02 「魔神の影」
フレディは必ず舜とサラを食事に招いてくれた。劇団員は役者であれ裏方であれ、女性も男性も平等に当番制で食事の準備をするのだ。二人ぐらい増えてもどうということはないからということだった。正直、舜は助かっていた。
いつもフレディの向かいの席に舜とサラは座らせられる。旅の者同士が情報を交換するためである。フレディは父テラの話をよくしてくれた。フレディはサラを孫のように可愛がってくれるのだが、ただし、かなり「雑な」可愛いがり方であるった
「サラちゃん、ちゃんとお肉も食べないと、大人になってもオッパイが大きくならないぞ~。」
フレディは肉嫌いのサラをからかう。
「しゅん←」
サラはプイと横を向く。
「すみません。こればかりは俺のせいでもあるんです。」
舜がすまなさそうに謝る。
フレディの両隣にはいつも同じ女の子が座っている。彼の右隣に座っているのはシルヴィア・ハクスリーという女性で長い栗毛色の髪をポニーテールにしている。肉付きは良いが太っているわけではなく、いわゆる母性をほどよく感じさせるボディである。彼女は劇団の「歌手」で人気ナンバー1なのである。
「パパ、女の子をからかっちゃだめよ。でも、お兄ちゃんはおっぱいが大きな子が好みなのよね。」
シルヴィアは自分の自慢の大きな胸をテーブルに乗せる。思わず舜の目がそこに釘付けになった。
アカペラでもある程度の声量を確保するためには、女性とてある程度体重と脂肪をつけることが不可欠なのだ。
「ええ、そうなんです⋯⋯。ってシルヴィー、俺をからかわないでください。俺は好きな娘のおっぱいならどんなおっぱいでも大切にできる子ですから。」
「あら、模範解答ね。いやだわ、変に気が回るのね。」
「うそうそ。騙されたらだめだよ、サラ。肉喰ったっておっぱいは大きくならないよ。根拠ソースは私。」
フレディの左隣の女の子はライラ・ルーカス。最初に二人に声をかけた娘だ。彼女は黒髪をショートカットにした20歳の女性で見事な「
「でも、ライラは『踊り子』なんだから余計な肉はいらないんじゃないの?⋯⋯って顔してるわね、ディーン。」
舜は一瞬図星をつかれ慌てる。
「いやいや、シルヴィ。俺の心の声を『捏造』するのはやめてくださいね。」
団員たちの噂ではシルヴィアは団長フレディの「情婦」で、ライラは「隠し子」ということだった。無論二人は劇団のシンガーとダンサーのトップなのだから、団長も含めて密にコミュニケーションを取る必要があり、食事の時間がそうなのだろう。要は暗に舜に「手を出すなよ」と言っているのだろう。
彼らのショーはレビューであり、人情劇の「小芝居」に合わせて歌と踊りを披露するのだ。
サラはじっと彼女たちの衣装を見ていた。スパンコールがふんだんにに使われた派手な衣装である。
「サラちゃんもこういうのに興味あるの?」
シルヴィアに聞かれると少し考えてからコクリと首を縦に振る。
「じゃあ、決定。サラも臨時団員ね。サラはおっぱいが『ない』からダンサーチームね。」
「しゅん←」
サラはライラに「同類」認定され少しむくれる。大人になったらおっぱい大きくなるもん、とでも言いたげであった。
「ところで二人のママはおっぱい大きかったのか?」
フレディが尋ねる。
「さあ、どうだったかなあ。」
考え込む舜に
「何言ってんだ。昔咥えてたおっぱいなのに、もう忘れたのか。」
フレディにからかわれる。
「いやいや、覚えているわけないでしょ。」
舜は自分が二人の実の子供ではないことを彼に言っていない。言う必要もない情報だからだ。
その晩、舜は「夢引き」に遭った。極めて妖艶な美女が悩ましい姿で迫ってくるのだ。「据え膳食わぬは男の恥」、さあていただこうか、そう思って女性を引き寄せた時、女が耳元で囁いたのだ。
「私に仕えなさい。そうすればとびきりの快楽を与えてあげる。」
夢引きか、そこで気づいた舜が女の身体を離した瞬間、目が覚めた。時計はまだ夜中の2時を回ったばかりだった。あのまま女と身体を重ねてしまえば、それこそ「とびきり」の快楽を味わえるだろう。しかし、その代わりに精神を蝕まれ、支配されてしまうことになる。
「この街に巣食う魔人か⋯⋯。」
もし、この夢引きの主が親の仇であるチャウグナー・フォウンの係累であれば調べる必要があるだろう。
「ディーン。悪いが、うちの機械をちょっと見てくれんか?」
預けたサラを受け取りに行くと、ちょっとした機器のメンテナンスを頼まれる。いつも食事やサラのことで世話になっているので、喜んで舜はとりかかる。舜は作業に立ち会うフレディに夕べ見た「夢引き」の話をした。フレディは気まずそうに笑ってから言った。
「それは魔神『イゴーロナク』だな。この町の裏の支配者だ。やつには絶対に関わらない方がいい。快楽とひきかえに人間性を蝕むやつだ。……ただ、この町にはやつの信者が多いんだよ。だから悪口も絶対に言うじゃねえぞ。」
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