03 「断崖絶壁の収容所」

舜は心臓の鼓動が早さを増すのを感じながらなんとか冷静さを失うまいとしていた。


「なんてな。ディーン、こんなところで逢うなんて奇遇だな。どうしてこっちの屋敷に入ってきたんだ?」

背中に突きつけられた銃の持ち主はジャックであった。舜は息を静かにはいた。

「手を下ろしても構わないかな?ジャック。」

「ああ。静かにな。」


舜はなぜ署長ではなく領主が怪しいか説明した。

まず、バーバラを拘禁せずにすぐに解放したことだった。もし少しでも彼に疚しいことがあればバーバラを解放せずに口を封じたはずだからだ。そして、子供の誘拐に「夢引き」をもちいることがわかったからだ。高位の魔獣である魔人が関係するためには、貴族の飼い犬に過ぎない警察では役不足であり、もっと大きな権力の関与が必要である。この町でそれができるのはただ一人、領主のビーフェルト男爵しかいないからだ。


「ほう、合格だ。実は、俺の方はあの警察署長からあの領主が怪しい、って調査を頼まれていたわけさ。署長にしてみりゃ下剋上の千載一遇のチャンスだからね。」


舜はベルにセキュリティの有無を確かめさせる。地下へのエレベーターは男爵たちが先程通行しばかりのたため、セキュリティが切られているようだ。

「おお、ナイスバディな可愛い子ちゃんだねえ。実体つけて俺と楽しいことしない?」

現れたベルにジャックは口説き始める。ただあまりにもストレートな表現に

「あなた、その口説き方で女の子を落としたことがあるの?」

思わずベルは訊いてしまう。


「それを知りたきゃ着いてきな。」

三人は隠し通路へと向かう。ジャックは銃を舜はガラティーンをぬく。

「しかしディーン。お前『妖精さん』まで飼ってるのかよ。ほんとはどこかのお坊っちゃまだったりするのか?」

ジャックは当然「有人格アプリ」の存在を知っている。

「さあね。もしそうならこんなところじゃなくて、ビーチでふんぞり返ってお日様でも浴びていたいよ。」

「ちがいねえや。」


通路の先はエレベーターのみであった。換気口もあるにはあるがセンサーが取り付けられており、無理に外せば感知されるリスクは高い。

「どうする?ここまでフリーパス、ってこたあエレベーターで下りたらそこで罠がお待ちかね、てもんだな。」

ジャックの予想に舜は頷く。

「やれやれ、こんな大事になるんだったらイーサンでも呼んでおくんだったな。でもとりあえずディーン、今日はお前が俺の『相方』だ。」

ジャックがエレベーターのボタンを押すとゴンドラが滑らかに降りはじめる。

「俺、『ツッコミ』苦手ですけど。」

舜が返すとジャックはにやりと笑った。

「なあに、たまには『Wボケ』もいいんだよ。」

「どうして?」

チン、レトロな音で到着を告げると格子状の扉が開く。

「誰もブレーキをかけられないからな。」


それダメじゃん。ベルがツッコミを入れた。そこに待ち受けていたのは凶悪そうな黒い犬であった。

「ヘルハウンドか⋯⋯。」

ジャックが口笛を吹く。


それはドーベルマンに似た真っ黒な大きな犬で、その背中には翼がついている。その目は赤く輝いていた。


打ちっ放しのコンクリートを歩く爪の音がする。

「ちなみに、犬は飼ってたことある?」

「俺の実家だったところは魔獣狩りだ。犬は友達だよ。」

「それじゃごめんね。」


ジャックと舜が二手に分かれる。どちらにせよ囲まれるならまだ背を壁に預けていた方がマシだ。


舜の周りを数匹のヘルハウンドが取り囲む。正確には壁を背にしているので「半包囲」というところか。背中にはサラが背負われている。舜が敵に背を向けられない所以だ。


ヘルハウンドたちは舜をしばらく観察していたが、危険は手に持っているガラティーンだけと踏んだのだろう。時間をずらして次々と襲いかかる。


まさに一匹が「飛び」かかってきた。舜はガラティーンでそれを防ぐ。ヘルハウンドは舜の背後の壁を蹴って再びもとのポジションに戻る。

それと同時にもう一匹が地を這うような低い姿勢から舜の剣を持つ袖に食らいつく。

しかし、あまりの腕の『熱さ』にすぐに口を離した。


「お前『猫舌』か?犬のくせに。」

舜は「紅蓮」を発動させたのだ。

ガラティーンが熱を帯び、その刀身が赤く輝く。


犬は武器がその牙である以上、攻撃対象と接触しなければならない。しかも、感覚器官の密に集まる頭部を使ってだ。舜は怯んだヘルハウンドを一匹、また一匹と斬り斃す。ただ空間が限定されている場合、空気が熱くなり過ぎないよう気をつけねばならないのだ。


「ほう、あれが噂の『紅蓮』か。ずいぶんとイイもん持ってんじゃないの。」

ジャックがつぶやく。ジャックは銃で応戦していたが、尻のポッケから銀の銃弾を取り出す。


ヘルハウンドにとっては致命的な武器だ。ジャックの銃を持つ腕に食らいついた。

「ああ、痛たたたたたたあああああ。」

ジャックは間抜けな声を上げるがにやりとわらった。

起死回生デッドオアアライヴ

ジャックが呟くとその腕に食らいついていたヘルハウンドがみるみる萎びていく。ものの10秒程度で骨と皮だけになったヘルハウンドは、ジャックが軽く腕を振っただけで振り落とされた。


「舜、ミスタージャックの技スキルを見ましたか?あれは寿命のコントロールができるのかもしれませんね。」

ベルが囁く。

「さあ、俺の方にはよそ見をしてる暇がないんですけど。」


10分も経つ頃には無事に動けるヘルハウンドはいなくなった。その先にあったものは収容施設だった。強化ガラスが壁面となり、おそらく内側から外は見えないいわゆる「マジックミラー」になっているのだろう。そこに幼い子供達が入れられていたのだ。


ある子供は泣き叫び、別の子供は絶望した表情で横たわり、別の子どもは床に座ったまま天井を見上げていた。しかし、「フェリシア」の姿はそこには確認できなかった。もう売られてしまったのか。さらなる収容施設が存在するのか、そのどちらかであろう。

「こりゃひどい。」

舜が吐き捨てるように呟く。

「助けるかい?正義の味方のように。」

ジャックがにやりと笑う。

「いや、今日は無理だ。」

「おいおい、かわいそうなこどもたちを見捨てるのか?」


「二人で全員の面倒は見切れないさ。だいたいどうやって連れて帰るんだよ。一度、ナイジェルと相談しなきゃ。⋯⋯追加料金のな。」

舜の答えにジャックは満面の笑みを浮かべた。

「そう、そう来なくっちゃ、相棒。」

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