04「容疑者、ディーン・サザーランド」

「あれは確か、ジャックの相棒の⋯⋯。」

イーサンは帽子を目深にかぶっているため、その表情は伺いしれない。そういえば、面と向かってその目を見たことがないかもしれない。


「すまんな。お前らに奢ってやる義理はねえ。何か奢って欲しけりゃ可愛いネエちゃんでも連れてくるんだな。」

イーサンが煽るとひとりの男が彼の襟首を掴む。

「おっさん、なめんなよ。」

その帽子が地面に落ちる。イーサンはその鋭い眼光で周囲を見回す。目が合うと意識に何かが干渉してくるものを感じた。

「結構イケメン⋯⋯。舜、気をつけて。なにかの術式が視神経にアクセスしてきたわ。」

ベルが呟いた。


「おい、良いのかお前ら、治安維持局員おまわりさんがこっちを見ているぞ。」

イーサンがニヤリと笑う。するとパトカーのサイレン音と青色灯が近づいてくるのが見えた。

「やばい、ズラかれ。」

男たちは一目散に逃げ出した。


「よお、ディーンじゃないか、久しぶりだな。」

残されたのは二人だった。無論、治安維持局員(警察官)もパトカーもいない、それは幻影だったのだ。二人は握手を交わした。

「イーサン、今のはいったい?」

「俺の特技さ。まあ、あとは『企業秘密』だから聞いてくれるなよ。どうだ?折角こうして再会したんだ。こいつを祝して飲みに行くか。今夜は奢ってやるぜ。⋯⋯もちろん経費だけどな。」

「ネエチャンいないけど、いいのか?」

「気にすんな。綺麗なお姉ちゃんがいっぱいいる行きつけの店だからな、それにお前はいつも将来のオネエちゃん候補を連れ回してるだろうが。あれ、今日はどうした?サラは。」

サラをまず迎えに行って、それから飲むことにしたのだ。


イーサンには「裏通り」ではなく「表通り」の店に連れていかれた。イーサンは上機嫌だった。いつもジャックといる時は聞き役に回りそうなタイプだが、舜が相手だとよく喋った。ただ、飲んで騒いだりするタイプではない。サラもお姉さんたちにちやほやされて上機嫌だった。


二人はすっかり出来上がって上機嫌で帰途についた。そして、途中で意外な二人を見かける。フレディとシルヴィアが仲良く夜の街を歩いていたのだ。舜は思わず見入ってしまう。

「知り合いか?ディーン。」

団員の噂は「真実」だったのだ。あれは親子の仲良くではなく、男女の仲良くである。一瞬、嫉妬が舜の胸を焦がしたが所詮は仮初めの関係でしかない、と割り切るべきだろう。

「ああ。でも『ここは』そっとしておこう。」

イーサンは舜の複雑な表情から見てイーサンは勘付いたようだ。

「そうだな。そりゃ野暮ってやつになるのはごめんだな。⋯⋯どうだ、ディーン、もう一軒行くか?」


舜が「嫉妬」をつまみにさらに飲んで少しふらついていたため、イーサンが代わりにサラを負ぶって宿まで送ってくれた。別れぎわにイーサンからメモをわたされる。

「そうだ。野暮といや俺も野暮用ビジネスでここにしばらく逗留する。また飲もうぜ。こいつは俺の連絡先だ。」


翌朝、舜は流石に起きられずに寝坊してしまった。二日酔いの頭で微睡んでいると、突然宿の部屋のドアを激しくノックする音がする。

寝ぼけまなこのままそれを開けると、そこには見知らぬ男たちがいた。

「治安維持局だ。貴様がディーン・サザーランド だな。同行せよ。」


捜査令状も逮捕令状も存在しない世界である。だいたい、容疑が何かすら知らされず、有無も言わさずに連れていかれる。簡単に倒せる相手には違いないが、それはより大きな面倒しか生まない。それで舜は大人しく連行されることにした。


「⋯⋯フレディが、団長が亡くなったんですか?どうして?」

そこで唐突に知らされたのはフレディの死であった。


「どうして?って、そいつをお前に聞くためにここに来てもらったんだよ。」

刑事は意地悪そうに笑った。フレディは人間に殺されたのだと言う。魔獣に殺された傷痕ではないと言うのだ。それで第一容疑者として名が挙がったのが舜だったのだ。


というのもフレディの情婦であるシルヴィアを巡っての男女の痴情の縺れであろうとの見立てである。動機はいかにもではあるが。


「ただその死亡推定時刻とやらには『アリバイ』ってやつがあるんですが。」

舜はイーサンから渡された名刺を見せた。


「ああ?どこの馬の骨だよ?ピースメイカー……? おい、まさかモノホンじゃねえだろうな?」


舜は証人としてイーサン・ピースメイカーの名を挙げると途端に刑事たちの顔がひきつる。

「お前、まさか知り合い⋯⋯なのか?」


「ええ。最近仕事でご一緒しましてね。昨晩久しぶりに会って、遅くまで二人で飲んでました。」

結局、イーサンの口添えで舜は釈放された。EDEN直属のエージェントであるエクセレント4のメンバーの保証とあっては治安維持局も口の挟みようがなく、渋々の措置であった。ただ、重要参考人であることに変わりはなく、事件の解決まで都市から出ることを禁止されてしまった。


「なんだよ。早速のお呼び出しかと思いきや、身元引受人かよ。まったく。ジャックとやることが変わらねえな。どうせ呼ぶのならもっと艶っぽいことで呼びやがれ。」

呆れたように言うイーサンだったが、その表情は急に真顔になる。

「なあディーン。なんか臭わないか、この事件ヤマ。」

それは舜も感じていた。貴族でもない男の死をなぜ捜査するのか。


「ところでディーン。お前は借りは早く返す方がいいか?」

イーサンがもったいをつける。

「いや、作った借りはなるべくのらりくらりと相手が忘れるのを待つ方だけどな。」

舜が応酬するとにやりとした。

「なるほどな。」

「何が?」

「いや、ナイジェルの旦那がお前のことを俺たちになんて言ってるか知ってるか?」

「なんて?」

「『借金狼(Loan Wolf)』だとさ。」


「一匹狼(lone wolf)」に引っかけて言っているらしい。ちなみに発音は一緒だ。ただし、この借金は父テラから受け継いだものだ。テラはユリアをチャウグナー・フォウンから取り返す作戦のためにナイジェルに多額の借金をしていたのだ。舜は素直にその借金を背負って見せたのだ。

「上手いこと言うなあ。」


他人事のように言う舜の頭をイーサンは軽くこづいた。

「感心してる場合か?まあいい。お前は明日から俺の仕事を手伝え。ちゃんと日当は出してやるからな。」

これは断る理由もなかった。というのも容疑者として逮捕されたことが仕事先に知らされ、すでに仕事の契約を打ち切られてしまったからだ。しかも、報酬も一切払わないという羅刹ぶりである。


とりあえずサラを迎えに宿に戻ると、主を突然失ったフレディのキャラバンは大変なことになっていた。

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