05 「探偵稼業」
舜たちが遺体安置室に戻るとすでにライラも帰ってきていた。ライラは舜を見つけると迷わず抱きつき、声をあげて泣いた。
「探偵」イーサンはフレディの「遺言」について二人に尋ねた。危険な荒野や砂漠を旅するキャラバンの団長は必ず自らに何か不測の事態が生じた時のためにその後の処理を指示するための「遺言」を遺しているはずだったからだ。
その遺言には、現在、裏方の長を務めるフレディの妹の夫に一時的に団長を務めさせて、そのあとライラが跡を継ぐというのが要旨であるのだという。ライラは噂通り団長の隠し子だったのかもしれない。
そして、「貪り食らう掌の子ら」について尋ねると二人は関係を即座に否定した。ただその表情が一瞬引きつっていたのを二人は見逃さなかった。
二人ははフレディの葬儀の予定を尋ねそこを辞した。
「どう思う?あの二人。普通、『隠し子』と『愛人』とじゃ折り合いがいい筈はねえ。妙に仲が良いのが突っかかるぜ。何かあるんじゃねえのか?」
舜はイーサンの指摘にはっとする。舜はこの二人に深く肉体的に関わりすぎて二人の関与を疑うことは考えてもみなかった。
「でも、『人気商売』で食っているのに、スキャンダルをわざわざ拵えるもんかな?」
「甘いな。スキャンダルも『商売』のうちだろうが。」
舜は新たな「寝ぐら」であるホテルに戻った。イーサンの定宿らしく、派手さはないがセキュリティのしっかりしたホテルである。
「しゅん⇦」
一日中放って置かれてご機嫌斜めのサラが抱っこを要求した。今日は同じベッドで寝る気満々のようだ。抱っこに満足すると舜のベッドの上で枕を抱きかかえている。
「おいおい、せっかく大きなベッドがあるんだ。代金分広々と使おうよ。」
「しゅん←」
サラは首を振って拒否した。
「いいじゃない。どうせその代金とやらは
一日中相手をして手を焼いたのか、ベルもサラ派であった。
その晩、舜はイゴーロナクの「夢引き」に遭った。最初は若者が普通に見るただの「淫夢」だと思っていたら突然、腰を浮かしてしまうような強烈な快感に見舞われる。
「私に仕えなさい。」
耳元に囁かれるその吐息でさえ、強烈な快感である。快感を感じる部分が剥き出しになっているかのような感覚に陥る。果ててしまうのを堪えていたが、脂汗が滲むような感覚である。そのあと、一気に水が引くように、すっとその感覚が引いていく。舜は熱が一気に冷めるような悪寒を感じる。気持ちの良いまどろみの床からまるで無理矢理引き剥がされるような感覚だ。不快感に身を捩らせながらも舜はホッとしていた。あの強烈な快楽に呑みこまれることに恐怖すら覚えていたからだ。
「夢か⋯⋯。」
起き上がると汗をかいていた。その汗が熱く火照った身体から熱を奪い、舜は身震いした。それは強烈な快楽から覚めることができた安堵感からでもあった。
サラの寝顔を確認すると、安らかなものであった。サラには夢引きはなかったのだろう。
「痛みによる恐怖と快楽による依存、支配するにはどちらが向いているのかしらね。」
舜と感覚を同期しているベルが呟いた。
「ベル⋯⋯。イゴーロナクの情人についてセラエノ
舜が尋ねる。「セラエノ
つまり、他の魔神による魔術書と容易にリンクできるのである。
「『グラーキの黙示録第12巻』によると邪神イゴーロナク自身はすでに異世界に封印されているわ。『煉瓦の壁の向こう』と呼ばれる世界よ。イゴーロナクは信者をそこへ呼び寄せてその掌についた凶悪な口を開けて噛み付くの。そうして
「つまり、あれには素体となる人間が存在する、ということか。」
おそらくアシュキン家にはその魔術書が保管されているはずである。
イゴーロナクとはこの町の「神」である。そのものが提供する「御利益」は「快楽」である。そして彼に供される「供物」は「悪」であった。この悪と快楽が交差する享楽の街「
翌日、イーサンと別行動になった舜はサラを連れて再び遺体安置室を訪れた。フレディの遺体はすでに柩に入れられトレーラーまで運ばれた。まだ舜を疑う団員もいたが、一晩経って少しは冷静さを取り戻したようだ。フレディとライラとシルヴィアの関係を改めて尋ねると意外な答えが出た。
それはライラとシルヴィはフレディの二人の親友の子供たちで、ライラの母はフレディの妹に当たるのだという。それは今回一時的に跡を継ぐ男の妻である妹とはまた別の妹である。
その二人の親友が亡くなった後にフレディは劇団を立ち上げたのだというのだ。部屋住みの貧乏コメディアンの彼がどうやって資金を得たのか尋ねると団員は両手を広げて見せた。
「
フレディはカジノのスロットマシーンで多額の金を当てたのだという。
ホテルに帰るとイーサンは明日は自分と同行するように告げる。
「お前は何か収穫があったのか?」
舜が三人の関係性について説明するとイーサンは腑に落ちた、という表情を浮かべた。
「親父さんが誰かに恨まれていたか、親父さんの劇団が欲しかったか。いずれにしてもあの魔獣と意思の疎通ができるやつがいないと事件はおきねえな。⋯⋯こっちもな、どうも例の貴族のドラ息子はアシュキン伯爵の家に出入りしていたのは確かだ。⋯⋯当たってみるか、例のカルトに。」
舜は考える。自分の身の潔白を証明するためにはあの魔獣を捕らえるか殺すしかない。しかし、それはこの街を支配する貴族に弓を引くことになる。
「大丈夫だ。俺の仕事が成功すればな。行方不明のドラ息子のオヤジはこのアシュキン家よりも大物だ。」
イーサンの手にのるしかなさそうだった。
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