07 「冷たき別れ。」

カレンは「椅子に座り」、流れゆく製造ラインを見つめていた。そこがここ数日の自分の持ち場だった。

「あら良いわね。あなた一人楽そうで。」

「立ち仕事」のベテラン女子工員がこれ聞こえがしに嫌味を言う。

「大丈夫よ。最近新しい男を咥え込んだらしいわよ。なんかコブ付きの男らしいけど。」

「あらお盛んなのね。」

大声で彼女の悪口を言われるがカレンは気にしていなかった。帰ったらディーンに甘えなきゃ。でもほんとは私の方がお姉さんなのにね。今はディーンのことだけ考えることにしたのだ。その方が幸せなのだ。それが彼女の顔に出ていたのか、女子工員たちのヒステリーはますますヒートアップしていく。


その時だった。カレンは上から何か落ちてくる気配を感じる。あ、と思った瞬間、身体に激痛が走る。声も出せないほど激しく、突然の痛みだった。次の瞬間目の前が真っ暗になり、床に崩れおちる、という感覚。そしてそのまま意識は飛んだ。


次の瞬間、冷たい床にカレンの身体が横たわり、その周りに血だまりが出来ていた。女子工員たちは絶叫し、工場は大パニックになる。


「舜!!」

舜の元にベルが慌てて戻ってきた。

「カレンが死んだ?」


ベルに見張りをさせていたが故に安心していた。なんと頭上から氷柱が落ちて来たのだという。もっとも、平和協定を結んでいるはずの領主の工場でこんなことはしないはずだ、そう高を括っていたのも否めない。

「屋内だぞ。氷柱ができるなんて。」

⋯⋯つまり、手口からして明らかにユキオンナに殺された訳なのだ。病院の遺体安置室で舜はカレンと対面した。「変わり果てた」とは言い難い安らかな死に顔であった。


鋭い氷柱が天井から落ちて鎖骨デコルテのくぼみからから肺と心臓を貫き通したのだという。自分でも死んだのに気づかないほどの即死だったという。綺麗に遺体処置エンバーミングされていたため、生々しさは感じなかったが、さぞかし工場は大パニックだったことだろう。


これは「事」故として扱われ警察も形式だけ捜査して終了したという。犯罪とは貴族相手の行為のみ徹底的な捜査がなされるが土民が「事件」で死んでも、犯人は自動的に殺処分されそれで終わりなのだ。そう、土民には人権がないのだ。


ああああああああああ。


舜は慟哭した。依頼者を、しかも愛し合った者を守れなかった悔しさと悲しさがとめどなく溢れて来た。サラも舜につられて泣いた。二人で抱き合って泣いた。こんな悲しい時に抱き合って共に泣いてくれる存在がいることが舜の慰めであった。1時間ほどは泣いただろうか。サラは泣き疲れて眠ってしまったようだ。舜はサラの涙をハンカチで拭う。ここは泣いている場合ではない。悲しみは腹のなかでゆっくりと怒気に変えられていった。舜は立ち上がった。


