06 「効かない歯止め」
舜の傷は
その日、カレンは徒歩で出社したが3時休みが終わった頃には帰宅して来たのだ。
「どうしたの?今日は早かったね。」
「うん。あなたのことが心配だから……早退させてもらったの。」
そんな日が3日ほど続く。不思議に思った舜はベルを工場に偵察に送った。
なんと、カレンは仕事から外され、休憩時のお茶当番だけさせられていたのだ。つまり、他の工員たちにカレンの分も仕事をさせ、給料は減らさない。聞けばエドガーの「働き」に対する「褒美」だったのだ。
「すごい陰湿ね。まさに
ベルは一瞬体を震わせた。
その晩、カレンが舜とサラの部屋を訪れる。
「私、もうダメかも。」
カレンは舜に縋り付い泣いた。自分のせいで舜が傷つき、今度は周りの人間をまきこむ。このまま舜が死んでしまったら自分はどうなってしまうのだろうか。彼女は切々と訴える。舜はサラを起こさないように彼女の部屋にいった。カレンは仕事のことで皆に責められていたのだ。製造ラインからカレンを抜き、ノルマは減らさずに皆にやらせ、できなければ仲間だけが叱られる。
そのため、同僚から無視されたり遠くから罵声を浴びせられたりしているのだ。
「大丈夫。カレンが悪いんじゃないよ。」
そう舜は言ったがカレンは首をふる。舜を家から追い出し、二度と「カインの末裔」を呼ばないと誓約するまではこの状態が続く、と告げられたのだ。
この雪による豊富な水資源。これこそがこの町ジャレードの財産であり、町の誰しもがユキオンナを倒されては困るのである。
「大丈夫。俺は必ずお兄さんを助ける。そうしたら、エドガーがカレンを守るから。約束するよ。だからもう少しだけ辛抱してくれるかい。じゃあ、おやすみ。明日は君を工場まで送り迎えできるから。」
そう言って部屋を立ち去ろうとする舜をカレンが引き止める。
「待って、ディーン。」
カレンはディーンにキスをした。
「私を一人にしないで。お願い。私に『罰』を与えてほしいの。」
カレンは来ていたパジャマを脱ぎ捨てる。舜は目をそらすことにした。
「カレン、俺も一応男だから。こういうことをされると歯止めが⋯⋯きかな⋯⋯。」
カレンに思い切り抱き着かれ、そのまま二人はベッドの上に倒れこむ。
「……好きなの。あなたのことが大好きなの。私ももう、歯止めがきかない。」
そのままふたりは結ばれてしまった。激しく何度も抱擁し愛し合う。お互いのいちばん深いところで愛情を感じあうとそのまま落ちるように眠りについた。
「また、夢の中か⋯⋯。」
いつもの邪神クトゥルフの呼び声の後、舜は自分がサラの生まれる前に来ていることに気づく。
まるでタイム・リープでもしたかのような鮮やかさである。
「父さんと母さんは大恋愛だったんだぞ。」
テラは酒を飲むと饒舌になる癖があった。舜はまた始まったか、とため息をのみこんだ。
「知ってるよ。父さんたちの『昔はワルだったんだぞ』と母さんたちの『昔は大恋愛したことがあるのよ』は大抵大したことがない、って小雪のやつが言ってた。」
小雪・ヘイガー・リビングストンは舜と同じキャラバンで育った二つ年上の幼馴染だ。
また小雪のやつへんなことディーンに吹き込みやがって。テラが苦笑いする。テラとユリアは駆け落ち同然で故郷の村を抜け出して結婚したのだ。だからあながち「大恋愛」も間違いではないのだ。
二人の故郷の村「ウル」は「邪神」を封印された村であった。二人は村を代表する名家(
テラの実家サザーランド家は「鍵」の紋章。
ユリアの実家スターリング家は「錠」の紋章。
サザーランド家の男子はスターリングの娘を娶ってはならない。特に「銀髪」の少女は。テラはそれまでそんな家訓は全く気にしてもいなかった。そう、村祭りで巫女すがたのユリアを目にするまでは。
一目惚れだった。
「何しろ、邪神の遺伝子がこの二つの家の血に分かれて流れていて、結婚して生まれた娘は『邪神』なんだとさ。この生まれた子が女の子だったら『邪神』かもしれんぞ。なんてな。」
なんて馬鹿馬鹿しい話だ。その時はそう思っていたのだ。
舜が目を覚ますとカレンの目覚ましがなる1分前だった。
舜はカレンの頰にキスをするとそのまま部屋を立ち去った。
傷が全快したため、カレンを送迎を再開した。
「行ってくるね。」
サイドカーを降りたカレンはヘルメットを渡す時に舜とキスをする。声は震えていたが、口元は少し緩んでいて、気持ち的には少し吹っ切れていたようだ。
それから毎晩のように二人は愛し合うようになった。少しずつカレンも大胆になっていく。
「気に入らぬな。」
カレンを監視する姑獲鳥を様子を覗っていたユキオンナがつぶやいた。
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