07 「ムキマッチョvs.細マッチョ」

拘束されたままの舜が樽の中に入れられる。ゲームへの参加を希望した観客たちが列をなし、順番に思い思いの場所に短剣を樽に、舜の肉体に突き立てる。

 舜の口から言葉にならない呻きが漏れる。肉をそがれ、重要臓器を巧みに避けながらも鋭い刃先が何度も舜の身体を蹂躙する。7、8人が刺したところで「当たり」が出たようだ。


 刃を抜き出した途端、樽の底のギミックが作動し、舜の身体が思い切り上へ射出される。

観客から笑い声と拍手が巻き起こる。舜は身体から先程戦ったヘルハウンド強化型からコピーした「空気の刃」を使って拘束を解く。本来なら「紅蓮」を使って焼き切るところだが、あいにくとジャックに権能スキルを盗まれてしまっていたのだ。


「ほほう、小僧、貴様『風使い』だったのか?」

舜は風の噴射で着地するも貧血気味である。

「そういえばキミはエクセレント4とはどういうご関係かね? 」


「別に。サインが欲しいほど好きにはなれないね。ただの同業者さ。」

男爵の問いに無関心さをむき出しにしつつ、舜は落ちていた剣を拾う。細身で鋭く刺し通すための剣。先程舜の身体を貫いた剣である。


「それと、坊やのその回復力。魔人の力だろう?きみは強化人間ミュータントなのかね?」

「いや、この力は借り物でね。俺はただの人間だよ。それとビーニッヒ男爵。申し訳ないが、今日はあなたを斃しにきた。」

そう言って剣を男爵に向けた。


「なるほど、今度は決闘デュエルをお望みかね?よろしい、相手をして差し上げよう。」

男爵は愛用の槍を取った。二俣の槍だが、それは男爵が掴まれると捻りあって一つになる。

「ロンギヌスの槍か⋯⋯。」

とは言え「魔人」が「聖槍」を使うというシュールさにツッコミを入れるのは無粋である。


一歩前に踏み出すと一瞬ふらつくが踏み止まる。身体中に血が戻っていくのを感じた。

「ほほう、もう回復しましたか。では遠慮なく。」


男爵も上着を脱ぎ、シャツを破り捨てる。その下の肉体は鍛え上げられたとしかいいようのないほど逞しいものだった。

「ベル、戻れ。」

ベルが舜の元に戻って来る。

上半身裸の男二人が武器を持って対峙しているのだ。

「すごい絵面ね。細マッチョ対ムキマッチョ。女子は盛り上がりそう。」

ベルが感想を述べる。



「せええええい」

男爵が跳躍して上から槍を振り下ろす。舜は避けると剣で男爵の足を払う。しかし、「斬る」ための剣ではないためダメージは限定的だ。男爵は次から次へと槍を振るう。

「うーむ。射程の差は如何ともし難いですね。」

マウントバッテンは残念そうに言う。しかしマルゴーにはわかっていた。

「そうかしら?」


風よウエントス!」

剣が勢いをつけて放たれ、男爵の肩に突き刺さる。


「威力が弱いな。所詮はヘルハウンド並みか。」

舜は落ちていた剣を次々と呪文で飛ばすが男爵には対応されてしまう。


その時、壁が真っ赤に熱せられる。大きな丸い穴が開くとそこからジャックとイーサンが現れれた。ジャックは両腕にサラとフェリシアを抱えていた。


「よう、宴もたけなわ、って感じじゃないの。」

「待たせたな、ディーン。」


ジャックはイーサンと合流して収容施設を巡りフェリシアを探し当てたのだ。そして舜にガラティーンを投げて寄こす。

「お代は後で寄越せよ。」


舜はガラティーンを抜く。

「ベル。セラエノ断章フラグメンツ!」

「OK。最適化オプティマイズ!」

ガラティーンの刀身が細く長く鋭くなる。いわゆる「レイピア」の形状だ。


「へえ。パワー型の男爵相手にスピード勝負か。」

「いや、人は見かけによらんようだぞ。。」

男爵はものすごいスピードで撃ちかかる。そう、ただのパワータイプではないのだ。

「おいおい、あの身体でスピードタイプかよ。」

ジャックとイーサンは人ごとのように論評する。


舜も応戦するが、男爵がスピードとパワーで上回る。男爵は勝ち誇ったかのように言った。

「どうだ、降参かね?」


その時、ジャックに抱かれていたサラがその腕をぽんぽんと叩いた。

「どうしたのサラちゃん、おトイレかな?」

「しゅん←」

サラが首を振る。

