ。」

ジャックが沈痛な面持ちの二人を両腕でだく。


「ああ、お前のおごりでな。」

「ああ、あんたのおごりでな。」

また同時につっこむ舜とイーサン。


「なんだよお二人さん、息ぴったしじゃん。なーんか俺嫉妬しちゃうなあ。」

ジャックは再び甲高い声をたてて笑った。


 出発の日。舜はアヴェンジャーでもといた宿を通りかかった。ただ、忙しそうにしている劇団員には黙って街を出ていくことにしたのだ。結局、舜がフレディを殺したとまだ信じて疑わないものもいて、どうにも居心地が悪かったのだ。


 それでもライラとシルヴィアが舜を見送ってくれた。具合はもういいのか、と心配する舜にライラは苦笑を浮かべた。

「わたし、ピエールのチャームの魔法にかかっていただけなんだって。ピエールが死んじゃったら魔法が解けて、すっかり大丈夫になっちゃったの。」

女が失恋を引きずらないのは生まれつきでは。と言いたかったがそこはこらえる。


「ねえ、うちに来ないの?」

「ああ。俺は『お尋ね者』だからな。いるだけで迷惑がかかるからな。またいつかどこかで会えるさ。今度はお尋ね者の肩書が外れているかもね。で、ライラはどうするの?」


「そうね。わたしは踊るよ。自分が納得できて、私の名前で客が呼べるそんなダンサーになりたいんだ。」

ライラの抱負は彼女が確かに立ち直りつつあることを示していた。

「ライラならきっとなれるよ。……で、シルヴィアは?」


舜の心配そうな顔にシルヴィーは笑顔を見せる。

「もう。私も大丈夫よ。わたしも、で頑張るつもり。だって、みんな家族だしね。」


「うん。じゃあ元気で。」

アヴェンジャーは走り出した。サラはずっと後ろを向いて手を振り続けた。

二人が見えなくなると、寂しいのか舜の背中にぎゅっとだきつく。

「寂しいの?」

舜の問いにサラは舜の背中に鼻をくっつけたまま首を横に振った。


 サラは見てしまったのだ。シルヴィアとライラの右手にぱっくりと開いた大きな口がついていたことを。

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