10 「それぞれの思惑。それぞれの行方。」

 ピエールがその姿を「イゴーロナクの情人」に変えた。舜はおぞましい姿に変化する男を頼もし気にみつめるライラに尋ねた。

「ライラ、そんな姿でも愛せるものなのか?」

「え?あんたよりもずっとカッコいいわよ。」

 どうもシルヴィアとライラには「イゴーロナクの情人」の姿は元の美しいままのピエールにしか見えないようだ。


「やる気だな。」

イーサンは舌打ちすると拳銃を抜いた。

「満々ですね。」

舜は魔剣ガラティーンを抜く。


 ピエールは舜に襲い掛かる。牙の生えた手のひらが次々と繰り出される。重力制御グローブのおかげで力負けこそしないが、スピードばかりはピエールが一枚も二枚も上手だ。

加速アクセラレータ!」

舜も月棲獣ムーンビーストから得た加速を使う。しかし、身体は早く動けても、まだ十分に挙動をコントロールできない。舜の斬撃は簡単に空を切る。


「このへたくそが!」

 銃声がしてピエールの身体に銃弾が撃ち込まれる。しかし、うがたれた銃痕はみるみる回復し鉛玉が体外に排出された。


「効かねえだと?」

イーサンが次々に銃弾をあてるもダメージはない。そして、舜の構える剣にピエールがかみつく。

「きもい。離せ!……紅蓮!」

舜は紅蓮を発動させる。ガラティーンに焔が走ると刀身に食いついていた牙が外れた。

「なんだと?焔は効くのか。」


 しかし、舜が焔を放っても、今度は俊敏なピエールの影をとらえることさえできない。

「お前、へぼだな。」

舜とイーサンはののしりあう。

「人のこと言えんのかよ。」


 すると地下下水道から光が見えてくる。イーサンはやっと来たか、と舌うち混じりで言った。それはモーターボートであり、乗っていたのはジャックであった。


「よおお、お二人さん、なああにてこずってんのお?」

甲高い声で笑われ、舜はむっとした顔をする。


「まあな。攻撃が『効かない』やつと、攻撃が『当たらない』やつがタッグを組んでいる、ってわけだ。」

イーサンの言いようにジャックは再び笑った。


「ちったあ頭あ使いなよ、お二人さん。」

ジャックは二人に耳打ちする。


「何者だ!?貴様は。」

ジャックは前に出るとピエールの攻撃をかわす。そして慇懃に一礼してみせた。

「これはどうもお初にお目にかかります。アシュキン子爵。わたくし、エクセレント4のリーダー、ジャック・スチールと申します。

 ……さて、アシュキン卿、あんたが魔神とコンタクトとっている、って証拠の男の身柄は渡せないのはわかるんだがね。どう、俺たちと取引しない?」


アシュキン子爵は居丈高に答えた。

「では、貴様らの方がまず武器を捨てろ。」

「あいよ。」

ジャックはイーサンのマグナムと舜のガラティーンを取り上げると遠くへ投げる。ガラティーンに至ってはくるくると回転しながら滑っていき、そのままどぼんと下水道の中に落ちてしまった。

「てめえ、なにしやがる!」

二人同時にジャックを怒鳴った。

「メンゴメンゴ。あとできれいにするからさ。」


 ジャックの言う取引とは、ピエールを正式にこの町に滞在していることを認めてフェレール家に報告させることだった。そうすればピエールの自由も約束すると。そのかわりフェレール家の顔を立てるようピエールに役職を与えてきちんとした研究をさせることだった。さらにピエールには遺産として多額の現金を生前贈与する、ということだった。


「いいだろう。像は取り返したことだ。それで問題ない。」

子爵は自分たちが乗ってきたモーターボートに戻った。ピエールも姿を人間に戻すと子爵に付き従う。


「ピエール、私も連れていって!」

ライラが呼びかけたがピエールは首を振った。

「だめだ。ここでお別れだ。これでようやくぼくも自由になれる。ライラ、君もぼくを忘れて強くたくましく生きてほしい。」

 遺産が入ることがわかった以上、ピエールにとってライラはもう邪魔でしかない。ピエールにとってライラは駆け落ちする手段でしかなかったのだ。

「ぼくはこの町で永遠の快楽を味わい続けられる。さよなら、僕の青春の思い出よ。君との日々は美しいぼくの人生の1ページだった。ありがとうライラ、ぼくはきみのことを忘れないよ。じゃあ君たちの旅に幸あれ、と心から祈っているよ。」


「そんな。ひどいよ。パパまで犠牲にしたのに!」

シルヴィアの胸で号泣するライラを置いてさっさと行ってしまったのだ。

「ひどいよひどいよ。あんなに好きって言ってくれていたのに。一緒に逃げようって言ってくれていたのに。」


ライラを胸に抱きながらシルヴィが舜に申し訳なさそうに言った。

「ごめんね、ディーン。だましてしまって。本当は最初はそんなつもりがなかったの。でも……。」

最初は本当に舜を勧誘するつもりだったのだ。しかし、舜の肩にある「しるし」を見て懸賞額に目がくらんでしまったのだ。


舜は苦笑いを浮かべて言った。

「いや、怒ってはいないよ。がっかりはしたけどね。でもサラもライラと同じ1歳の時に母を亡くした。そして、シルヴィと同じような年で父親を亡くした。だから、二人に仕返ししようなんて思ったりしないよ。」


やがて、モーターボートの音が遠ざかっていく。ジャックは言った。

「ディーン、もうそろそろ、頃合いだな。」


「ああ。」


「ま、派手にやっちまいな。」

舜はイーサンに肩をたたかれる。


舜は親指を立てながら言った。

「紅蓮。」

その時、勢いよく火柱が下水道を駆け抜けていったのだ。

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