05 「一宿一飯の恩義」

舜が姿を現すと団員たちが詰め寄る。舜に私刑を加えんばかりの剣幕であったが、イーサンが執り成した。

「こいつは犯人じゃない。昨日、俺とずっと一緒にいたからな。こいつと別れる頃にはオヤジさんはすでに殺されていた。どんな手品を使ってもこいつには無理な芸当だ。」

イーサンの説明に納得する者と反発する者の二者に分かれる。


結局、警察に釈放されたという事実が決定打になって、舜は怒れる団員たちに襲われるというリスクはなんとか回避したのだ。


「どうする?サラを連れていくか?死亡処理ってのは思ったよりストレスが大きいもんだぜ。ああ、そういえばお前も親父さんを亡くしていたっけ?」

イーサンが突き付けた現実に舜は我に返った。父であるテラが死んだとき、舜は悲しみにくれてている時間などなかった。キャラバンの後継者問題でもめにもめたからだ。その時の軋轢が今もサラの心を蝕んでいる。サラが言葉を失ったままなのはそのせいなのだ。


 でも、こんな怒れる人々のさなかに置いておけるだろうか?

「ああ。だからうちのスタッフにあずかってもらおうか、って話だ。」

イーサンはとにかく、舜が仕事に専念できる環境を構築したいのだろう。舜はそれに同意した.



とりあえず確かめなければならないのはフレディの遺体の状況と犯行現場当時の防犯カメラの映像であった。


団員によれば、シルヴィアとライラは病院の遺体安置所でフレディの遺体に付き添っているという。二人が訪れると病院の安置室にいたのはシルヴィアが一人であった。ライラは自分たちの食べ物や飲み物を買いに行って不在であった。

「ディーン。パパが⋯⋯。」

 舜が姿を見せるとシルヴィアが舜に抱き着く。彼女が落ち着くのを待ってから彼女から話を聞いた。なんと、彼女も宿の前で別れて先に部屋に戻ったのだという。二人の関係を怪しまれないように時間差をつけて宿に戻るためであった。


イーサンを「探偵」だと紹介するとシルヴィアは涙を浮かべた。二人はシルヴィアの許可を得てフレディの遺体を検分した。首筋への噛み傷、それが致命傷だった。それ以外の目立った外傷はなかったが、おそらく非常に強い力で締め付けられたのか、骨折している形跡が見られた。


「後ろから抑えこまれてガブリ、と来たか。ディーン、お前随分と熱烈にハグするもんか?」

「さすがにおっさん相手にそれはない。」


次のステップは犯行現場となったホテル周辺の防犯カメラの映像を集めて回ることだ。イーサンはEDEN発行の査察官インスペクターの身分証を出すと簡単に提出してもらえた。羨ましそうな顔の舜の頭をイーサンは撫でた。

「なんだ、お前もこれが欲しいのか?だったらEDENウチに来い。ドライバーぐらいならさせてやる。」


しかし、映像の内容はきわめてショッキングなモノであった。魔獣である。白くブヨブヨと膨れ上がった人間型の魔獣で、たとえ夜道であってもその色からはっきりと判別できる。ただ、首から上の部分がついていなかった。

映像の中で「それ」は俊敏な速さで酔っ払ったフレディに抱きつく。一瞬動きが静止したと思うと首筋に手を這わす。すると大量の血が首から飛沫しぶいた。

「これが致命傷になった頸動脈への攻撃か?何を使ったんだ。これじゃよく見えないな。」


「『イゴーロナクの情人』よ。」

不意にベルが口を挟む。


イゴーロナクとはこの街を裏から支配している邪神である。正確にはこの街を管理する貴族アシュキン伯爵家はイゴーロナクを崇拝するカルト「貪り食らう掌の子ら(Sons of the Hands that Feed)」を主宰する司祭の家系なのだ。

このカルトのメンバーには街の顔役やスポンサーとなる大貴族たちが加入していると言われており、EDENでさえ迂闊に手を出すことはできないと言われているのだ。


イゴーロナクが与え得る最大の「御利益」は「永遠の快楽」である。


イゴーロナクに専心と悪を行い続ける意志を示せばイゴーロナクが封じ込められた空間に招かれ、そこでイゴーロナクに噛み痕を与えられる。1年経つと傷は消え去り、人間としては死に、魔獣「イゴーロナクの情人」に転生するのだ。


つまり、アシュキン家の飼い犬である治安維持局は手出しができない案件なのだ。おそらく、街に悪評をもたらす凶悪事件の犯人をでっち上げることによって、民心の安定を図る必要があった。その生け贄スケープゴートに舜が選ばれたと言える。


「どうする?お前さんがこの街に留め置かれているのはやつらがお前を犯人として殺処分するためということになるぜ。」

イーサンの見立てに舜はぼやく。

「これは強行突破しかないのかな。」


「それもいいだろう。でもここは俺に力を貸せ。先ほどの借りを返す意味でもな。俺はこの街で行方不明になったとある貴族のドラ息子の捜索で来ている。どう思う、このカルト、怪しい臭いがしない か?」

「いや、『怪しい』どころか『危険な』臭いしかしないよ。」

そうぼやきつつもやらざるを得ないだろう。これはフレディに受けた「一宿一飯の恩義」に報いるためにでもある。


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