第5章:「白熱する悪意【イゴールナク】」
01 「砂漠の享楽地」
砂漠というよりは荒野と呼ぶべきか。荒涼たる原野の上空は満天の星空であり、目の前を横たわる天の河も美しい星の雫を湛えている。
やがて、荒野の乾いた夜空が東の方向から紫色へと変わっていく。そして、アヴェンジャーの前方、地平線の彼方から星とは違う人工の光が見えて来た。
それが
、この惑星では単にラスベガス、またはベガスと呼ばれることが多い。砂漠のオアシスにある、という立地条件は良く似ていると言える。
この大陸でも真珠海岸と並ぶ高名なリゾート地である。ただ、内陸部にあるため主にカジノでのギャンブルやショービジネスが主流であり、カインの末裔の中でも乞胸と呼ばれる旅芸人たちにとっては目指すべき場所の一つであった。
もちろん、そこを目指すのは彼らだけではない。貴族お抱えの俳優たちにとっても、その腕をお披露目する場所でもあるのだ。高級ホテルには劇場が併設されており、深夜まで様々なショーが催される。
舜は町外れにある乞胸たちのキャンプ地にアヴェンジャーを乗りつけた。ここには旅芸人たち向けの安宿があり、共同キッチンで自炊すれば格安で宿泊できるのである。ただし、水資源が乏しいためシャワー施設はない。
「サラ、俺たちのパパはこの町の大きな劇場で歌ったことがあるんだって。」
派手なネオンサインに目を白黒させているサラは舜の言葉に兄の顔を見た。
「しゅん?」
「ママの方はどうかなあ。多分、パパのお仕事でこの街に来たことはあると思うけど、歌は歌っていないと思うよ。」
父テラは子供の時は「天使の歌声」の持ち主として知られていた。彼もその気になって、カレンの兄のエドガーのように貴族が持つ合唱団に入ることを夢見ていた。
でも、その夢は叶うことがなかった。声変わりである。それによって彼の澄んだ鐘のような声は失われ、残ったのは平凡な声であった。その天使の声は翼を捥がれてしまったのだ。
「ここが予約していた
キャラバンは移動生活のため、大型のトレイラーが多い。とはいえ、みな重力ホバーによって浮上推進するため、排気ガスなどの問題は少ない。こうした大型のトレイラーごと乗り付けられるモーテルが「カインの末裔」たちの溜まり場なのである。
この場末の宿は旅芸人一座でいっぱいであった。その多くが劇場を持つ五つ星ホテルで興行したり、そのオーディションを受けるためである。舜のバイクを見かけて娘が寄ってきた。舞台用のメイクがきつくて年齢はわかりにくいが、年齢を偽れない首回りの肌がとても綺麗なので若い女性であることは明らかだ。
「お兄さん、このバイクで旅してるの?いいなあ。私もいつか彼氏とこういうバイクで世界を回ってみたいなあ。」
彼女の名はライラ・ルーカス。「フレディ・タウンゼント歌劇団」という乞胸の一座で
舜はこの街のとある高級ホテルの依頼で来ていたのだ。カジノに設置されたスロットマシーンのメンテナンスのためである。偶然にもライラは二人と同じモーテルに宿を取っていたのである。
「ねえディーン、食事をご馳走するから、荷下ろしを手伝ってくれない?」
男衆は劇場での大道具の設置のために出払っているのだという。舜はチェックインした後、彼女を手伝うことにした。
「いやいや、なんかうちの娘たちがお世話になっちゃったんだってね?ありがとうね。俺もさ、得意先の挨拶まわりだの営業だので、こっちの方を全く見てやれなくて……すまんかったね。」
この一座は食事は若衆の大部屋で一緒にとるのが決まりらしい。食事に呼ばれると、劇団の座長に礼を言われる。座長のフレディ・タウンゼントは60を過ぎた気っ風のいい貫禄のある男で、劇団員のみんなから「パパ」と呼ばれ慕われていた。太い黒縁のメガネがトレードマークで、若い頃は喜劇俳優として鳴らしたという。
「そういえば、あのバイクはきみのかね?古い知り合いのバイクに似てるんだよ。」
フレディはアヴェンジャーについて尋ねた。
「ええ。父の形見なんです。」
「父?もしかして、きみのお父さんって、テラ・サザーランド かい?」
突然父の名が出たので舜は驚いた。
「ええ。もしかして父のことをご存知なんですか?」
フレディはテラが少年の頃、共にこの街で芸を披露したのだという。以来、何度か街で一緒になったことがあったそうだ。舜は父が魔人に殺されたことを告げた。
「そうか。魔人にやられちまったのか。まだ、若かったのにな。こんなに幼い子を残してなんて、さぞかし無念だったろうな。⋯⋯まあ、これも何かの縁だ。この街にいる間は俺たちはファミリーだ。俺をパパだと思って頼ってくれよ。」
以来舜はすっかりフレディに気に入られてしまっていた。
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