06 「潜入! 淫蕩のカタコンペ。」
その翌日はイーサンがピックアップしてきた領主のアシュキン家が経営もしくは所有している物件を捜査することになった。それにはこの町での最高級のホテル、最大のカジノ、そして最大の劇場が含まれていた。
いくらなんでも他人の物件で大事なカルトの礼拝はやらんだろう、それがイーサンの見立てであった。
「この劇場。スタンリー・アシュキン
舜は気づく。フレディの劇団がショウをしていたのがこの劇場だったのだ。
「いいところに目をつけたな。なにせ劇場の地下には『怪人』が住んでる、ってのが定番だからな。」
イーサンも同意見のようだった。もっとも根拠が有名な戯曲『オペラ座の怪人』からのネタであるのはいただけないが。
「ただし、この場合は魔人だけどな。」
二人は清掃係に扮して劇場に潜入した。そして、「オペラ座の怪人」が要求したことで知られる二階の
舜とイーサンは身を伏せる。
その二人は辺りを見回し、誰もいないことを確認すると舞台と客席の間に設けられている設けられているオーケストラピットへと消えていった。
「なんだよ、オケピかよ。」
イーサンは不満を述べたが、劇場で地下に通じているところはそこか舞台の奈落ぐらいしかないのですこぶる妥当ではあった。
二人はオーケストラピットから舞台下へ入ると、さらにそこから地下へ続く階段が設置されていた。二人は顔を見合わせてかそこを降りていく。暗く照明も非常灯以外無い階段を下りていくと扉があった。
扉を開けて入っていくとそこには大きな控え室があった。まるで出演者のメイクルームのように壁には大きな鏡がはられている。そこにはたくさんの衣服がハンガーにかけられていた。そして壁には仮面舞踏会用マスカレードの仮面マスクが無造作にかけてあった。
「メイク部屋にしちゃあ舞台から遠すぎるな。」
すると先ほどの二人の男女が大胆に衣服を脱ぎ捨てていた。イーサンと舜に気が付くと、服をかけておくようにと命じる。そして全裸のままドアを開けるとさらに奥の部屋へと入っていった。
「なんだよ偉そうに。」
いそいそと服をハンガーにかける舜を横目にイーサンがつぶやく。
「そういう変装だからだろ?イーサン、下着はネットに入れるみたいだ。」
舜の言葉にイーサンはいらだちをあらわにした。
「お前がやれ。何が悲しくておっさんのパンツなんか拾わないかんのだ。」
「さてさて、リッチーに言わせりゃ、武士の家は靴を脱いで上がるもんだそうだが、魔神のカルトじゃ服を脱いだ方がいいのか?」
流石に全部脱ぎ捨てるわけにもいかず、二人は「パンイチ」で潜入を試みる。ただ、イーサンは銃、舜はガラティーンを手に持っていく。仮面を被って扉を開けると、そこは広い地下空間のになっていた。中に入るとそこは仄暗い照明しかなく、目が暗化順応できるまで目を凝らさねばならなかった。
やがてその空間の全貌が見えてくる。
中央には祭壇のようなものが据えられ、人間の腕のようなものが台座から生えていた。よく見ると石の彫像である。人間のひじから先の腕が垂直に立てられていた。手のひらは広げられており、指は何かにつかみかかろうとするように少し曲げられている。手のひらには大きな口があり、乱杭歯のような牙がはえている。その歯は人間のものというより獣のもののように見えた。
「あれが『イゴーロナクの手』か。」
それは邪神イゴーロナクとのコンタクトを図るための
「恨みのある人間が身に着けていた物をあそこに置いて相手の不幸を祈るの。そして悪事に励めばいい。するとイゴーロナクがその恨みの対象を狂気の世界に引き釣り込むか、殺してくれるそうよ。そして快楽と金運が約束される。」
ベルが説明する。
その悪事は盗みでも殺しでも犯罪であればなんでもよく、ご利益の金運もまた、悪事の資金もとでにすることが求められる。ただ、イゴーロナクがとりわけ好む悪事は「乱淫」であった。
「なるほど、そいつはまさしく『邪神』だな。下を見ろよ、ディーン。」
床がまるで蠢いているようであった。不規則に床が波打っているのである。しかしそれは床などではなく人の背中であった。
数十名の男女がまぐわっている光景だったのだ。仮面をつけた男女が一心不乱に互いの肉欲を貪り合う光景はさながら腐肉にわいた蛆虫の群れのようであった。そして、異様なほどの声が響き渡っていた。男女の汗の臭いとフェロモン臭。部屋には催淫効果を高めるための香が焚かれている。人々は像に向かって熱心に祈りをささげ、終わればまた乱交の輪の中に戻っていく。
「流石に今日ばかりはサラを連れてこなくて正解だったな。」
イーサンの言葉に舜も頷く。しかし、よく見ても防犯カメラに映っていた、あの異形の魔獣はいないようだった。
「おい、あそこに異教徒がいるぞ!」
ことを終えて「賢者タイム」に入っていた男が叫ぶ。警備員が一斉にこちらを向いた。
「くそ、なぜばれた?」
不思議がるイーサンに今度は舜が言った。
「下を見ろよ、イーサン。」
二人ともパンツを履いていたのだ。しかもイーサンにいたっては帽子もかぶったままである。正確には彼の帽子が見とがめられたのだ。二人は慌てて控室に戻ってドアを閉める。
「よりによって二人とも黒パンとはな。」
嘆くところを間違っているイーサンに舜はツッコミをいれる。
「さすがにまだ『ラクダ』のパンツをはいてる年じゃないからな。ていうか、どう考えても今回はあんたの帽子のせいだろ。」
「お前には悪いが、この帽子を取るくらいなら俺はパンツの方を脱ぐね。」
まったく悪びれないイーサンに舜は呟いた。
「羞恥心のつけどころが間違ってる。」
警備員たちがドアを激しくたたく。かちゃかちゃという金属音が鍵を開けていることを示す。
「やばい、着替えが間に合わねえ。」
慌てるイーサンに舜はツッコミを入れる。
「銃を下に置けよ。両手で着替えないからだ。」
「お前には悪いが、この銃を下に置くぐらいなら⋯⋯」
なんだよ、パンツ<帽子<銃の
ドアが勢いよく開けられると同時にイーサンが帽子を取った。
「こうするしかないさ。」
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