第4章:「月棲獣【ムーンビースト】」
01 「ハーメルンの笛吹」。
砂漠を渡りきったところは海岸線であった。波が朝日を浴びてキラキラと輝く。 砂漠が海岸線まで押し寄せ、砂丘をつくっていた。海岸線を走り続けるうちに、やがて砂丘の砂が白くなっていく。それは徐々になだらかな砂浜となる。整備された街道に入ると、その両脇には街路樹としてココ椰子や棗椰子が植えられ、南国の雰囲気を醸し出していた。
向こうに高いビルやヨットハーバーが見え始める。リゾート都市、「コートジペルル」である。「真珠海岸」という意味を持ち、風光明媚な保養地として多くの貴族たちの人気を集めていた。太陽光線が有害でしかない宇宙空間に居を構える彼らは、こうしてわざわざ太陽光線を浴びに地上まで降りてくるのである。
「だったら最初から地上に住めばいいんだよ。」
舜の意見にベルは意地悪そうに言う。
「バカねえ。それを『贅沢』とい言うのよ。全力で無駄なことをするのが金持ちの悪いところね。でもその無駄が文明を発展させるのよ。」
確かにこの貴族のバカンスを当て込んでこの都市は経済が回っているともいえる。
「しゅん←」
サラがシェードを上げろと要求する。シェードがあがると潮風が吹き込み、サラは気持ちよさそうに伸びをする
「しゅん⤴︎」
サラのテンションが上がる。舜はバイクを路肩に止めると、サラの髪を結わえポニーテールにする。上着も脱がしてやり、彼女の腰にまく。
「しゅん➡︎」
再び走り出すと、より一層快適に風を感じられたのだろう。サラのテンションはさらに上がっていく。
「ごめんね、サラ。残念ながら俺たちのホテルはこっちの裏通りだ。」
高層ホテルの裏側の通りに入ると潮風はやみ、陽も翳り、海沿いのジメジメした湿気だけが残る。くすんだコンクリート造りの粗末な建物、それが今回の二人の宿である。
「しゅん↘︎」
ガッカリしたようである。舜がチェックインの手続きをしていると、そこに身なりの良い青年が現れる。
「こんにちは、お嬢さん。カインの末裔だね、今回君のお兄ちゃんに仕事を頼んだものだけど、迎えに来たんだ。どう、ぼくはそこのホテルに部屋をとってあるんだ。そこで仕事の打ち合わせをするんだけど、先に行っていようか。トロピカルジュースもあるよ。」
サラは舜の仕事の相手だ、といわれて思わず信じてしまった。そして、高層ホテルの部屋に入れるという希望に思わず、警戒心を緩めてしまったのだ。でも一応舜にも確認しておこう、そうサラが振り返った時、その身体はふわりと抱き上げられ、口は塞がれる。
男は一目散に走り出す。さらわれる。サラは恐怖で身体が硬直した。
しかし、男の行方を別の男が塞いだ。狭い路地を長い脚でふさぐ。男は心底蔑んだ視線を向けた。
「よお。その子は手を出すには最低でも15年は早いんじゃない?俺は20年待つかなあ。」
「そこをどけ!俺を誰だと思っているんだ?俺をシュレーディンガー侯爵家の⋯⋯。」
男がすごむ。しかし、男は貴族の名を出されようと一向に怯まない。
「ただの、人さらいだろ?まあ、身なりからして最近巷でうわさの『ハーメルンの笛吹き』とは違うようだな。ただの変態ロリコン野郎だ。」
「くそ!」
人攫いが強硬突破しようとするも、男が襟首を後ろから引っ張りあげる。重力制御グローブの助力もあるがかなりの握力だ。そのまま首をしめあげる。
「サラ!」
戻って来た舜が異変に気づいて駆けつける。男は堪らずサラを手放し、締まった自分の襟に手をやる。放り出されたサラは重力制御ブーツで跳躍すると舜の腕に収まる。
「ごめんなサラ。目を離してしまった。大丈夫だったか?」
「しゅん⬇︎」
サラはよほど怖かったのか、目に涙をためていた。
「くそ。」
男の手が緩められ、解放された人攫いは這々の体で逃げ出した。
「追った方が良くないか?」
手を腰に当て逃げ出す人攫いを見ている「救世主」に舜は尋ねる。
「なああんの、そんなんムダムダ。身なりから言って、ご本人の申告通り貴族のドラ息子だろうよ。捕まったところでお巡りさんに賄賂払って放免よ。それより気をつけろよ。この街は昔から子供攫いが多いんだ。」
