05 「敵か味方か?」
突然始まったカレンと舜、そしてサラの共同生活は穏やかに過ぎて行った。
カレンは職場で疎まれていた。というのもエドガーを「差し出した」褒美に特別なボーナスが毎月支給されていたのである。
また近所から疎まれていた。彼女の住む地区は領主の持つ企業で働く人々に与えられる団地であった。しかし、彼女の家は「管理職」の人間に与えられる瀟洒な一戸建てだったのだ。もちろん彼女は一工員に過ぎない。
舜が窓から外を見ると低い塀の外側から近所のおばさんたちがこちらの様子を覗っている。「監視」の対象なのだ。これはアメとムチを巧みに使い分けるユキオンナの分断政策がうまくいっている証でもあった。
だからカレンには友達と呼べる存在はいなかったのだ。彼女にとっては舜とサラが、エドガーを奪われて以来、久しぶりに普通に接することができる「人間」だったのだ。
「晩飯、できているよ。」
舜は足を怪我したカレンのために家事をした。サラもよく手伝ってくれる。キャラバンの子供たちはそう幼い時からしつけられているのだ。
ともに夕餉をすますとカレンはリビングで舜とお茶をしながら会話を楽しんでいた。彼女が失っていたのは家族だけでなく普通の生活だったのである。
「しかし、問題はあの鳥だな……。」
夜、舜はかつてエドガーが使っていたベッドに寝転がって考えていた。窓の外に見える電線にも監視のための姑獲鳥がこちらの様子をうかがっていた。何羽いるかもわからない「戦力」。舜がユキオンナであればどう使うだろうか。そんなことを考えていると窓をたたく音がする。ふと外を見るとそこには一羽の姑獲鳥がいた。
舜は外に出る。それはエドガーの操る個体であった。
「エドガーのメッセンジャーか?」
エドガーが鳥を介して話しているのだ。
「ずいぶんと妹が世話になっているようだね。すまない。
「だいぶよくなっているよ。カレンをここに呼んでこようか?」
舜の言葉にその口調が厳しくなる。
「その必要はない。今日はお前に伝えたいことがあるだけだ。俺たちにかかわるな。お前のせいで妹の命が危ういんだ。」
舜は違和感を感じた。これはユキオンナの意思なのか、それともエドガーの意思なのか?
「エドガー、君はどうなんだ?カレンはよく君のことを話してくれている。とても素晴らしい演技力があるんだ、ってね。なんのとりえもない自分と違って、君にだけは夢を叶えてほしい。そう願っているともね。だからこうして危険を覚悟で俺を呼んだんだ。君の方ははどうなんだ?俺が手を引いたところで、彼女は別の人間に君の救出を依頼するだろう。こう言っちゃなんだが、そっちのほうが俺はより危険だと思っている。」
「エドガー」は吐き捨てるように言う。
「たいした自信だな。いいか、これが最後のチャンスだと
彼の言葉には嘘も本気も混じっているのだろう。しかし、どこからが嘘でどこからが真なのだろうか。
「それでいいのか?だったら、君が手引きをしてくれればいい。きみが自由にこの鳥を使えるということはユキオンナの想定内の行動か、ユキオンナの命じた行動であるということだ。そして、君には選択肢がある。俺を罠にかけるか、ユキオンナを罠にかけるかのどちらかだ。きみはどっちだ?」
「確かめたければついてくるといい。」
舜はすでに眠りについていたサラを残してアヴェンジャーにまたがった。
雪はしんしんと降り積もっていた。町はずれの瀟洒なユキオンナの屋敷の門が音もなく開く。たくさんの姑獲鳥がこちらを見ている。舜はベルに数を確認させた。頼むぞ、日本野鳥の会。
「もう、『紅白歌合戦』じゃないんだから。」
ベルは文句を言った。
屋敷の扉も音もなく開く。
舜は大広間に通された。そこにはユキオンナが白いドレスの上にガウンを着て立っていた。
「ようこそ。わが屋敷へ。」
調度品は建てられた時からそのままなのだろう。暖炉もあるが当然火はついておらず、燭台の蝋燭にも火が灯されていない。
「妾を罠にはめたつもりかえ?」
ユキオンナは妖艶に微笑む。しかしそれは敵対するものに、そして捕食者が獲物に対して投げかける凍るような笑みであった。
「名を聞こうか。」
「ディーン・サザーランド 。カインの末裔だ。」
ユキオンナは値踏みするように舜を見やった。
「ディーンとやら。なかなか
「断る。」
舜は手を払うように前へ出す。すると手から生じた火球がユキオンナに向かって放たれた。不意をつかれたのかそれはユキオンナに直撃し、火が彼女に燃え移った。
ぎゃああああ。ユキオンナが断末魔ともいうべき声をあげる。
そこにエドガーが現れた。
「エドガー、今のうちに逃げるんだ。」
そう言ってエドガーの手を取ろうととした時、エドガーが舜にのしかかった。その手にはナイフが握られていた。
「っ痛!」
脇腹にナイフがつきたてられる。
「でかしたぞ、エドガー。」
ユキオンナがあっさりと火を消して立ち上がった。
うわあああああ。エドガーは手についた血をみて大声をあげると、荒い息を立てたまま後退り、そのまま尻餅をついた。
「火の眷属とは珍しい。実はの、火と氷は同じ眷属なのじゃ。どちらもエネルギーを操るからのう。同族のよしみじゃ、一思いに屠ってやろう。」
ますます勝利を確信したのかほほほほほ、と口に手を当て高笑いをすると指先を舜に向けた。
その時だった。窓一面に光が溢れたかと思うと窓を破ってアヴェンジャーが乗り込んで来た。ベルが操っているのだ。舜はサイドカーを掴むと、アヴェンジャーはすぐにターンして屋敷を脱出した。幸い、姑獲鳥は襲っては来なかった。
舜はなんとかカレンの家までたどり着く。
「
ベルは少し考える振りをした。
「そうね。きっとカレン
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