02 「パーティーの闖入者」
ナイジェルは2枚のチケットを取り出した。
「二人ともシーフードは好きか?ここにパーティへの招待状がある。私の名代としてはいれるだろう。」
「どこのパーティですかい?」
「領主のビーフェルト男爵閣下のだ。海開きのイベントのね。バカンスに来た貴族たちが相手だから料理は間違いなくいいものがでる。そこでだ。」
ナイジェルは何枚かの写真をデスクにおく。警察帽をかぶった貫禄のある男のものだ。
「こいつは警察署長のボリス・ニッカネンだ。土民あがりの剛腕署長でね。どうも彼が例の『ハーメルンの笛吹き』に関係しているんじゃないか、ってタレコミがあってね。男爵閣下から調査の依頼が来ているんだよ。」
「ハーメルンの笛吹き」とは連続幼児失踪事件である。魔人の「夢引き」能力を使って子どもたちをおびき出して誘拐を繰り返しているそうなのだ。これまでは土民の子供だけだったのでそれほど問題にならなかったが、バカンスに来ていた貴族の子息が行方不明になり、警察がようやく重い腰を上げたのだ。犯罪とは被害者が貴族の場合に限られているのだ。
おそらくフェニキアの「奴隷商人」と繋がりがあるはずだ、と見られてフェニキア人であるナイジェルが元締めを務めるシンジケート「ダイラス=リーン」に白羽の矢が立ったのだ。ちなみに「ダイラス=リーン」はナイジェルの故郷の町の名である。
「地球人種テラノイドは『優秀』ですからね。⋯⋯『奴隷』としては。」
「おいおい、皮肉か?」
「いえいえ。ディーン。先に降りて待っていてくれ。俺は旦那に話があるんだ。」
「よお、待たせたな。」
ナイジェルと個人的な話があるから、と先に舜とサラをいかせていたジャックが二人においついた。
パーティーの会場はこの町いちばんの高級ホテルの最上階の展望レストランを借り切って行われていた。
舜はベルに署長の調査を任せると、とりあえず料理に集中した。サラもシーフードは食べられるので好きなものをとってやる。ジャックもよく食べる。
「サラちゃん、お肉もあるぞ。」
サラが首を振る。
「なんだ、お肉嫌いか、大きくなってもボインちゃんになれないぞ。」
サラがプイっと横を向く。
「ほら、サラ、カニが剥けたよ。食べてごらん。」
「しゅん⇈」
サラもおいしさにテンションがあがっていた。
「サラは魔獣狩りの様子をよく見てたから、肉は好きじゃないんですよ。」
ジャックはカニの方がよほど「宇宙生物」ぽいけどなあと思ったが黙っていた。
「ベル、署長に近い人間にも探りをいれておいてくれ。」
食欲を満たした舜がベルに命ずるとベルは他の人間に注意を向ける。
「ねえ。あそこの女性スタッフがなんかおかしいんだけど。」
その女性スタッフはなにか仕事をするわけでもなく、警察署長の様子をずっと見つめているのだ。その表情は思い詰めているようにも見える。
「おいディーン、気が付いたか?あの女、なにかやらかしそうだぜ。」
ジャックが耳打ちする。止めるのか、という問いにジャックは首を横に振る。こういう場合、なにかアクションをおこしてもらった方が判断材料にできるだろう。
すると突然、その女性スタッフはつかつかと署長に近づき、その目の前に立つ。きょとんとした顔の署長の横面にいきなり平手打ちを見舞った。ばちん、というクリティカルヒット音が会場にこだますると、一瞬のうちにパーティー喧騒がとまる。女は大声で言った。
「わたしの娘を返しなさい。この人さらい!」
そのあとはざわめきが会場を支配する。
「あなたが『ハーメルンの笛吹き』なんでしょ。わかっているんだから!」
「お嬢さん、あなたが何を仰っておられるのか私には皆目見当がつきません。」
署長の合図で護衛役の警官と思われる二人の男性が彼女の両脇を固めると会場から連れだした。
「おい、追うぞ。」
ジャックに促され、舜はサラを抱き抱えると会場をでる。ロビーで簡単な取り調べを受けているようだ。時折ヒステリックに大声を上げながら警官たちに食ってかかる。ホテル側の責任者も彼女が短期のアルバイトであることを説明する。どうもこのパーティーへの闖入を狙ってたようだ。
