03「最上級の体験」
「フレディ、マイナスドライバー取って。」
「あいよ。」
舜はフレディがいつもしている太い黒縁の眼鏡をしていないことに気づいた。
「フレディ、いつもの眼鏡はどうしたの?」
「そうなんだ。そいつが見当たらねえんだよ。こんな銀縁のメガネしてたらよ、インテリにしか見えねえんで困っとるんだ。もしどこかに落ちているのを見かけたら届けてくれないか。」
「大丈夫だよ、コメディアンにしか見えないよ。」
「こら、拳固食らわすぞ。ははは。」
そのうち仕事が忙しくなり、舜は「残業」が増えてサラを預ける時間が伸びるようになる。仕事帰りの時間にはショウが始まってしまい、サラを劇場にまで迎えに行かなければならない。当のサラは舞台の袖からショーを見たり、裏方さんのお手伝いをして皆に可愛がられていた。
「サラごめんな。待ちくたびれたか?」
「しゅん」
サラは首を横に振る。団員たちに見送られ、部屋に帰るのだ。
「しゅん↗︎」
サラはおんぶを要求する。そして、大抵は帰る途中で、舜の背負われたまま寝てしまうのだ。
「ねえディーン。」
そんなある日、出番終わりのシルヴィアが部屋まで送ってくれた。サラを背負ってさらに荷物を持っているのを見かねてのことだ。そんなことが2、3回あったある日、シルヴィアが舜を誘った。
「あなたもうちの団員にならない?」
「俺が?」
「フレディもみんなも二人のこととても気に入っているわ。あなたは手に職もあるし、二人とも器量もいいし。絶対に芸能こっちの道の方が向いていると思うの。」
部屋のドアまで来て舜は断るために振り返ってシルヴィアを見た。
「シルヴイ、気遣いはありがたいけど、俺たちにはまだやらなきゃいけないことが⋯⋯あ⋯⋯。」
シルヴィアは舜を抱き寄せる。不意を突かれた舜の唇をシルヴィアが唇で塞ぐいだ。そして耳元でささやいたのだ。
「それに、とってもいい⋯⋯特典もあるわよ。」
二人はそのまま部屋に入った。まるでイゴーロナクの夢引きと一緒だな。しかし、夢と違って現実の彼女のフェロモンは圧倒的なものであった。そして、その肉体もまた。舜はその晩、まるで淫魔にでも取りつかれたかのように彼女の身体を貪った。
「どうだったの、シルヴイの身体は?」
翌朝 、スロットマシーンの分解整備をしているとベルが囁いた。舜は昨晩の出来事を反芻するとため息をついた。
「すげー柔らかいのな。いや、あんなのは初めてだったよ。あの皮下脂肪っていうか最初は肌がちょっと冷たいんだけど、抱き合っているうちにだんだん熱くなってくるとさ、包み込まれるっていうか、もう、溺れる寸前まで⋯⋯っておい。」
思わず感想が口をついて出た。
「気持ちよかったみたいね?」
ベルの意地悪そうな問いに舜は素直に敗北を認めた。
「はい。」
シルヴィアの場合は筋肉を鍛えたあげた上で、さらにあえて脂肪をつけているため、ほかの女性とはまたモノが違ったのだ。
「落とされちゃ、ダメですからね?」
「はい、頑張ります⋯⋯。」
舜への「スカウト合戦」にはライラも参戦してきた。出番のあるシルヴィアに代わってライラが部屋まで送ってくれたのだ。
「今日はシルヴイじゃなくてがっかりした?」
「んなこたねえって。送ってくれてありがとう、ライラ。じゃあおやすみ」
ドアを閉めようとするとライラの手が上から重なった。
「ねえ、私ともいいこと、⋯⋯しよ。」
「でも俺。」
「べつにシルヴィと恋人なわけじゃないじゃん。だから私も。」
ライラに唇を奪われるともう流れに身を委ねるしかなかった。舜のシャツを剥ぎ取るとライラの目が肉食獣のように輝く。
「あ、シルヴィのキスマーク発見!私が上書きしちゃおっと。」
「で、ライラの身体はどうだったの。」
翌日、やはりスロットマシーンを分解整備する舜にベルが囁く。舜は昨夜の体験を反芻すると苦笑する。
「あれはやばいな。『アレ』がまるで別の生き物みたいなんだ。ほら、ボディビルダーのオッさんが乳首の上げ下げできるとかあるじゃん。あれをさ、身体の中の筋肉まで自在、って感じ。もう鍛え方がハンパないのな。まさに搾りあげられ⋯⋯って、おい!」
思わず感想が口を突いてでる。
「気持ちよかったのね。」
「あ⋯⋯はい。」
「で、どっちが良かったの?」
「さあな。」
「ダメよ。落とされないでね?」
「大丈夫⋯⋯、とだんだん自信がなくなりそうだよ。」
数日後、整備の仕事もようやく山場を超え、珍しく早く仕事を上がれた。サラを迎えに行こうと思ったが、この時間だと劇場に向かってしまった時間だろう。舜は夕闇に存在感を増すネオンサインを眩しそうに見上げた。
「まあ、たまには俺も自分にご褒美が欲しいとこだな。」
少し飲んでから劇場に寄るか。さすがに表通りの高級なところへは行けないので、裏通りに入る。途端にガラも治安は悪くなるが値段がお手頃の店が多い。そこにはホテルや劇場やカジノで働く人々のための店が多いのだ。
そこで揉めている男たちがいた。どうも集団で余所者である一人の男から金品を巻き上げようとしているようだった。
「めんどくせえ。」
舜は通り過ぎようとするがチラリと目が合ったような気がした。あれ、どこかであったような、と既視感を感じる。精悍な身体付きにあごひげをたくわえ、帽子を目深にかぶった男、そうジャックの相棒であるイーサン・ピースメイカーであった。
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