09 「取引は罠のにおい」

その招待状には「イゴーロナクの手」と「ピエール・フォン・フェレール伯爵公子の身柄」を交換する、というものであった。取引に応じるなら舜にも1万ドルのボーナスを支払う、というものである。


「悪くない条件だな。別に交渉ならイーサン一人でもいいだろうに。俺にも来い、と言うわけか。」

「ええ。罠でなければね。」

 今回は戦闘も予想されるためサラも連れていくことにした。イーサンに連絡するとすでに予期していたようで、現地で合流することにした。

「まあ大事な御本尊だ。すぐにでも取り返したかろうよ。」


 劇場のオーケストラピットから地下へおり、例の地下礼拝堂カタコンペからさらに降りると、そこにはかなりの地下空間が広がっていた。おそらくは下水道なのだろう。嫌な臭いが周囲に立ち込めていた。


三人が到着した瞬間、真っ暗な空間がいきなり灯で照らされる。強烈なナイター照明のような灯が三人の周りを煌々とてらした。そして、そこには司祭の服に身を固めた領主アシュキン子爵とピエール、そしてなぜかシルヴィアとライラまでいた。


「ようこそ地下神殿へ。この町は表面は砂漠だが地下に帯水層があってね。意外に水には不自由せんのだよ。この地で商いをするよう、太祖スタンレー・アシュキンを導きたもうたのがイゴーロナク様なのだよ。」

せっかくのアシュキン氏のご高説も舜の耳には入らない。そこにシルヴィアとライラが居合わせていたことの方が衝撃であった。

「シルヴィ、ライラ。君たちが親父さんフレディの死を願ったのか?そして、あの眼鏡で邪神に願をかけたのか?」


「そうよ。パパは私たちの本当のパパたちを殺した男なのよ。」

シルヴィとライラはフレディの二人の親友の娘で、ライラの母はフレディの二人いる上の妹でもあった。その二人の親友とライラの母は二人がまだ幼い頃に事故に巻き込まれて死んだのだ。


それは、そう見せかけたフレディの仕業だったのだ。フレディもイゴーロナクの信者であり、自分の成功のために二人の親友の魂をイゴーロナクに捧げた、いや、売り飛ばしたのだ。その御利益でカジノで大金を当てたフレディはしがない部屋住みの喜劇俳優から一座キャラバンを率いる座長になりおおせたのだ。ただそれ以降はカルトとは縁を切っていた。


二人は大人になった頃、フレディの別の友人からその「噂」を聞き、真相を確かめることにしたのだ。シルヴィアはフレディの情婦にまでなり、ついに酔っ払った勢いでフレディに過去の真相を語らせたのだ。

 シルヴィアの両親が死んだ日。それは彼女の6歳の誕生日であった。なぜ殺したのか尋ねるとフレディはばつが悪そうに答えた。


「夢、……だったんだ。俺には才能があった。でも運と金だけがなかったんだ。そのつらさがわかるか?だから、悪いとは思っている。二人の親友を……売ってしまった。悪魔にな。だけどな、お前たちを引き取って何不自由な思いもさせなかったはずだ。ちゃんと育てあげたじゃないか。」

開き直るフレディを見て、二人の気持ちに沸き上がったのはどうしようもない憎しみだった。ただシルヴィアにとって、突然親を失って途方にくれたあの日、手を差し伸べて年二人を育てたのは確かにフレディであった。もっとも、その親を奪ったのもまた同じフレディであったが。


彼は結婚もせず、自分の子をなすことなく二人の父親として専念してくれた。その恩義の心が裏切られた時、どうしようもない憤りを胸に抱えたままの二人にイゴーロナクからの「夢引き」があったのだ。


 二人がイゴーロナクに専心すればするほど芸の道では上達し、地下礼拝堂で有力な知己も増えた。そして、満を持して願をかけたのだ。フレディの死を。


 それを成就させたのがピエールだったのだ。後ろから剛力で羽交い絞めにされた時、かつて信者だったフレディはなすがままだったという。頸動脈を食いちぎられ、遠のく意識の中で

「シルヴィ、ライラ……。」

とつぶやき、最後の唇の動きは「すまねえ(Sorry)」だったという。


「だから、パパが死んだのはは自業自得よ。それが何か悪いの?」

ライラの声が空間に反響する。舜は軽く手を振った。二人に対する「未練」はきれいさっぱり、洗い落とせた気がしたからだ。

「いや、別に俺は二人を責めているわけじゃないんだ。俺はただ自分が犯人にされかけたのでね。真相を知りたかっただけなんだ。……じゃあ、『プレゼント交換』して終わりにしようぜ。」


「ああ。」

イーサンは「イゴーロナクの手」が入ったトランクを開いて地面に置いた。そして、少し後退した。

「さあ。ピエール、こっちに来てもらおうか。親父さんにあまり心配をさせるな。貴賎の差はあっても親はみんな親なんだ。ありがてえもんだぞ。」

イーサンの呼びかけにピエールは大声で言った。


「断る。僕は自由に生きたいんだ。そう、彼女と僕は新たな世界に旅だつんだ。」

ピエールはライラを抱き寄せる。ピエールは得意げに笑った。

なるほど、ライラにとっては劇団のあとをつぐことも重荷だったのだろうか。もっとも死んだフレディとしては自分の野望の巻き添えにしてしまったライラの母である妹へのせめてもの罪滅ぼしだったに違いない。

舜はシニカルな笑みを浮かべるとつづけた。

「駆け落ちか。別にそれは俺はどうでもいい。アシュキン卿。約束のボーナスをください。俺はそれで帰る。」

「俺は困るぞ、どら息子ピエールに逃げられたら大損だ。」

イーサンは抗議の声をあげる。


しかし、その答えは想定外のものであった。

「断る。」

「え?」

「サザーランド とやら。貴様の両肩にある刺青、すでにそこな二人の証言を得ておる。貴様の真の名は『宝井舜介=ガウェイン』。国王アーサーの眷属にて我が盟友チャウグナー=フォウンの賞金首だ。お前を捕らえなければならない。」


そうか。それでシルヴィアもライラも俺に抱かれたのか。お尋ね者の賞金額を見れば、わからんでもない。二人がかりで劇団にひきこもうとした理由がわかってしまい、少しがっかりした。


「マジで?」

舜とイーサンは互いを確認する。

「力ずく⋯⋯か。『盟友』なら知ってそうな情報もあるし。」

「俺の獲物は殺すなよ。『生死を問わずデッドオアアライブ』じゃないんでね。ボーナスが減ったらさすがの俺でも泣くぞ。」

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