彼女はホテルの外にそのまま追い出されてしまった。彼女は頭を抱えながらトボトボと歩くと近くのベンチに座り込んでしまった。
「あの、お話を伺ってもいいですか?」
彼女はマスコミ関係者が話しかけて来た、と思って期待に顔を輝かせたが、舜とジャックがただの旅行者と知ってがっかりしたようだ。それでも、彼女は話を始める。
彼女の名はバーバラ・グリーン。彼女は自分の生まれ故郷を知らない。というのも幼い頃に誘拐され、「天空宮殿」へと連れ去られたのだ。彼女は貴族の慰み者として過ごして来た。18歳になった頃、彼女は子供を身籠ってしまう。やがて娘を出産するが、彼女に「飽きた」貴族はこの「下界」へと彼女と娘を追い払ってしまったのだ。
彼女は一人で娘、その子をフェリシアと名付け、育ててきた。その娘が帰ってこないのだ。フェリシアはサラと同じ6歳だという。
「確かに、あの子が疎ましいと思った時もありました。でも、やっぱりあの子は私の娘なんです。貧しい暮らしでも構わない。私と同じような惨めな人生を送ってほしくないんです。」
舜はフェリシアがどういう手口で攫われたのか聞いてみる。やはり最初は「夢引き」だったという。大きな丸い月から馬車が迎えにくる夢だそうだ。キミの本当のお父さんは貴族なんだ。キミは実はお姫様なんだよ、という呼びかけを夢で何度も呼びかけてきたという。
確かに娘の父親は貴族には違いない。ただそれは遺伝子上の話であって、法的にはなんの関係もないのである。
「あの、お願いです。フェリを、娘を助けていただけませんか?私、なんでもやりますから。」
バーバラは舜が「カインの末裔」であると知ると頼みこんできた。ジャックはにべもなく断る。
「一応、俺は別のルートで署長の調査は頼まれているんでね。助けるかどうかは別に、ついでに探してはあげられるかもね。」
舜はあまり乗り気ではなかったが、必死に頼むバーバラに根負けしてしまった。
「それじゃあ、今日は『ごちそうさん』。とんだパーティだったな。俺も仕事があるんでな。また、どこかで会ったらまた飯でも食おうぜ。」
ジャックとは別れ、舜はバーバラの家に招かれる。それは彼女の娘、フェリシアの写真を見るためであった。フェリシアは金髪の聡明そうな顔立ちの女の子であった。父親によく似ているという。
「だから、この娘が大きくなるにつれ、私は複雑な気持ちでした。でも、どうしてもこの娘は私の娘なんです。お願いします。」
かなり思いつめていたのだろう。彼女がまだ二十代半ばと聞いて舜はもう一度彼女を見てしまったのだ。「疲れきった」という表情が彼女を年齢以上に見せているのだろう。
「母親か⋯⋯。」
舜はかつて自分の遺伝上の両親を知らなかった。彼にインストールされた「ベル」の情報から知らされたものしか知らなかったのだ。舜を養父母テラとユリアのもとに連れて来た「母親」、その記憶もほとんどなかったのである。
舜はサラを連れて高級住宅街へと向かった。そこに件の署長の住宅もあるからだ。しかし、舜とサラが侵入した先は署長の邸宅ではなく、住宅街の外れにある領主のビーフェルト男爵の屋敷であった。舜はサラを操るベルに魔糸をつかってあっさりと入る。領主の家は断崖にたてられているのだ。その断崖を魔糸をつかって降りていく。屋敷の地下が断崖ぞいにビルのように真下のプライベートビーチまで続いていた。
その断崖の中腹にある換気口から入りこむ。そこは管理用の回廊もかねていてプライベートビーチから直通ではいれるホールを上から見下ろすことができた。
そこには領主の男爵と客と思われる数人の男たちが。さらに地下へと入る秘密のエレベーターに乗り込むところであった。まだ地下があるのか、少し驚いた瞬間、舜は自分の背中に冷たい銃口を突き付けられるのを感じた。
「動くな。ゆっくりと手をあげろ。」
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