08 「幸せになりたいのなら、」

ジャックにはもう一つ気になることがあった。

「ところで、『アイス・ラッガー』つーネーミングの方はまずくねえのか?」

「なあに本家筋ウルト◯セブンは『アイ・スラッガー』だ。問題はねえさ。しかし、あの怪物の相手をまるっと、若いのディーンに任せて大丈夫なのか?」


ついに男爵の槍がガラティーンを撥ね上げ、その腕が舜の体を捉える。

「とうとう捕まえたぞ小僧。お前をくらい、その魔結晶を俺のものにしてやる!」

男爵がピンクの触手を伸ばし、舜の脇腹に爪で突き刺すと、血が滲む傷口にその爪を入れる。


「うわああああああああああああ。」

舜の激痛に悶える表情を男爵はうっとりと眺める。

「いいねえ。その表情かお、とっても興奮する。」

しかし、舜は歯を食いしばったまま、自らの体内を蹂躙するその触手を掴んだ。

「そうかよ。⋯⋯引っかかったなチェックメイト。」


「おい、助けなくていいのか、ジャック?」

心配そうなイーサンを尻目にジャックは余裕の表情だ。

「なあに、もうあいつにゃ必要な権能ちからは貸し出し済みっつーわけさ。」


起死回生デッドオアアライヴ。」

ジャックの使った要領だ。舜が命ずると男爵の「寿命」を一気に吸い上げる。

「ぐぼぼぼっぼ。るぐぐるぐうるるるる。」

男爵は奇妙な咆哮を上げる。


むろん「寿命」が存在しない魔人の場合、すわれるのはその「存在」の力である。男爵の身体はみるみるうちに縮んでいき、あっというまに幼体にまで戻ってしまった。


意外な結果に観客席は静まり返る。そして、会場内を包んだのは怒りであった。怒号がホールに木霊する。

「そこまでだ!」

メインの扉が開かれると、そこに現れたのは警察署長のボリス・ニッカネンであった。そして背後に待機していた警官隊が会場へとなだれこんでくる。客席はパニックに陥った。

署長は舜を指差すと宣言する。

「宝井舜介=ガウェイン。貴様を『紳士協定』に基づき逮捕する。ものどもかかれ。」


「『紳士協定』ってなんだよ?」

呆れる舜にベルが説明する。

「魔神チャウグナー・フォウンとの協定でしょうね。舜、あなたを売り渡すという。」

この地には庶民を守る法は存在しないのだ。


呆れる舜の肩をジャックが揺すった。

「おい、ディーン、ずらかるぞ。おまえ一部でいい。あの窓を凍らせてくれ。」

舜が海中に面した窓を凍らせると、今度はイーサンに窓を撃ち抜くように言う。

「おいおい、どうなってもしらねえぞ。」

イーサンは正確に全く同じところに銃弾を当て続ける。すると、水圧と相まって窓に亀裂が入り、水が凍った部分を一気に割る。そこに大量の海水が流入してきたのだ。


「いかん、観客の避難が優先だ。」

警察は舜への攻撃を中止せざるを得なかった。そして海水は侵入し続け、足元の水かさは増していく。

「ジャック、あなたどういうつもりですか?」

ベルがサラの身体を借りて抗議するとジャックはにやりとした。

「お嬢ちゃん。魔糸ワイアーとディーンの氷がありゃいいモン作れるだろうが。」


ベルはジャックの意図をすぐに理解した。

「舜、私が骨組みを作るから、周りに氷を張って!」

ベルが魔糸を使って皆の周りに結界を貼り、舜がそれを氷でコーティングすると氷の脱出カプセルが出来上がる。間も無くカプセルごと舜たちは海水に飲みこまれる。比重の軽い氷のカプセルは破れた窓を抜け、あっという間に海上へと浮上した。


「紅蓮。」

ジャックが炎でカプセルを覆う氷の天井を破った。そこに飛空艇が救助に駆けつけたのだ。

「これで、終わりか。」

そこで、舜は気を失ってしまったのである。


「⋯⋯光?」

目を醒ますとそこは病室のような清潔な部屋であった。

「あら、お目覚めのようね。」

ついていた看護婦が電話をすると医師とナイジェルが入ってきた。医師の診察を待つ。ただの過労でもうだいぶ快復しているとのことだった。

「若い、というのはうらやましいことだね。」

ナイジェルは褒め言葉とも恨み言ともとれることを言うと礼を述べた。「幼獣」となったビーニッヒ男爵は本国への送還が決まったそうだ。そして、誘拐されていた子供たちも身元の確認と引き取りてが決まり次第、順次家に帰されることになる。舜は肩の旧神のしるしエルダーサインを確かめる。それは戻っていた。そして、「紅蓮」が戻ると同時に「起死回生デッドオアアライヴ」の能力もきれいさっぱり消えていたのだ。