「すみません。もう少しこの(カレン)を預かってもらえますか?この娘の兄さんをここに連れて来ますから。」

そう言った舜の顔はものすごい表情をしていたのだろう。病院と工場の関係者が思わず後ずさって道を開けた。舜はサラをお姫様抱っこしたま病院を後にした。


 もう遠慮する必要なんてない。この町の産業などどうでもいい。確かに繁栄に少しの犠牲は付き物だ。ただし、それは自分の関係者でなければどうでもいいのだ。


だから俺も同情しない。ユキオンナを倒さずにエドガーが解放させる方法を模索していたが、その選択肢から消えてしまったのだ。


「復讐者」を意味するアヴェンジャーに相応しい形相で舜は町外れのユキオンナの館へと乗りつけた。雪に濡れ黒く光る生命維持バイタルスーツはまるで喪服のようだった。


 舜はガラティーンを一閃させると、重い鉄の扉は簡単に切り裂かれる。

そこにはすでにユキオンナとエドガーが待ち受けていた。


「重力制御式なのだから、わざわざ壊すこともなかろう。上から入ってくればよかろうものを。」

ユキオンナはなかなかのツッコミをかましてくる。舜は上着を脱ぎ捨てた。両肩に刻まれた「旧神のしるし」にユキオンナはすぐに気づいた。

「おや、その刺青、旧神のしるしエルダーサインかえ?そうかそうか、そなたがかのお尋ね者、宝井舜介=ガウェイン。大始祖に仇なせし者であったかの。」

舜の眼光が鋭くなる。

「そう、まだ彼女にも教えていなかった名前だ。火の刻印開放。燃え盛る魂の怒りを受けてみろ。『紅蓮』!」


舜の右肩の刻印が光る。これこそが「炎の一族」の長、クトゥグアから託された権能の象徴である。

「虚仮威しは効かぬ。ものどもかかれ!」

庭の木々に群れていた姑獲鳥が一斉に舜に襲いかかる。


 きっとユキオンナの脳裏には目玉を嘴で抜かれて内臓も皮膚もぼろぼろに食い破られている舜の姿が浮かんだのだろう。しかし、舜の身体を閃光かとも思える熱気が包んだ。


「これはいかん。」

あまりの熱気に驚いたユキオンナが氷の結界を張った瞬間、その熱気が爆ぜ、姑獲鳥が「蒸発」した。その衝撃波は凄まじく、人間にすぎないエドガーは昏倒しそのまま気を失った。


「我が眷属がこれだけだと思ったら大間違いぞ。さあ出りゃれ!」

おびただしい数の姑獲鳥が夕闇に染まった空を真っ黒に染めた。

「どうじゃ、蕃神の代行者とて、この数では無事ではおられまい。」

なるほど、この姑獲鳥を計算に入れていたのであえて屋外で舜を迎え撃つことにしたのだろう。しかし、ユキオンナの計算はあてがはずれていた。勝ち誇ったような彼女の表情に舜は少しカチンときた。


「そうだな。じゃあ俺も呼ばせてもらうよ。俺の眷属ファミリーをな。」

姑獲鳥の周りにさらに無数の光の粒が現れる。それは夕闇から夕方へと時間が遡ったかのようにあたりを真っ赤に照らした。

「なんじゃ、これは?」

焔の妖精ファイア・ヴァンパイアでさあ。」

舜の代わりに答えたのはサラマンダーともいうべき姿をした魔獣である。このおびただしい光の粒は一つ一つが焔の妖精ファイア・ヴァンパイアと呼ばれる焔の魔獣であり、焔神クトゥグアに奉仕する種族なのである。

「舜坊。サラ様。お久しゅうございやす。この族長フッサグァ、お呼びに応えて一族郎党引き連れて罷り越しやした。サラ様。焼き鳥は塩がお好きですか?醤油ダレでごぜえやすか?」

「しゅん←」

サラがぷいっと横を向く。フッサグァは頭をかいた。

「あはは、まだお肉だめでやんすか?それじゃあ、大人になってもおっぱいは大きくなりませんぜ。……さあ、舜坊、なんでも言ってつかあさい。」

舜は空を覆う姑獲鳥の群れを指さした。

「薙ぎ払え!」


 頭に血が上りすぎですぜ。フッサグァはその言葉を飲み込む。おびただしい光の粒が一瞬のうちに光の強さを増す。まるで大爆破が起こったかのように空が真っ白に染まった。光りが収まると空から姑獲鳥の姿が消え失せていた。それとともに焔の妖精ファイア・ヴァンパイアたちもその姿を消していたのだ。まさに姑獲鳥を「焼き鳥」にしてしまったのである。


「まさか、あの数を一瞬で?化け物か、貴様?」

まさkの顛末にユキオンナの声が上ずる。舜は笑った。

「化け物?お前の方こそいい加減正体を表したらどうだ。」

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