「助けてありがとう。俺はディーン・サザーランド 。カインの末裔だ。この子はサラ。俺の妹だ。」
「なんのなんの。サラちゃん、15年経ったらオレとデートしような。オレはジャック・スチール。フリーランスのハンターだ。」
ジャックはお礼を支払おうとして財布を取りだそうとする舜を制する。
「気にすんな。こういういい事は『ただ』でやるから気分がいいんだ。汚ねえ仕事は金貰ったって気分が悪い。」
ジャック・スチール、どこかで聞いた名だな、そう思いながら、舜はお礼に彼を食事に誘った。
「なんだ?若いくせに金があんのか?」
舜の身なりを一瞥して疑問を挟むジャックに舜はウインクする。
「まあ、任せてくれ。金が入る目星は付いていてね。ちょっと寄り道させてくれ。うまくいけば豪勢な食事ができそうなんだ。」
ジャックは破顔する。
「そいつは頼もしい。じゃあ『満漢全席』とでもいきますか。なにしろ貴族相手のレストランも多いからな。何でもあるぜ、この町には。」
そして、アヴェンジャーで舜とサラ、そしてジャックが向かったのはフェニキアの商館であった。そこには舜が所属するシンジケート、ダイラス=リーンの支部も入っているのだ。
受付から通行を許可された三人がエレベーターに乗って向かった先は「会長室」であった。
「あんた、ここの会長知ってんの?」
「まあオヤジの代からの付き合いさ。と言っても俺が世話になっているのは、まだ1年くらいかな。」
「ディーン、ようこそ。良く来てくれた。」
そこに姿を現したのはシンジケート元締めであるナイジェル・ジェノスタインである。ナイジェルは銀河を股にかけて商売をする通商国家フェニキアの商人で副首都星カルタゴの出身である。カルタゴ星人はネコミミ人種であり、ダンディな口髭の紳士である彼の頭の上にはりっぱな猫耳が乗っていた。
「サラ、大きくなったね。おじさんのことを覚えているかな?」
サラはこくこくと頷く。そして目を見開き、ときおりピクリと動く猫耳を「ガン見」していた。
そして、ナイジェルは舜の連れに大いに驚いたのだ。
「⋯⋯ジャック!ジャックじゃないか。いったいどうしてこんなところへ?」
二人は知己だったようでハグを交わす。
「こりゃご無沙汰してました、ナイジェルの旦那。今日はたまたま
「そりゃ奇遇が過ぎるな。おいディーン、お前、ジャックがあの『エクセレント4』のメンバーだって知らなかったのか?」
ジャック・ライアン・スチール。名は有名だが、テレビに現れる時はいつも覆面姿なのだから、知りようはない。
「ああ、そうだったんですか?そういえばどこかで聞いた名前だ、とは思ってましたけど。あまりテレビは見ないんですよ。⋯⋯実はちょっと彼に『借り』を作りましてね。ちょっと要り用なんですよ。」
庶民のスターに全く興味がない様子にナイジェルは苦笑を浮かべた。
「なるほど、『いつも』の金欠か。」
「いや、約束通り、今日は金目のものを持ってきたんですよ。」
舜がポケットからスノークリスタルをとりだし、デスクの上に置く。
「ほう。ちょっと失礼。」
ナイジェルが鑑定用ルーペでのぞき込む。
「ルリム=シャイコースか。なかなかの大物だな。よく倒せたじゃないか。鑑定書を作りたい。悪いがこいつを少しこっちで預からせてくれ。」
「高値でよろしく。」
ナイジェルは秘書に「鑑定課」に石をまわすことと「預かり証」を作成して舜に渡すよう指示した。
「高値がつくとは思うが、残念ながらすぐに金はでない。飯を食いに行くんだろ?それでディーン、ちょっと小遣いを稼いでいかないか?」
「いや、小遣いは『稼ぐ』のではなく『貰える』ものだと思いたいんですけど。」
舜の返しにナイジェルも苦笑を浮かべた。
「私もそうだ。ただ、今回はきみに仕事を頼みたいのだよ。しかも飯つきだ。」
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