「結構便利そうだったのにな。」


その様子を見ていたナイジェルが言った。

「ジャックに権能を盗まれたんだってね。あいつの力『換骨奪胎トゥエンティフォー』は自分と相手の力を交換する能力なんだ。名前の通り24時間限定でね。だからもう権能は戻っていると思うよ。」


「よお、ディーン、目が覚めたって?」

そこにジャックとイーサンが入ってくる。その両腕にはサラとフェリシアが抱かれていた。舜は自分以外にめったになつくことのないサラがおとなしく抱っこされているのをみて驚いた。ジャックがニヤリと笑った。

「ディーン。あなたが海に落としたのはこの金の娘ですか?それともこちらの銀の娘ですか?」

金髪のフェリシアと銀髪のサラを金銀の斧に引っ掛けているのだ。

「どっちもだ。」

舜はあきれたように答えた。

「まあ、なんて欲張りな男なのでしょう。どちらも没収です、ってわけにはいかないな。」


サラはジャックからすぐに降りて舜に抱き着く。

「しゅん⇈」

「サラ、心配かけてごめんな。もう大丈夫だよ。」

舜もサラの首を抱きしめ、その髪を撫でる。二人の様子をフェリシアは見つめていた。


この子を返したらこの町での暮らしは終わりである。舜はサラとジャックとともにバービーの家に戻った。

「フェリ、フェリ!」

「ママ!ママ!」

バービーとフェリシアは抱き合う。その光景に舜は目を細める。

「よかったな。」


「ねえ、ママ?」

フェリシアが不安そうに母親を見る。

「ママはわたしが帰ってきて本当によかったの?」

そう尋ねたのだ。これは、子供に対する洗脳操作の一環で、おまえはママに捨てられた。と何度も言い聞かされてきたことを舜は説明した。


「そんなことないよ。フェリがいてくれるだけでママはとっても幸せよ。」

バーバラは再び強く娘を抱きしめる。


「フェリシアちゃん。」

ジャックがフェリシアのそばにすわり同じ目の高さで語り掛ける。そして頭を撫でる。

「君の『フェリシア』って名前には古ーい言葉で『幸せ』って意味があるんだ。ママは君の幸せをいつも願っているし、きみはママの幸せそのものなんだ。だから、ママを信じて。大丈夫、怖い魔獣に襲われたらこのジャック『お兄さん』がいつでもかけつけてあげるからな。」


ジャックの言葉にバーバラが頷くとフェリシアは少し安心したようだった。

「ありがとう、おじちゃん。わたし大きくなったらおじちゃんのお嫁さんになってあげるね。」

「ありがとうフェリシア。」

ジャックはフェリシアのほほに軽くキスをする。

「約束だからな。あと、俺は『お兄さん』、でよろしく。」

ジャックは去りぎわにいった。

「なあ、幸せになりたいなら、なりゃあいいんだ。もう二人はそこにいる。条件はもう十分にあらあな。」


「じゃあ、俺たちも。」

最後に一晩くらい泊まっていけばいいのに。そう強く勧めるバーバラに舜は首を振った。

「いや、これ以上居心地がよくなっても困るんでね。ありがとう、おかげで俺もサラも楽しかったよ。二人で中良くね。」


荷物をまとめるとバーバラは寂しそうに微笑みながら言った。

「ねえディーン、あの晩のこと、後悔してる?」」

舜はその頬に軽くキスをする。

「いや、俺はあの時とても幸せだったよ。あなたは『いい女』だ。あなたが思っているよりずっとね。だから俺は忘れない。そして前に進む。きっとまたいつか会えるさ。その時はこれまでの苦しみもきっと『良い思い出』になっているはずだから。」

「約束だよ。」

「ああ、約束だ。」


舜はナイジェルのもとを訪れ、手続きを済ませてから街を出た。また、砂漠の旅になる。内陸へ進路を変えた。


舜とサラの旅は続く。親の仇、チャウグナー・フォウンが待ち受けるンガイの森を目指して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る