「わーってるよ。ごめんごめん。あんまりかわいいからつい、からかっちゃったよ。」


ジャックが腕を緩めるとベルがサラに入る。

サラは踊るように空中を舞う。

「しゅん⇨」

伸ばされた舜の手を両手で握りしめる。舜はそのままサラを肩に乗せた。


「ほう、娘さん、いや妹さんかな?」

男爵の問いに舜は少しだけ表情をゆるめた 。

「いや。俺の『相棒』だ。ベル、いくぞ。」

サラの身体が再び舞い上がる、それと同時に舜は男爵に切りかかる。

「踏み込みが甘い!」

男爵が槍を振り上げようとしても槍が動かない。槍はベルが操る魔糸で床に繋がれてしまったのだ。


 その時できた一瞬の隙を舜は見逃さず、がら空きになった男爵の脇腹からガラティーンをつき入れる。それは肋骨の隙間をぬって肺から心臓へと貫いた。その痛みに男爵が叫ぶ。

「くそおおおおおおおおおおお。こんな若僧にいいいいいいいい。」


飛び散る血飛沫に観客はどよめきと悲鳴を上げる。舜は自分の手の甲を濡らした血をなめる。舜は「加速アクセラレータ」を習得した。


「マルゴー、私たちもそろそろ出ようか。」

マウントバッテンが腰を上げた。

「あら、これからいいところなのに。」

マルゴーが抗議するように言う。

「確かに観客としては興味があるがね。ただ私がジャックとイーサンの邪魔になってもいけないからね。」

「そうね。」

二人は会場を後にした。


舜に急所を貫かれ、ひざをついた男爵の肩が震えはじめる。

「もはや『人の形』は保てまい。」

マウントバッテンの感想通りであった。


 男爵が絶叫すると、その体がさらに巨大化していく。それは巨大なヒキガエルのような形をしていた。その肌は灰色がかっており、脂ぎってぬるぬる、そしててらてらと会場の照明を反射する。

 その顔には目も鼻もなくピンク色の短い触手が何本も生え、うねうねとうごめいている。


これが男爵の正体、「月棲獣ムーンビースト」である。

「下等な生物めが。」

男爵は怒り狂っているのか、縫い付けられた槍を引っこ抜くと、槍を振り回し、今度は舜を地面に縫い付けようと何度も振り下ろす。その敏捷性は並外れていた。


「人型よりもはるかに速いですね。」

ベルが解析する。

「ムーンビーストは魔力による加速性能があるわ。術式は『地の一族』と同じ系統ね。つまり、重力志向の操作によるものよ。この加速や急停止に耐えるにはあれくらいの筋肉の鎧をつけないと内臓がずたぼろね。」


「俺のことも忘れてもらっちゃあこまるな。」

その時、ジャックが舜の隣に立つ。

「紅蓮。」

ジャックの身体を炎が包む。


「下等生物がああああああ。」

重力波と火炎が真っ向からぶつかる。それは対消滅した。

「ばかな。」

驚く男爵にジャックが高説をたれる。

「知らないの?地の魔法と火の魔法は同等、だからこうなるんだぜ。」

四元素魔法は四すくみであり、水は火に、火は風に、風は地に、地は水に強い。そして相向かいの力、つまり火と地、水と風は同等なのだ。


「そうじゃない。魔神と人間の力の差がないことに男爵は驚いているのさ。」

イーサンがジャックに説明してやる。

「ああ。俺はただの人間じゃねえ。選ばれし者ミュータントだからな。」


ジャックの放つ焔はこれまで舜が使っていたレベルをはるかに凌駕していた。ベルもそれに驚く。

「舜が使うよりも大出力ね。おそらくMr.ジャックは盗んだ権能を『最大化』させる能力があるのかもしれません。」

そいつは理不尽チートだな、舜は吐き捨てると自分も魔法を放つ。


「くらえ、アイス・ラッガー!」

舜は氷の刃を作り出すと風で飛ばす。それは男爵の顔をかすめ、触手の先を刈り取った。

「ぼぼぼぼぼぐぼぼ。」

男爵はもはや人とはかけ離れた声を出してうめいた。


「あいつはお前と『似た』権能があるからな。あいつはここにくるまえに魔人ユキオンナを倒している。つまり、ユキオンナとヘルハウンドの力をアレンジしたんだろう。あいつは盗んだ権能を『最適化』できるのかもしれんな。」

イーサンの解説にジャックはそいつは理不尽チートだな、と呟く。

「ただ、威力には欠けるがな。」

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