04 「二人の母親。」

舜は一度、バーバラの家に戻った。彼女にはフェリシアを攫った犯人は警察署長のニッカネンではなく領主のビーニッヒ男爵であることを告げる。だから、もう無理なことをして事を荒だてないようにと勧めたのだ。なにしろせっかくフェリシアを助けられたとしてても、彼女に帰るところがなければ困るからだ。


バーバラは自分の蓄えを舜の前におき、これで娘を助けて欲しいと頼んだ。舜はさる「お大尽」から金を貰うことになるから無用だと断るとせめて宿だけでも提供させて欲しいと申し出た。


彼女の安全のことも考え、舜はそれを受けることにした。そこから三人の共同生活が始まる。バーバラの家はダイニングキッチンと小さなバスルーム、そして親子の寝室しかない。バーバラは自分たちの寝室を舜とサラに明け渡し、キッチンで寝るようになった。


母親、と言ってもバーバラはまだ25歳、若い女性である。

バーバラは男性が苦手というか男の「性」に恐怖感と嫌悪感を持っている。それは幼少期から性的な虐待を受け続けた結果である。それでも舜にそこまでの拒絶感がないことに彼女にとっても不思議だった。


「サラちゃん、何か苦手な食べものはある?」

「しゅん」

「この娘は肉が食べられないんです。」

バーバラは笑った。彼女の料理には肉のようなものが入っていたのだ。

「よかった。私も食べられないわ。だって、買えるほどのお金がないもの。だから、これはお肉じゃなくて植物性タンパク質よ。んー。小麦の糠からとれるの。」

いわゆる「ふすま」である。お麩の原材料といえば馴染み深いだろうか。

でも、サラは肉かどうかにかかわりなく「肉」のようなもはなんでも苦手なのだ。


こうして仮初めの「家族ごっこ」が始まった。


数日後、舜はナイジェルの事務所に呼び出される。そこにはジャックともう一人の男が待っていた。男はイーサン・ピースメイカーと名乗った。

今回はエデンから依頼が来た。というのだ。ビーニッヒ男爵は元々はフェニキア商人であったが、人間を密輸しようとして本国から追われ、スフィアに亡命した人物だったのだ。


「実はやつの正体は『魔人』でね。」

ナイジェルは言いづらそうに説明を始める。幻夢境にいる「月棲獣ムーンビースト」と呼ばれる種族で自分たちの嗜好を満足させるために人間を集め、それを密貿易していたのだ。


「嗜好⋯⋯ですか?いったいどんな。」

舜は聞き返す。ナイジェルは小さな娘サラがいるのにこんな話をしていいのか躊躇った。

「大丈夫です。この娘はもっとひどいモノを目にしていますから。」


「『拷問』だよ。それも『筆舌に尽くしがたい』というレベルのね。これはあいつらにとっては娯楽なんだよ。だから我々フェニキア連邦は彼らの種族を排斥したのだ。」


「そうか?うちの貴族連中もさほどかわらないと思うがね。」

イーサンがさらっと嫌味を言う。

「いや、さすがに同列に並べるのは、というレベルだ。クレイジーでマッドネスなんだよ。ここの人造人間の販売もどうかと思うが、それでも軍事用(兵士)か(性的な)愛玩用だ。しかし、やつは拷問用に取引をする。やつらにとって感情のない人造人間ではリアクションが鈍くて満足できないんだそうだ。心のそこから痛みと恐怖と絶望を表してくれないとダメなんだそうだ。」


「そりゃたいそうなご趣味なこって。」

流石にジャックも呆れたようにため息をつく。

「悪いが、ムーンビーストと取引があるような国との通商は御免蒙る。そうフェニキア連邦政府がおたくの貴族たちに三行半みくだりはん(絶縁状)を突きつけた。それで今回、こうして三人に依頼することにしたんだよ。」


「お話はわかりました。」

しばらくは三人での作戦会議が続く。警察署長からも男爵の屋敷の図面が届けられた。

「あとは例の秘密施設の図面が届けばほぼ準備は完了だ。そういえばディーン。お前、あのバーバラ・グリーンの家に転がり込んでんだって?やめとけよ。情が移ると判断が鈍るぞ?」

ジャックの忠告に舜は頭を振る。

「そんなんじゃないさ。だいたい、彼女は男性恐怖症だ。」


とはいえ、最近はバーバラを含め三人で寝室で寝るまでになっていたのだ。流石に女性を硬い床の上で寝させるのは舜も気が引けたのだ。

「サラちゃん、良く寝ているわね。」

二人はよく話もするようになっていた。

「ああ。いつもは天井が低いところで寝てるからな。ゆっくり寝られるんだろう。」


舜はサラと共に両親の仇の魔人を追っていることも話していた。どんな両親だったのか。バーバラは寝物語に良く聞いてくるのだ。

「俺の両親は2回死んでる。俺をオヤジのキャラバンまで連れて来た両親⋯⋯だと思われる大人。そして、俺を育てあげてくれた両親。そのどちらもだ。」

だから舜には名前が二つあるのだ。宝井舜介=ガウェイン、そして父のテラがつけてくれたディーン・サザーランド 。


「お母さんはどんな人だったの?」

「生みの親、それとも育ての親?」

養母ユリアが舜とサラをかばって魔獣に連れ去られてしまった話はした。


「俺を連れてきた母親の本当の名前は知らない。母は父と俺をとある研究施設から連れ出した科学者だった⋯⋯。それも推測だ。」


魔獣狩りから引き揚げてくるところで、テラはカーチェイスに出くわしたのだ。追われた車は崖から転がり落ち、爆発炎上する。テラは現場に駆けつけたが車はすでに手のつけられない状態だった。そして、車から離れたところに、車から放り出されたと思われる女性と赤ちゃんを発見したのだ。

保護されたとき、彼女はぼろぼろになり泥で汚れた白衣を来ていたのだ。キャラバンに連れ帰られた彼女は「ネメシス」と名乗ったそうだ。それは「復讐の女神」の名だ。ただあまりにも物々しい名前なのでテラとユリアは彼女を「ナンシー」と呼んでいた。


そして、半年後、再び彼女を追っ手が迫って来た。EDENが、大大的に捜索していたのだ。その女性の名は「ケイトリン・ファラデイ」。おそらく、いや間違いなくナンシーのことだった。

彼女には多額の懸賞金がかけられていた。テラは箝口令を敷いたが、懸賞金に目が眩んだキャラバンのメンバーにナンシーの存在を密告され、キャラバンについに追っ手がやってきたのだ。


「これ以上、お二人には迷惑はかけられません。」

引き止める二人にナンシーは頭を深々と下げた。

「この子をお願いします。⋯⋯この子は私の実の子ではありません。人類の将来を託された子どもです。EDENはこの子の抹殺を狙っています。お願いです。人類の未来のため、なんとか自分で生きられるようになるまではこの子を保護していただけないでしょうか?」


ナンシーはテラとユリアに舜と宝剣の「ガラティーン」を託した。そして、自分は子供に似せた人形を抱いて逃げ、追っ手に殺されたのだという。そこまでして存在を抹殺する必要があったディーンとは何者なのか、バーバラも疑問に思った。


「じゃあ、あなた一体何者なの?」

バーバラの問いに舜は笑った。真に受けてもらえるとは思ってもいなかったからだ。

「ディーン・サザーランド 、『カインの末裔』さ。」

舜はそう言って笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る